不動的型枠と矯正

 

1)生産と思想

物理的な有用性を訴求して財の生産へ及ばせる事と、心理的に良好な型枠を訴求して財を得るという大別が現れる。いずれも生産の型枠を示し効用を抱かれる人々が生まれれば需給が成立し当事者の納得感による正当な行為と現れる。自身が生産事物について良いと思い他者へ進める筋道にあって健全な感性による財の提供を指し、自分がいいと思わないものを良いものだと嘘をついて提供する事に生産倫理を欠いた性格が生まれる。又は悪いことを取り上げて良くするという行為も生まれる。こうした面の歪みが酷くなると詐欺に当たりよくもないものを相手に進めて財を奪う行為に至る。更に悪性が深まると何ら作らず奪うだけの行為へ及び盗みを働かれる。これに及んではもはや生産者の範疇にはなくただの盗人を指し情状酌量の余地のない悪性と見做して取り締まる以外にない。自己生産への自信、紛い物を進める詐欺、奪うだけの盗みといった区分が生まれ人間性を図る個別具体的な観点が起こる。思想の形成には自他の関係性を主軸に自立と協働の在り方への考え方が示される。この思想的な立場を作られる以前に共通的な価値と個別性を認めて無限性や多様な感性への尊重の構えを有するかの点が加えられる。又は、権利義務の均衡に健全な主体性が映し出される。更に思想へ対して少なくとも良いと思い自身の原理と作用することが思いと行為の整合に及んで健全な人間の姿を現す。自己に取り入れずに他者へ要求するようでは詐欺になり精神的な病理を持つ犯罪者とも伺える。或いは思想をもって財を盗む性格に及べば盗人を指し上述のような生産性と対比される。こうした構造から健全な生産者と歪んだ性質に大別され快不快感の起こる因果が浮かび上がる。今日的に見られる悪性は言行の乖離を指し有形無形の生産をもって騙す発想の強い行為に見られ頭と体の分断的な症状が感性の破綻的と映る。言葉や論理をもって人を欺き利己的な欲求を満たす歪んだ性質が顕著に表われる。そして生産には少なからず良い面と悪い面の認識が起こりそれを解る範囲で予め示すような作法にあって自他への誠実な態度が生まれる。この部分を含んで真に利益を作り続けようとする持続的な探求心が備わり信義誠実な性格の人間性と映し出される。物理過多の体質から専門性を悪用して財を奪う態度は根本的な感性の歪みを示し利他への志向の希薄な利己性の強い感性を表し協調や共生よりも距離を設けて奪う事や支配する欲求が強まる傾向には、健全な軌道と異質の世界へ流れ良い再生産の持続的生存関係を弱める。力が大きくなるほどに責任意識が比例して現れて自己へ適正な態度を課す向きに回るのが健康な感性にあり、これと真逆の態度にはどこか病理性を抱きます。こうした点からも根元の健全性が強調される。個別具体的な思想の違いと共通的な思想の在り方という区分を持ち、更に共通性の中でもより同一性の部分を構成して根本性という概念を作り、3つの観点による人間性を描く思想体系を作ります。生産に見られる性格と思想が密接に関連し仕事と人間は都合よく切り分け出来るような関係にはなく生産行為の中で実際的な人間性が掴みだされる。異常な性質を掴むのに多くの時間はかからない。思想自体を作り提供する生産性も少なからずありに思われます。

2)理念の盤石性

物理感覚の進行は丁寧な心理的な面を軽視して対人関係を対立的な向きに回し容易な事柄を複雑化させ、停滞や亀裂を深め持続的な好循環の軌道を弱められる。多くの人には自尊心があり、人からの指示や命令、強要の形を嫌い自己による決定を望まれる。この性質への配慮が弱く空威張りの態度をもって物性力で従わせる余裕のない運びによって無駄なコストや時間がかかり効果の弱い結果を招かれる。座学的な学問に偏して活きた対人交流の経験が浅いと心理面への考慮が劣り無用な不快を作られ粗末な能力を見せられる。機械論的な理詰めばかりで物事は決まらず心理面への熟知を含んで現実的な能力が測定される。能力というよりも感性や理念の在り方が起因し誠実な人間性を根にして小手先の発想や物性的な優位性に偏らず、フラットな所から納得に及ばせる提案を示して利他と自利を融合させる道筋に適正な調和が生み出される。下手に知識がある事によって根元の細い軌道へ外れて問題をこじらせる愚策が少なくない。法律などを根拠に実際事象の経過への視点が弱まり人工的な型枠の範囲に抑え込む単純方程式の安易な解決を図る発想に経験的な弱さや頭脳へ偏った性質が現れる。相手方の特性によって物事の運び方に微妙な温度差や手順の相違が起こり一様ではないものの、基本となる筋道を抑えて応用する算式にあって道を外さない利害の調整へ及ぶ。優位な立場をもって粗雑な指示命令的等の態度を見せるよりも、相手方の事情を良く察した上で真摯な提案をもって検討させる姿勢において大きな力を備える側の適正な態度や誠実さが伝わり物性によらない心理的な良好性を持続して難題が乗り越えられる。机上的な学問へ偏した発想に偏るとバカ丸出しの作法をもって空威張りの無能力を表し物事の調和を見出されない。法的構えばかりを作り個別的な経過への吟味を欠いて単純な優位性を図り生身の対話を外されて信頼感を作り上げられず亀裂を深める。これが進んで司法等の手を借りずには調和が見出せない劣った対人形成を頻発し無用なコストと効果の弱い結果や長期性の利益を損失される。社会システム上の要路に物性的な単細胞が集中すると負のスパイラルが多発し社会の皮膚感覚を劣化させる。人員配置上の問題や要件的な基準の粗雑さが理詰めへ偏重して感性的な素養や体の経験を軽視する生産へ及ぶ。要路のお粗末な皮膚感は伝播しあたり周辺の常識を作られマイナス影響が広がり多くの犠牲を弱者へつけまわす。自意識過剰で面子に拘る利己的性質は実際的な能力が劣り配置上の不適格と判定される。こうした性質が大きな力を備える世界的な傾向に映し出され軍事的な対立を進行させる。大きな潮流の誤りの認識と修復へ及ぶ根本の盤石化が万人的な課題と上げられ質の向上する軌道へ改善される。物理従属性が進行して根本的な感受性の痩せ細った論理形成へ及ぶ基調に対して根元からの健全性が強まり健康な主体性の持続的な生存への循環が生まれる。過去の体験と積み重ねから集約される理念や欲求というビジョンが作り出され現況を図り方法を投じる流れが強まる。確たる理念が生まれるほどに、現況がどうありどう適応するかの発想から理念先行で現況が変えられる。

 

3)資本主義と健全性概念

「金だけ出して口は出さない」なら道理がたち、「金を出すから権限も得て経営に関与する」という所に及ぶと各種の衝突が現れる。過去の沿革やそこから積み上げられる風土や文化を無視して短史眼的な利益を求めた経営にかじを取り一過的な利益を追求されるような性格にあっては単細胞の資本主義の様相を強め根本的な理念を欠落した秩序が増進する。これへの適正な制限が図られて資本主義の悪性を深めない工夫が求められる。欲望の在り方に適正を欠き力をもって粗雑な力の利用を表す顕著な事象を表し金と体の一体的な運用を欠く歪な体質を深め、根のない頭だけが際立つ生物が生まれる。体を使って心が宿り頭の健全な用い方へ連なる。こうした主体性概念をあらゆる原理の土台に備えて制度や法規を起こす筋道が生まれる。基盤的な普遍性の原理へ押し上げて節操を欠いた拝金主義や資本主義の悪性を予防する施策が破綻的な物性依存への道を回避し心理的な良質性を堅持した持続的生存への軌道が作られる。こうした万人性の感性が促進されて各国共通のインフラと備わり特異な常識を広げない制度と固められて本書の中核理念となる健全性概念の展開を表す事へと及ぶ。自由の観念は、ある一定の制約の上に成り立ち両者は不可分の相関にあって健全な感性が示される。その制約として欲望と力と責任の均衡を目途にした主体性の在り方が生まれ且つ欲望には利他を提供して自利を得るという周期が外せない。野放図な自由主義は資本主義の悪性を増進させ持続的再生産の系を崩した破綻的な道筋へと外れてゆく。こうした面が各所に現れる今日の状況は異常でありバカへの箍を嵌める事が必須とされる。マスコミ、政治家、財界人という中の一部に顕著でありクズな性質への他律を課して健全な人間性を下落させないビジョンが不可欠とされる。こうした制約の上に、自由主義や社会主義、共産主義などという特性を表して持続的生存を基にした個別性と共通性の最良性へエネルギーを注ぐことによって根の同一性と幹の軌道が起こり枝葉の違いと生まれる。学者の作った粗雑な概念からの解釈では不十分でありゼロベースからの論理において確かな基軸が現れ、適当な施策を導くことになり、支柱を外さずに二次三次の概念が起こり体との一体的な相関へと高められ倫理道徳や信念が内蔵される。中途半端な思索のままに大きな力を預かる配置にあっては責任の欠如を表しどうでもいいような優先序列の可笑しな感性を見せられる。求められる役割に満たない者は適当な配置へ自ら回る事によって持続的な生存が向上する。クズの認識に及ばなければ適当な監督者の指示を強化して強制するよりない。根から確信へ及ぶ思想と政策を作る事が求められる。サイバー犯罪をやってるおまえの事も含むんだよ。

4)不動的型枠と矯正の仕組み

心と体と頭という要素と要素関係に見る適正という観点から、健康な主体性像が形成される。各種行為はこの視座をもって内実が吟味され根本原理との合致や乖離を伺うことにより本能的な面からの快不快が察知される。とりわけ体をかける事が生命を投じる実感に及び、堂々と身の下を明かし、良いも悪いも行うことは所与的な態度を指しリスクを取らずにリターンを欲するかの精神に悪性の根源がうかがえる。諸条件の違いから多様な解釈が起こるものの、生命の同質感を基にした精神性の在り方から良否が浮かぶ。安直な評論で糧を得るという姿の醜態は、体を投じずに頭ばかりによって生計を成り立たせるかの行為への根深い疑念が現れ、一過的虫食いのマスコミ病という社会の悪性を伺わせる。体の交流から事実の共有が起こる。これを欠いて傍から眺めて確たる尺度も弱いままに、好き勝手な批評を表す態度に、精神面の痩せ細った性質の実感が現れ、三要素の有機的な相関を外した行為と認識される。このような事象が体をかけずに金を投じる行為への真価を測定する基になり金を入手する過程の適正が、用い方の健全性へ連なり人間性を実感する事へ及ぶ。力を備えるまでの過程によって精神的な健康さが培われ体を省略するかの工程にあっては対人交流の弱さにより健康な感受性が育たず、安直な感性による財の入手へと走り各種不快を与えられる。命の次に大切な金という存在にあり生存が繋がれる今日の仕組みが作られ、そうした中で上述のような深堀りの感覚が弱まる事には根本的な質感を崩した迷走や暴走へ至り本末転倒な発想や行為へと流れる。

ストック過剰やフローの適正を欠いて生まれる肥満な性質に陥り3作用の健康な連なりを失い人間性を崩す事への適度な制御を欠くと、各所から厳しい反応が起こり適正への自浄作用が生まれる自然律が生きて正常さが保たれる。これが機能しない物理性で支配される状態は悪性を積らせ3作用の歪みが広がり、科学技術の用い方や金の使い方、糧の得方に反映して資本主義の悪い面が顕著に表れる。リスクを取らないリターンは許されずこの感度の取り方に歩んでこられた道筋からの違いが起因し解釈の違いを生む。愚図な規則性という慢性的な歪さは自愛の強い一方向的な感性を宿し調和感覚の特異さや異同と現れる。生産領域に見られる個別的な特性と、領域に跨る共通的な感性の大きな開きに及ばないような根本的な性質の厚みをもって基盤の良好性の上に自由が許容される。過失への感覚の相違や、緊張感や緩和の取り方や所与的な下限の一線などの開いた感覚が進み、二極的な性質が起こる事には持続的生存と繁栄の道筋を弱め長期的に見る衰退軌道と映し出される。影響の大きな配置にあるクズの感性を放置すると瞬く間に周囲に広がり共通基盤を下落させる。それへの自浄性が働かない事による常識化が悪性の固定を招き基礎的反応に浸透して所与的体質へと及ぶ。様々な感性や刺激に触れる機会を意識的に作り上げ、皮膚感の劣化を予防する制御なども取り入れる事が、健康の促進に有効なのかもしれません。中期的には移民政策などとも関連し社会の良質性を多角的に作り上げる発想が浮かべられる。管理的な生産性の適正を目印に根本的な視座をもって変容の実感を持ち人間の制御という意識が常態して悪性への敏感な対策が図られる。理想ビジョンの統一性と高まり時々の状態が掴みだされ妥当な感度の合意が生まれ方法の強弱への適正が測定される。大局を欠いて部分的な利益へ執着し根本的な性質の劣化に連なる事には長期的な利益を喪失する。空間の独自性と広い常識との対比の構造を構え普遍性という真理の探究と独自性の客観的な反省の周期が内在し持続して理念を叶える軌道が生まれる。井の中の蛙に嵌り外の世界と大分離れた感覚に取り残され受動性が強まり支配される体質に及んでは独自性も喪失する。内向きの激しい気弱な性質が強まって物理依存症が進行し空間の良質な独自性が喪失する。クズが中心的な配置にある今日の事態は深刻だ。金融屋、マスコミ屋、政治屋、教育屋、法律屋、行政屋、IT屋などの領域における一部の歪な感性を拡張させない不動の原理からの制御が欠かせない。こう考えます。

度々、自宅の近くにヘリコプターが飛んできて、私を監視しているように見受けられる。レーザー照射で、透視するような行為も感じる。この所、肌にも変調が起こっている。こんな行政運営が許されるのでしょうか?阿部首相に問いたいものだ。この人の指示かは定かではないが。疑念が起こる。