いろいろな言葉で志向性を表されるものの、根本的な概念から正さないと何を言ってるのか強い実感に及ばない。例えば「民権主義」なる言葉が掲げられ、個人と社会の力の差を埋めるべき立場をとるべきだ。という政治思想が謳われる。
これは物理性の力による支配を適正化するという事を指し、物理と心理という観点から人間や社会のあるべき姿を現す事へ及ぶ。財力や権力に対して創造力が先んじ、人々を幸福へ及ばせる方法に根源の価値をもって、それを遂げる力が二次的に注入されるという、万人的な感受性を根にして起こされる公平公正な秩序を向上させる事を大きなビジョンと訴求する事になる。
物理力が先んじると、目先の利益を得るために有用な財力や権力が先走り、真に利益となる欲求への深い考察を欠いて、直観性の物理反応へと走られる。力がある所へ創造が寄せられ、力を保有する者が優位に立ち固定化する。人々への幸福な世界を作り上げる創造のエネルギーを投じる事によって財が得られるというフローの良質性に重心をもって、力の固定化を回避する事に健全な活動や体質が作られる。ストックが溜まり、自己への消費的なエネルギーへ向かい他者の利益への関心が弱まり、良好な創造力が湧かないとなれば、そこに財が行く理屈はなく、過剰なストックを排出する自然律が循環して、エネルギーの良好な回り方が持続する。
このようなエネルギー循環の原理が持続的生存と繁栄へ及ぶ有力な方法を指し、有機体の健全な発育を阻害しない軌道と現れる。過剰ストックの肥満な体質から、堂々とした創造エネルギーに及ばず、物理性に依存した安易な財の獲得策へ流れ、盗みや詐欺紛いの手法に逸れる事へ対して、下限的な制約を粛々と適用する事において、人間性の下落が留められる。プラス型のエネルギーの阻害が削減されて、自然なエネルギー循環の流れを停滞させない軌道が守られる。物理依存の激しい性格に陥るほどに、結果として二極的な格差構造が作られ、肥満な性質が肥満なまま、居残る事への問題をもって、適正化の原理を強化する事に適正が生まれる。
このような思索の末に、「民権主義」なる理想が示されると、納得感の高い根源性の原理を基盤にした二次三次の概念との相関が強まり、人々の実感に届く創造性が現れる。誰もに通じるような根源的な概念と論理を示して、応用的な概念で絞り込むという動的過程と静的限定の構造が起こって、強い意図が伝わる。更に、信憑性の程度という面から表現者の生い立ちや沿革が裏付けになり、例えば世襲による財産の継承やNHK出身の政治家などが、いくらこうした志向性を見せられても、説得力に欠け真面に相手にされない。本気でやる意思があるのならば、上述のような自然律から浮かぶ問題の対象を鮮明に特定し、悪性の対象の解体などを具体的な施策と示す事が最低限必要になる。抽象概念を言うだけで、個別的な対象の限定に及ばないと絵空事の範疇を脱しない。お遊びでは人は真面に耳を向けずバカを晒すだけだ。