大局上の人間性の認識

筋道を容易に外す安直な人間性には、力が集まらない。ゼロベースからの組織形成過程を経ないと、育たない感性かもしれません。親の力で配置を貰い人口的な力に依存して物事を作る発想が常態すると、お粗末な感性による不信が積み重なり、お飾りの大将が裸の王様を演じられる。強権的な物事の進行で、各自の自主内発性を統合すると言った作法に寄らないと、目標が与えられ積極的な創造性を落とし、対立の強要でいたしかたなく進める受動性を作る。人口性の強い感性のガサツな創造性は、多々こうした様相を表される。日本文化の根源的な精神性を体に吸収されない、小手先の欺きを経てきた性格は、明瞭に現れる。
籠の中で保護され気持ちが大きくなり、素のフラットな意識を外す自己制御力の劣った主体性は暴走を齎せる。力を与えて良いだけのキャパを測定して、適正な実態を創り上げる事が要り、これによって、健康な自己の客観認識と外界との適正な調和を遂げられる。こうした自律性の弱い性質の兆候が現れたら黄色信号となり、過剰に力を与えないように仕向けて、コントロールする事が賢明な判断を指し、自然反応的に生まれる人間の感性と思われます。籠を外して、身の程の実態を実感させるか、等によって修復が取られれば回復の余地は残り、それに及ばなければ、一斉に抑制への力を投じて、暴走を止める事が、必須とされる。甘く考える精神面が育たない主体性に、過分な評価を与えては、損失を齎せる事は自明であり、適時的確な作為を投じて、精神と力と責任の均衡を創り上げる試みによって、事前予防型の制御が果たされる。野性的な環境を常としてきた人間形成による根本的な性質の強さが、敏感に違和感を感じ取り危機への予兆を掴んで適正な微調整を図る事へ連なる。小事と大きな事との適正な峻別が生まれ、骨格的な面の崩れには、厳しい反応を示せるかに、動態の善し悪しが生み出される。根本的な価値の棄損には、躊躇なく適正なサイズへと調整させて、大きな怪我を招かない急所を掴みだされる。このメリハリ感が、温室にいると鈍くなり前兆を見過ごして、大きな事態を発生させ、甚大な被害を齎される。不抜けた感度が常態して、常識感が下落して、慢性的な皮膚感に忍び込み、外界の事象へ対しての感度が崩れ、堕落した性格への自覚に及ばない病理に嵌まる。自己回復に及ばず、他律の強要が必要となる瞬間を性格に掴んで、適時的確な施策を持って健全性が持続する。広い時代のスパンで見る現代の状態は、物理依存の慢性化や加速の潮流にあり、これへの適正な修復を図られるかが、大きな課題と掲げられる。自己の統制できる範囲を適当に掴み、負の影響を与えない制御力に主体性の力が配される。体と頭が分断的になり、可笑しな感受性を宿して、力みの強い発想や行為と現れ、プラスよりもマイナスの影響を作られる。基礎的な道徳が崩れて、物性の力へ過信して精神面の下落に陥り、不健康な主体性が生まれる。過剰なストックと、フローの停滞による外界の観測力が下がり、鈍感で肥満な体質が作られ、根本的な価値を崩される事への、的確な反応が生まれて、持続的な好循環を弱めない急所とされる。二次三次の加工された物事を出発点にして、物事の観測や生産に当たる生活習慣の深まりから、一次面を掴む感性が劣って、基礎の弱い建物が作られる。人間性の相対的下落に在る認識が弱いと、可笑しな力への従属性が留まらず、暴走した状態に陥られる。マニュアル化や自動化、分業化による弊害等と示され、骨格の痩せた主体性への健康管理が持続的成長の肝とされる。力や成長概念の適正な認識が固まって、本質を取り違える事のない支柱に収まり、ここから外界の性格への定見が生まれて、コンスタントに歪を掴んで対処に及ぶ安定した制御が生まれる。根や基幹が未だ固まらない成長の過渡期は、この根本概念の弱いふらふらした感性が生まれ、起伏の激しい感受性が生まれる。一定の良質な見識を有する人々によって適正なリードが与えられ長期性の性質を作り込む過程が生まれる。経済感覚の土台に、盤石な根源価値が弱いと、持続的な成長軌道と離れた一過性の判断を招いて、作っては壊しの繰り返しを生み、非効率な生産が進行する。効率を追いかけ非効率を招く、本末転倒な事態に及び、根元の不良が原因と浮かべられる。人間音痴な経済学者には、大きな判断を任せられず、適正な配置に留めて、資質に適した仕事を与えて、負の増進を避ける賢明な施策が欠かせない。安易に他文化を取り入れ、自己の根幹的な価値を掴みきれない姿からは、良質な創造性には及ばず、他者への迷惑が上回る。未熟さの認識から教育の誤りへと向かわずに物性に縋った人間性を強める事には、大きな歴史上の汚点を作られる。理想概念と現況認識と適正な方法という3つの要素で活動の総枠を抑え、自他との適正を創り上げる地に着く感性が健全な主体性と規定される。

5)文化の推進

小さな利益に固執して大きなビジョンや長期の利益への忍耐強い協働を創り上げられない事は持続的な成長力を弱め一過性の歪な成長と衰退の軌道を強められる。単細胞化した主導者による負の生産性を示す事象になりこの性格を良く鑑みて集団を統制する主導者を作る事が繁栄への肝要な点と描き出される。目先の利害に過敏反応を起こし粗雑な物性による荒技を投じる性質には大きな利益を創り上げる素養が弱く歪んだ対立性の構造を強められる。正々堂々と物事へ対峙し気持ちの良い競争を繰り広げる潔い感性が負を留める事のない次後に繋がる良好な協働へと連なり歪んだ手法を用いるほどに真っ当な社会秩序が萎んで負のスパイラルを回される。長い時を経過しながら創り上げられる根本的な性格と浮かび上がりなかなか悪性への自浄性は生みだされず他律による強要も場合によって致し方なく放置する事が良性の悪化や負の拡大に及ぶ。社会インフラの基盤的劣化を防ぐ基本的な焦点に上がり人間形成過程への思索へ取り込まれると共に現況への水準の測定と対処や予防の常態的システムを持って根本的な気質や感性の下落を防ぎ、良性を増進させる観点が欠かせない。似た性質が自然と集まり健全な建設性のパワーを生みだし続ける領域と負の動源となる特異な感性とそれに似た感性が領域を作り、各種の発想や規則性の特性として抽出される。社会の基軸的な配置には前者の性質を濃厚に有する根元の丈夫な性質が治まって長く大きな利益に重心を取った生産が図られて大きな悪性への劣化を予防する勘所と取り上げられる。この精神性が盤石に生き続ける空間にあって代々残る良性の遺伝子が引き継がれ悪性への知恵を持つ対処が生まれ自己の骨格を崩す事無く良性を下げない軌道が確保される。根元が痩せ細る程に悪性からの影響を受け主体性の顔が見えなくなり、受動的な判断や体質が強まって基軸の論理に現れる。物性の単純反応が強まり多変数の感性を喪失し短期性の即効的な成果を求めて対象への一方向的な要望過多の流れが強まって物理性への依存から体制や構造が深められる。こうした点から力を良好に用いる事の出来る性格や人間像を標準的な型式に掲げられて具体的な対象の選択や作り込みが生まれてインフラを創り上げる道筋が生まれる。以上のような説明は改めて言うまでもなく人々の自然反応的に内蔵される皮膚感覚を表し直感反応で気づき起こされる本能的な側面と思われます。健全な生産の規則性を積み重ねられた人々の体と心に染み込む感性を指し歪んだ誘惑等へ安易に流れる怠け癖に陥らず堂々と原理形成の習慣を重ね技術と市場との真摯な対峙を執り行われる健康な主体に生まれる骨格的な人間性と現れる。良好な認識を固め歪んだ性質への同化を回避して健全な人間性を持続する強固な規則性が増進される。今日しばしば見受けられる問題の焦点にはこうした基本的な人間性による皮膚反応と現れ歪んだ対象への浄化作用へ連なるごく自然な良質性からの態度と現れる事が少なくない。直接的な利害に関わらず間接的な因果を想定して事前予防的な構えから悪性への指摘や改善要求が生まれる事は健康な反応を指し示しこれが弱まる事へは皮膚感の劣化と見做されかねない。太い根をもって表層に浮かぶ事象への良質を見極める確かな適正感覚を確認するのに根源的な原理となる文化のビジョンが強い力を推進させる。悪意性の強い小手先の誤魔化しは明瞭に人間性と浮かび上がり確たる反応で良性を集めて強い力に転換し負の対処や事前予防の施策を講じる中に於いて痩せ細りの歪んだ性質を炙りだし健康な文化の持続に連ねられる。妙な洗脳に嵌まる事無く客観的な自己の認識を掴み、過度な要求に陥らず適正な反応をコンスタントに表せる体質に及んで安定の中での躍動が形成される。部分性の利益を追求する立場とある程度広く長い利益を求める立ち位置の違いへの認識が備わり配置に応じた適正な態度を持って力への支持が集められる。「広く長い利益」という観念が体験の積み重ねと集約の経過から次第に固められ定見となって人格と映し出される。この成熟度から現況の認識が変わり方法への適正感が生まれる。変わりづらい価値観の一つに正々堂々という感性が生まれ長く関係を創り上げる肝となる。基準自体や基準の形成過程の堂々とした振る舞いで捉えられ生産者の性格と掴みだされる。ここに脆弱感が生まれると不快感が起こり勝負事においては勝ち負けへの潔さが少なからず現れて歪な感受性が残り停滞するような後味の悪さを作らない歩みにプラス型の持続的な成長の力が湧き続ける。腑に落ちない歪んだ作法を用いる性質への嫌悪感は強く残り無節操な恥知らずの心象から断絶感や不快が深まり悪循環の連鎖が増進する。こうした面に変わりづらい気質や職場の風土や国民性等が垣間見られ根本的な常識感が備えられる。この感覚がずれると良好な交わりには至らない。蔑んだ感覚が起こり対等という対象とは外れまともな態度から離れズレが拡大する。「正々堂々」というビジョンが殊のほか大きな意味を持つ。

良好な独自性の文化

文化とは、人々の長期的な規則性への問いと探求の生産活動を指し、衣食住という生活の主要な側面における消費と生産を通して持続的安定と成長への良好な様式を創り上げる事へと及ぶ。そこでは、生物物理的な欲求と充足と、心理的な良好性への欲求と充足といった二つの観点が設けられ、両面の適正な在り方を求めて、長期性の型枠を作る軌道が生まれる。こうした人々の動態が人間像と抽象されて、根本的な価値が作られ、そこが固まる程に、これを下にした二次三次の様式を作る流れが形成される。
人間像は、個人と個人による二人以上の関係形成に於いて実感が生まれる。関係の形成は、身近な親兄弟や友人という所から、学校や地域、職場や自治体との関係、法人と法人、国家と国家といった広がりが生まれ、各領域や領域間の適正な関係形成へと思索が深められる。関係形成の過程という歴史的な側面と、そこで見られる発想や論理という既成の基準や、新設の基準への更新を図りながら、相互の持続的な生存と発展を意図した理論体系が創り上げられる。

直接性の関係と二次三次的な間接的因果を洗い出し、関係の因果を特定し、領域という範囲が浮かべられ、一つの主体性像と認識される。統一性の程度の高い領域に一つの名称等を設けて範囲が特定される面と、その主体性との関係から内部と外部という領域の形成的な区分等が設けられる。実態的な主体性の関係と形式的な関係とが浮かび上がり、感覚的な質感と観念的な認識とのズレや更新の機会を持って、主体性の実態が把握される。

名称がそのままで、中身の共通認識の更新が取られず、ちぐはぐした認識が生まれ、統一的な意思に及ばず個々がてんでバラバラな活動にある事も少なくない。こうした面が主体性の病んだ姿の一側面を指し、健康な意思と行為を欠いた事象が出現する。

一定の統一的な概念の共通性を持って、同一的な制約の上に、自由な裁量が図られ、一主体性としての健康な心身が浮かべられ、主体性の欲望と力と責任の均衡した状態に健全な姿が実感される。このような主体性の適正像が描き出され、健全な頭と感覚と感受性の有機的な連なりにある動態が確認されると、健康な主体性という実感に及ぶ。

外界へ迷惑をかけたくないという基本的な感受性を備えて生まれる理想像への問いと実践の生産性とも言い換えられ、良好な対象との関係を意図して持続的な共存と発展を遂げる発想や志向性が浮かべられる。このような長期的且つ不動的な性格を備える事が文化の様式を指し、健康な発想と行為と肉体を叶える基本的な原理と表される。

今日の人間性に見られる個々人の勝手気ままな振る舞いという面に快適性を覚えると共に、度が過ぎて生まれる歪な精神性が問題に起こり、一定の健全な主体像を備えた自由の獲得という制御性への問いと答えを創り上げる二―ズとも伺えます。基礎的な躾や関係形成の作法を適正に執り行い一過的な利益ばかりに偏せず、良質な持続性を創り上げ、建設的な真の利益を追い求める活動への根本的な欲望と思われます。物理依存の感度が強まり心理面への関心が希薄化し、そこに快適を映す面と不快を抱く面とが現れ、程度の適正を鑑みて良好な調和を創り上げたいとする変わらない欲求と現れる。

迷惑な行為を迷惑と思わずにやったもん勝ちと言った、節操のない人間性には、自らの自浄性により回復を果たすのが健康な人間の姿であり、そこに及ばなければ他者により適正な対処を強要して特異な性格を隔離するか更生の機会を授ける事が賢明な作為と描かれます。日本文化の良質性への価値を再認識し欧米的な文化へ被れて、自国の特性が備わらない根なし草の如き性質には違和感が現れ、精神的な不安や受動性の感度の高い人間性が作られる。根本的な面が整い幹を作り枝葉を付ける生物の成長原理に即した人間形成において適度な調和を果たせる歩みが図られる。

これらを客観的に映す為には、普遍的という原理への探究を持って、諸条件的な制約を払って生まれる万人的な価値を見出す習慣が要り、そこから自己と他者の特性が明瞭化し相互の理解と尊重へ繋げて過度な衝突を回避し、共通性を見出す調和への志向性が少なからず求められる。独自性と普遍性という重層の原理を抱き、他者との適正な相関を創り上げる道筋へのイメージが整って持続的な安定と成長の具体的な軌道が形成される。長期性の問いは、独自性と普遍性という二つの側面を構えて、謙虚に学び続ける規則性を失わない所に健全な心身が宿される。こうした意味から日本的健全性という独自性は普遍性を帯び、整合度の高い同一軌道に近いように感じます。多くの人を幸福にする良好な独自性を持つ日本文化という認識が少なからず生まれても良いような気がします。こうした感性が崩れる事へは日本的な価値を棄損し、長期性の利益を破壊する。うすら馬鹿の迷惑な性質には、深刻な感度で対処する必要性が起こります。この国の政治屋とマスゴミ、財界人の一部に、迷惑を与えて損害を払わない馬鹿がいるようだ。これを片づけるのが、何よりも優先されるように思います。いかがでしょう?

健全性の適用と文化活動の性格

多額の予算を持って良い製品サ-ビスが作られるのは当たり前の理屈であり、少資源で最大効果を発揮する創意が齎されて、生産者努力と能力の実態が計られる。行政の需給構造の不適格性はこの面に浮かび上がり、売上と経費と利益の概念で活動の付加価値を算定する方法を導入しない事には生産努力への熱が投じられない。活動を測定する骨格的な概念を抜本的に改革する事に於いて良質な活動と感性が生まれる。この面を変えなければ場当たりの行政改革に留まり生産の質が向上されない。一方で、受益者において長期性の利益への認識が弱く支出への理解が及ばず公益性の事業活動への特殊性の認識が作られ採算性の観点を弱めた常識が備わり曖昧な感度が作られる。教育活動における文化価値に対する理解度の不十分な成果の現れを指し、短期利益の支出へ偏した感覚に陥り長期の利益概念の理解が乏しく変則的な事業体と収支構造が生まれる事へ対して根本的な改革を投じる事が不可欠に思えます。事業の基本は独立採算性による持続にあり規制による意思の拘束という縛りは、不健全な制御性にあり、なるべく共通的な制約は弱めて選択の自由な幅の中から自由意思による決定が健全であり行政へ過剰な裁量を与えて自己目的性の運用による歪な基準と適用を取る事へは深刻な感度と慎重な取り組みが望まれる。過剰な裁量を与え供給理論に偏した運用へは個別的寛容性や多様な価値観を狭めて歪な成長や基準が強まり人間の自主内発的な成長軌道を低迷させる。こうした事から民営事業の形態が生産の基礎となりまやかし的な美辞麗句や公益性なる曖昧性を無くし詐欺的な活動を助長させないポイントが生まれ健全な性格の事業活動を意図してフェアな環境条件を図り活動の付加価値の向上と測定の良質性へ繋げる事が求められる。歪な精神性を深める要素を特定し、健全な人間性に資する方策を積極的に導入する事が生産活動の本流を指し、逆行する生産を作らない規律が高まって正常な気流が促進される。うすら馬鹿による自己都合のよい論理を野放しせず、或いは小手先性の容易な利益を獲得する発想を抑え真に公平公正な客観性を向上させて良好な調和に至り平和の質感が増進する。少なくとも正当性を堂々と示す感性が下限の良質化策にあり後ろめたい行為の慢性的な精神の歪んだ行為にある特異な主体性を残存させずに堂々と原理を踏んで自信を積み上げる本流軌道の生産を果たす事に於いて健康な心身が形成される。各種の矛盾を自己都合のよい論理で組み上げ正当化する振る舞いは良好な人間性とはみられず、矛盾を堂々と示し問題への率直で真摯な対峙を深めて健康な人間性に及び火事場泥棒のような逃げの発想による悪性への予防が生まれる。根の細い感性による歪んだ性質は目障りであり偽善の性格を残さない真の利益を探求する態度が気持ちの良い社会を作る。以上のような観点が健全性概念を土台的な原理に備えて二次三次の運用を果たす現象の一つを指し基盤的な共通感性と実態化への実施工程と描かれる。空の念仏に留まらず真の力に反映されて原理に生命が宿り観念と感覚の適合へ及ばせる健全な感受性が示される。文化観念の創出や展開は民間と同様の営利活動であり効用を持って果実を得る持続的な改善の周期を備える。恩恵を受けながらのフリーライドは許容されない。民間の生産活動の成果を、行政が盗む事は看過できない。