直接的に暴力で生命財産を取り上げる事に対して、各種技術を悪用して間接的な手法による生命財産を奪う事も、意図する結論としては同様であり、動機や目的の共通性と手法の違いという構図にある。前者は視覚的に露骨に映し出され、その悲惨さから取り分け際立って悪性の如き実感を伝えるものの、後者の狙いも行き着く先は生存を奪う事を指し事象の性格は同列に配される。リアルに人の肉体を直接の手足をもって攻撃するか、間接的かの違いでありリアルでないだけ罪悪感が弱く無自覚の殺人者という性格にあり、正体を堂々と表せずに行うという点では寧ろ後者に悪性が映し出される。喧嘩や争いの理由を堂々と身の内を明かして示すことが最低下限の作法を指しこれを外す事に問題の根本的な悪性が浮かび上がる。この認識が道具の技術力等の効用に頼って著しく弱く安易な行為に及ぶ事が力の制御性を失った人間側の劣化を指し、手法の姑息性や精神面のひ弱さへ対して問題を当て本質を掴むことになる。自己の手足を使わずリアルな感覚が浮かばない技術の活用が習慣と至って、生身の生命との交流と離れた皮膚感覚は、根本的な感覚や感受性の劣化を増進し事柄の真相を誤らせる。安直な発想に傾き行っていることの重さに気づかない人間性には、その実態的な感覚を味わわせる事が少なからず必要になり正体を突き止め悪性の程を世間に知らしめて内面的な実態を表出させる過程が求められる。明瞭に表れる軍事的な対立ばかりへ認識が及んでより悪性度の高い身の内を明かさず働く生命を奪う行為を鮮明化させ、精神的な病理の真相を明らかにさせ人間の劣りへの認識へ及び、道具や力と利用の状態を抑え人間性に相応しい環境を作る事が上流的な予防に至る。力を備えるまでの過程がクローズアップされ、各種の軋轢や試練と対峙して直接的な感覚と感受性の体験を経ないと精神面が成長せず人間と力の不均衡を作りリアルな実態を感じられずに安易な殺人に走られる。机上の学問に偏して精神分裂の人間を作る事への問題が明瞭化され教育や社会秩序の健全な土台が強化されて質実を伺う嗅覚が成長し健康な心身が備えられる。事柄の真相を過不足なく掴みどんな影響を齎せるかの適正な予測が浮かべられリアルな質感の伴う発想や行為の周期に反映される。この想像力の著しい弱まりには生身の体験をさせ体の衝突から生命的な危機を感じさせる工程が少なからずいる。金や権力、技術力を保有するに相応しい精神面があるか、この未発達な内は無理な状態を作らない制御が要る。こうした道理が根本的な基礎になりあらゆる創造性の初動に置かれこれを軽視しては各種の負を発生させる。真摯な事象との対峙を外して文章をばかりを先行して管理する欲求の現れとも映し出される。生産の規則性に見る歪みを明瞭化して頭と体の分断による精神的な劣化を問題と掴み外界への過剰な要求と自己への甘い不公正を予防する施策が求められる。安易に力に依存する習慣が深まり生身の実態を抱けない安直へ及ぶ。これらの根に生命観が備わり極端に頭が発達して体と心のアンバランスな基礎動作が出現する。お粗末な経営者や政治家、役人やマスコミ、三流学者や評論家という類が少なくなくボンボン的感性の進行には警鐘が鳴らされ長期的な観点からの基盤教育の充実が大局的な課題と浮かびます。