普遍性への問いと個別性

「時と場所と感覚と感受性と観点」という観点が、対象を「感じ、知り、作る」という動作を表し人間が生きているという実感へ及ぶ。観点とは、感覚と感受性から言葉や概念、理論、ビジョン等として作られる対象の表現を指し、個々の感覚と感受性の体験から人間の創造性となり産出される。この観点の共通的な理解を図り言葉という道具が形成されて、人と人との言葉を解して感覚や感受性を伝え交換する対話が生まれる。対話は、言葉の交換のみならず、直接の感覚や感受性を表情や手ぶり身振りから察知し感じる事が根本に置かれその中で言葉という道具が入る。時間と空間といった所与的感覚の上に、人と人や人と自然、人と道具という対象が生まれ、相互の刺激と反応などの関係を抱きながら、要素と要素関係についての現象を感じ、知り、作るという事へ及ぶ。人の根本的な仕組みから生理的欲求や物理的欲求、心理的欲求が起こり、これを充足する手段として、観点という言葉などが形成されて、協働や共存、共栄という再生産の生態系が生み出される。「欲求、感覚と感受性、観点や観念」という基本動作を持ち、持続的生存と繁栄を意図した活動が生まれる。

このような活動の中で、規範や法規、制度、組織化、体制という関係の形成における秩序が作られ、実質的な直接の欲求と充足手段に対して、協働性の円滑性に及ぶ相互的な基準が生まれる。固有の技術と管理的な技術という側面で区分される。管理技術ばかりが先行して、直接的に作り上げる技術の進歩がないと成長へ及ばず、或いは人間側の欲求が画一的になり多様な欲求が萎むと供給も減少し成長が停滞する。欲求の種類という質の面と量の面が起こる。そして、マイナス的質感とプラス的質感との相互連関性で、満足や不満という感覚が生まれる。人によってこの差は異なり、少量でも大きな満足を抱く事と、大量でも満足へ及ばないといった個別的な性格を持つ。

日頃の規則性が常態温度を作りエネルギーの産出と吸収の構造に標準感覚が現れ、習慣や生産性と備えられる。これの大きな違いが生まれるほどに調和感覚の差となって、不快感の生じる原因が生まれる。省エネルギーで大きなリターンや大量のエネルギーで小さなリターンというエネルギー循環の極端な因果を生むと、欲求と充足の質的な違いが激しく起こり不安定な社会秩序へ至る。前進的な創造性の活力という作用を持つ場合と、基礎的な常識感覚を超えた不快を生じさせる作用に及ぶ場合とが想定される。この両極に対して基盤的な不動性が、ある程度確立されていて変化と維持の適正へ連なる。

こうした中で、共通性の人間像が描き出され、特定的な立場による個別性に対して、万人的な立場による共通性の概念を作り、自己の特性や他者の性格を知り、自立と共に相互尊重と協働や共生の関係へ連なる。共通的、根本性の概念が、基盤的な不動性になって、個別性と共通性の適正へ作用する。個々の個別的局所性の人間性と共に、完結的な生産性や完璧性の高い人間像という概念への探求を合わせって、人々の良好な関係が生み出される。個別的利害へばかり偏する事無く、普遍的な概念の形成や個別との相関感覚を抱ける所に、単純な一方向的な物性的争いを回避する為の理想像が起こされる。真理の探究軌道が少なからず備わり、自己の特性を掴むと共に、成長への適当な方途が現れ、安定と成長の同一的な感性が共有される。人間の根本性を問うといった哲学の領域を備えながら個別の活動をもって人間が作られる。これが、いわば根本の観点になり、長く不動的な意識へと入り込んで基盤的な共通概念へ及ぶほどに適当な行為が産出され良好な安定と躍動のエネルギーと作用する。観点は観念になり、思う事と体が連動し健康な有機体の姿へ及ぶ。

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