21世紀の地平

人間の基本構造は感覚と頭脳と感受性を備える。感覚は生物物理性という欲求を生み、感受性からは心理的欲求を起こす。こうした因果の実感から生存と平等という抽象概念へと集約されて物事を考え出す基本的フレームが現れる。人々は一過的な社会を前提に取らず、子や孫という世代間の繋がりを想定して、持続的な生存を意図する志向性を抱き、その有用な方法として単純物性の力の原理に平等思想を当てて公平公正な運用へと及ばせて再生産の良好性へと連ねられる。このような社会現象の総枠的な全体概念が形成されて共通的な理想概念と配され、時々の諸条件の相違という環境に照らして生存と平等との重心の置き方が生まれる。厳しい環境下にあっては生存への意識が強まり、落ち着いた安定下では平等を求めた運用へ及ぶ。前者の場合、全体集約的且つ主導性を持つトップダウン的な力が働き、後者の場合は積み上げ的なボトムアップ的運用へ及ぶ。

生存を最重要の理念に取りつつ環境に応じて平等という欲求の充足へ意識が向かう。このような原理と傾向則が浮かびつつ、現代の時代認識は、近代からの右肩上がりの成長から成熟期に配され低成長や衰退的な要素の強まる時代環境にあり、抜本的な質的変容に狭まれ根本的な側面から人間性を顧み健全な基盤を見据えた力強い成長への新機軸を創出することが求められる。一部の物性的な力の過度な進行が二極的な社会構造を進め歪な成長構造を招き、物理性の原理を濃厚にした生産性が浸透する状態と見受けられる。この短期的な即効性を意図する物理性に対して、長期性の心理的な欲求を根にする人間性への視点を浮かべ共存への欲求や持続的再生産の確かな方式を生み、新基軸の創出と健全な軌道の調整を図り長期の永続性を実現する変容の時期を迎えている。共存への欲求という根本的な人間の性質が確認され、欲望と力と責任の均衡という姿に健全な主体性像を浮かべ自他との適正な関係形成を図る高次の平等原理を強化しながら、全体への栄養を行き渡らせて偏った成長によらない大きな利益の循環軌道を形成して多くの共存を遂げる道筋が浮かべられる。この健全な主体性像が厳しい環境下に対峙し道を開く基本的なあり方と配されて、物性へ偏した感性から心理的適正を取り込み、人間の変わらぬ良質性の維持と向上に及ばせ、且つ大きな共存へと向かわせるビジョンと描かれる。生存と平等という対極的な概念の融合的調和と向上の観念体系が、以上のような論理と表され新時代を開拓する基本的な力と備え、同一性の理念のもとに力を集約して新たな型枠へと更新する質的変容の過渡期と性格づけられる。権利的意識の強まる皮膚感に、適正な責任意識が備わり健全な主体性が形成される。この均衡への意識が強められ、物理性と心理面の適正な制御が果たされて質の向上する人間像が作り出される。この型式が強められて再生産の適正化と持続的な繁栄への道が生まれ社会の根本秩序が固められ、根の強固な統一性を宿しつつ自由度の広がる制御性を持つ健全な人間性が導出される。欲望と力と責任の均衡という主体性の適正像を標準感覚に定め、そこから浮かぶ現況への過不足を測定し是正に向かわせると活動の筋道が示されて、各種の生産や法規、制度に反映して実践の工程が進められる。肥満な体質に陥り健康なエネルギーの弱まる状態へは、余分な贅肉を削ぎ健康な感度へと修復されて、生存への健全なエネルギーを創出する人間性へ及ぶ。他者への利益を創出して自己の利益を得る相関が強められ、自己のみならず他者の生命への尊さを抱ける基本的な感受性が進み、健康な心身を備える人間性が高められる。とりわけ、無形財の生産性に見る曖昧性が正されて、実質的な効用と対価の適正へと過不足のないエネルギーの需給へと及ばせる試みが、適正を図る尺度と正確な測定を齎せる。肥満な感性から感度が不明瞭になり、利他への効用の弱い利己的性質を是正して健全性への軌道が強められる。観念と感覚の整合性の高まりにあって質実のとれた実態を表すことになり、抽象概念と感覚的質感の丁寧な構成と共通認識が進み、基準と適用の公平性と分配の適正と改善の周期が形成される。大局的な主体性の構想と中局や局所との整合が高められて、全体概念と個別の性格への認識が揃い、納得性の高まる力の投入と変換の体系が形成される。質的変容の期にはこうした全体統一性の思索が進められて、改良への同一認識を揃える事において具体的な実感へ及ぶ活動が作られる。根本的な観念をもって確信性を備えた改良の方策が示される。肥満な体質に及ぶほどに、出来るという方法への探求を進めずに出来ない理由を探される。さらに人の物事を安易に盗み、そこに正当性を作り出される。愚図な肥満を実感する顕著な場面と浮かび上がる。

 

健全な人間性の創造

直接的に暴力で生命財産を取り上げる事に対して、各種技術を悪用して間接的な手法による生命財産を奪う事も、意図する結論としては同様であり、動機や目的の共通性と手法の違いという構図にある。前者は視覚的に露骨に映し出され、その悲惨さから取り分け際立って悪性の如き実感を伝えるものの、後者の狙いも行き着く先は生存を奪う事を指し事象の性格は同列に配される。リアルに人の肉体を直接の手足をもって攻撃するか、間接的かの違いでありリアルでないだけ罪悪感が弱く無自覚の殺人者という性格にあり、正体を堂々と表せずに行うという点では寧ろ後者に悪性が映し出される。喧嘩や争いの理由を堂々と身の内を明かして示すことが最低下限の作法を指しこれを外す事に問題の根本的な悪性が浮かび上がる。この認識が道具の技術力等の効用に頼って著しく弱く安易な行為に及ぶ事が力の制御性を失った人間側の劣化を指し、手法の姑息性や精神面のひ弱さへ対して問題を当て本質を掴むことになる。自己の手足を使わずリアルな感覚が浮かばない技術の活用が習慣と至って、生身の生命との交流と離れた皮膚感覚は、根本的な感覚や感受性の劣化を増進し事柄の真相を誤らせる。安直な発想に傾き行っていることの重さに気づかない人間性には、その実態的な感覚を味わわせる事が少なからず必要になり正体を突き止め悪性の程を世間に知らしめて内面的な実態を表出させる過程が求められる。明瞭に表れる軍事的な対立ばかりへ認識が及んでより悪性度の高い身の内を明かさず働く生命を奪う行為を鮮明化させ、精神的な病理の真相を明らかにさせ人間の劣りへの認識へ及び、道具や力と利用の状態を抑え人間性に相応しい環境を作る事が上流的な予防に至る。力を備えるまでの過程がクローズアップされ、各種の軋轢や試練と対峙して直接的な感覚と感受性の体験を経ないと精神面が成長せず人間と力の不均衡を作りリアルな実態を感じられずに安易な殺人に走られる。机上の学問に偏して精神分裂の人間を作る事への問題が明瞭化され教育や社会秩序の健全な土台が強化されて質実を伺う嗅覚が成長し健康な心身が備えられる。事柄の真相を過不足なく掴みどんな影響を齎せるかの適正な予測が浮かべられリアルな質感の伴う発想や行為の周期に反映される。この想像力の著しい弱まりには生身の体験をさせ体の衝突から生命的な危機を感じさせる工程が少なからずいる。金や権力、技術力を保有するに相応しい精神面があるか、この未発達な内は無理な状態を作らない制御が要る。こうした道理が根本的な基礎になりあらゆる創造性の初動に置かれこれを軽視しては各種の負を発生させる。真摯な事象との対峙を外して文章をばかりを先行して管理する欲求の現れとも映し出される。生産の規則性に見る歪みを明瞭化して頭と体の分断による精神的な劣化を問題と掴み外界への過剰な要求と自己への甘い不公正を予防する施策が求められる。安易に力に依存する習慣が深まり生身の実態を抱けない安直へ及ぶ。これらの根に生命観が備わり極端に頭が発達して体と心のアンバランスな基礎動作が出現する。お粗末な経営者や政治家、役人やマスコミ、三流学者や評論家という類が少なくなくボンボン的感性の進行には警鐘が鳴らされ長期的な観点からの基盤教育の充実が大局的な課題と浮かびます。