良好な独自性の文化

文化とは、人々の長期的な規則性への問いと探求の生産活動を指し、衣食住という生活の主要な側面における消費と生産を通して持続的安定と成長への良好な様式を創り上げる事へと及ぶ。そこでは、生物物理的な欲求と充足と、心理的な良好性への欲求と充足といった二つの観点が設けられ、両面の適正な在り方を求めて、長期性の型枠を作る軌道が生まれる。こうした人々の動態が人間像と抽象されて、根本的な価値が作られ、そこが固まる程に、これを下にした二次三次の様式を作る流れが形成される。
人間像は、個人と個人による二人以上の関係形成に於いて実感が生まれる。関係の形成は、身近な親兄弟や友人という所から、学校や地域、職場や自治体との関係、法人と法人、国家と国家といった広がりが生まれ、各領域や領域間の適正な関係形成へと思索が深められる。関係形成の過程という歴史的な側面と、そこで見られる発想や論理という既成の基準や、新設の基準への更新を図りながら、相互の持続的な生存と発展を意図した理論体系が創り上げられる。

直接性の関係と二次三次的な間接的因果を洗い出し、関係の因果を特定し、領域という範囲が浮かべられ、一つの主体性像と認識される。統一性の程度の高い領域に一つの名称等を設けて範囲が特定される面と、その主体性との関係から内部と外部という領域の形成的な区分等が設けられる。実態的な主体性の関係と形式的な関係とが浮かび上がり、感覚的な質感と観念的な認識とのズレや更新の機会を持って、主体性の実態が把握される。

名称がそのままで、中身の共通認識の更新が取られず、ちぐはぐした認識が生まれ、統一的な意思に及ばず個々がてんでバラバラな活動にある事も少なくない。こうした面が主体性の病んだ姿の一側面を指し、健康な意思と行為を欠いた事象が出現する。

一定の統一的な概念の共通性を持って、同一的な制約の上に、自由な裁量が図られ、一主体性としての健康な心身が浮かべられ、主体性の欲望と力と責任の均衡した状態に健全な姿が実感される。このような主体性の適正像が描き出され、健全な頭と感覚と感受性の有機的な連なりにある動態が確認されると、健康な主体性という実感に及ぶ。

外界へ迷惑をかけたくないという基本的な感受性を備えて生まれる理想像への問いと実践の生産性とも言い換えられ、良好な対象との関係を意図して持続的な共存と発展を遂げる発想や志向性が浮かべられる。このような長期的且つ不動的な性格を備える事が文化の様式を指し、健康な発想と行為と肉体を叶える基本的な原理と表される。

今日の人間性に見られる個々人の勝手気ままな振る舞いという面に快適性を覚えると共に、度が過ぎて生まれる歪な精神性が問題に起こり、一定の健全な主体像を備えた自由の獲得という制御性への問いと答えを創り上げる二―ズとも伺えます。基礎的な躾や関係形成の作法を適正に執り行い一過的な利益ばかりに偏せず、良質な持続性を創り上げ、建設的な真の利益を追い求める活動への根本的な欲望と思われます。物理依存の感度が強まり心理面への関心が希薄化し、そこに快適を映す面と不快を抱く面とが現れ、程度の適正を鑑みて良好な調和を創り上げたいとする変わらない欲求と現れる。

迷惑な行為を迷惑と思わずにやったもん勝ちと言った、節操のない人間性には、自らの自浄性により回復を果たすのが健康な人間の姿であり、そこに及ばなければ他者により適正な対処を強要して特異な性格を隔離するか更生の機会を授ける事が賢明な作為と描かれます。日本文化の良質性への価値を再認識し欧米的な文化へ被れて、自国の特性が備わらない根なし草の如き性質には違和感が現れ、精神的な不安や受動性の感度の高い人間性が作られる。根本的な面が整い幹を作り枝葉を付ける生物の成長原理に即した人間形成において適度な調和を果たせる歩みが図られる。

これらを客観的に映す為には、普遍的という原理への探究を持って、諸条件的な制約を払って生まれる万人的な価値を見出す習慣が要り、そこから自己と他者の特性が明瞭化し相互の理解と尊重へ繋げて過度な衝突を回避し、共通性を見出す調和への志向性が少なからず求められる。独自性と普遍性という重層の原理を抱き、他者との適正な相関を創り上げる道筋へのイメージが整って持続的な安定と成長の具体的な軌道が形成される。長期性の問いは、独自性と普遍性という二つの側面を構えて、謙虚に学び続ける規則性を失わない所に健全な心身が宿される。こうした意味から日本的健全性という独自性は普遍性を帯び、整合度の高い同一軌道に近いように感じます。多くの人を幸福にする良好な独自性を持つ日本文化という認識が少なからず生まれても良いような気がします。こうした感性が崩れる事へは日本的な価値を棄損し、長期性の利益を破壊する。うすら馬鹿の迷惑な性質には、深刻な感度で対処する必要性が起こります。この国の政治屋とマスゴミ、財界人の一部に、迷惑を与えて損害を払わない馬鹿がいるようだ。これを片づけるのが、何よりも優先されるように思います。いかがでしょう?