5)本能による生産性
「後ろめたい事をやってしまった。」「見ているのに、見ていない振りをして誤魔化している自分」「盗んでいるのに、自分のもののように見せて点数を稼ぐ自分」「人を犠牲にして生計を立てている自分」「わかっているのに正直な道を歩めない自分」「技術を悪用し利益を奪う自分」等。こうした自覚症状が起こるのは、良心や善の心が未だ残っている証であり、取り返しのつかない所にまでは及んでおらず、修復の見込みがある状態を表す。美や善の感性が醜や悪を映し出し自己嫌悪に及び、各種の矛盾と葛藤しながら自分可愛さに歪んだ道を選び、逃げた性質に陥って常に心の晴れない状態を抱えられる。それを誤魔化すように「仕方がないじゃん」「○○だから」と正当性を強め、同じような性質の群れを作り同調感を高めて正しいという気持ちを作り上げる自己慰めのスパイラルを回される。こうして個人や集団、領域の負け犬文化が常識化される。その体質から脱皮するには、多くのエネルギーを必要としその困難さを思い浮かべては難しいという判断に及ばせ楽な方へと歩を進められる。抱えて守るものが多いから致し方なく、「歪んだことも抱えざるを得ない」と自己正当化される。自分のためではなく周囲の人を守るためだと。果たして周囲はそんな態度を望まれる事でしょうか。飛躍的且つ屈折的な自己肯定感にないでしょうか。このような思考や反省の向きに少なからず回り、根源的本能の良心を持った反省の心による健康な心身でありたいとする欲求が示される。負の小さな事が次第に大きく心を支配して精神的な病へと陥る事は健康な心身の作用に外ならず、ストレスとなって体や心を蝕める自然な循環反応を指し健康な証とも見做される。個々人で出来る限界を見極めて無理に抱え込まず、負の責任を構造やシステムに求める事は正しい感性を指し、局所での責任範囲を超えた事まで自己責任と考えずに理に即した適所へと因果を広げて権利と義務の適正な範囲を探る思索は正しい改善の作法となる。これを客観的に推し進められるシステムが構築されて無理のない正常化や健全化の補完作用と働く。風通しの良い空間秩序が備わり、過度な要望とも異なる適当な要望と対応を進められる基準の形成と経路の所在が構成されて、人的属人性に過剰に依存しない理性的な発想が生まれて長く良質な血液の循環が促進される。個人や組織の諸条件的な違いから一様の仕組みを作る困難性が備わり、それを補完する公共的な機関が設けられて各種矛盾を適正化する公共性の役割が浮かび上がる。特異な成長過程から妙に人に厳しく自分に甘い性質が作り出され弱い立場へ無理難題を押し付け、責任を課すような人も現れるのが現実であり、こうした想定の下に普遍的な基準の形成と公平な適用を図れる公共性の所在が求められる。私的な関係性の正負の側面への認識と共に、マイナスへの補完性が用意され自由な選択の幅が設けられ、個々の矛盾を無理のない方式で解決する仕組みが整備されて、自助と共助と公助の正常な軌道が生まれる。社会現象のマイナス面の適切性への視座が優先されて一定の安心感をもって、プラス性のエネルギーを促進させる基盤が生まれる。権力欲をどのような感性から抱かれるか適正が問われる。物理性へ依存して利己的欲求への意識が強いと力の適正な利用や構築に及ばず、公共などを担うに適さない態度や精神を醸成される。権力や財力の健康な用い方への確かな考え方が確立されていない段階では公などを担うには不適格となり性質や成長の段階に応じた配置をもって無理な不快事象をどこかにしわ寄せさせる事のない仕組みが生まれる。自由主義のはき違えや基礎教養の脆弱化は長期的且つ普遍価値の希薄な性質へと流れ、根本的な良性を持たずに専門性や各種力の不適格な利用や保有へと至り、大きな利益の成長の停滞や阻害に陥る。こうした事からも確かな基盤的な感性の同一性を固めて、健全な性質の共有の上に自由を作る構造が求められる。特定地域で限定して良性を担う事への限度が起こり万人共通の基盤の形成と強化が必要に思います。良好な根を基に太い軌道の確かなビジョンが強められて、局所と構造とシステムへの観点を持ち大きな利益の持続的生産の系が作り出される。堂々と正しい道筋を描き、そこへ力を投じて正しい成果に反映される統一的なビジョンがこの役目を果たす。ストレスに押しつぶされず道を開く事へと意識や本能が残り最良性へと及ばせる探求と創造への力が持続して真なる健康が掴みだされ生命が躍動する。