病は気から

健康な精神状態に在って適当な自己と外界の認識を生み適正な調和を見出す判断が導出される。自己の主張と外界の要望に均衡を果たし利害関係者との良好な関係の維持と向上への協働共生関係が作られる。心の穏やかで揺るぎない自信に於いて健康な精神状態が生まれる。後ろめたい行為や人への恥ずかしい行いに無く、或いは万が一にも失敗や過失を働けば、それへの真摯な対峙と適当な態度を取り行ってマイナス事態への修復が成され、負を平らな状態に戻して前進的かつ建設的なエネルギーを注ぎ込む体制が整う。誰からも強要される事には無く、自らの確固とした歩みと誇りを下落させない自身を信じられる歩みが図られて外界への嘘偽りのない心もちが保たれ、堂々とした社会的一員としての利益を作り上げる主体と及ぶ。ここに於いて自己を適正に見つめ適正な評価を持って過不足のない自己認識に至り、外界への適正な構えから健康な対応が執り行われる。

物性への過度な依存や歪んだ発想や誤魔化しの態度は適正を作り上げられず、要望過多か対応不足の認識が生まれ、外界からの不満の声が深まると共に、自己への自信のない心落ち着かない焦りから苛立った精神不安の右往左往した歪な行為や手法へと逃げマイナスの循環を強められる。それまでに培われた功績や信頼を棄損させ根の深い慢性的な改善の見られない悪性の精神状態に至っては、大きな問題と突如現れ一挙に事業の瓦解へ到達する。ばれていないと思っていても精神不安の姿は外界から明瞭に察知される。

空の自信は態度の随所に浮かび外界から見透かされる。恥ずかしくない自己との適正な対峙に在って自己に甘く他者に厳しい態度に及ばず適正な調和を創り上げられる。執り行うべき事柄から逃げた感性は痩せ細りの精神性が深まり、外界へ強い発信力を生み出せる体質から外れる。単純物理性への依存感覚が慢性化して、真に良好な感受性に寄らない生産者へと陥り根を壊した幹や枝葉をはやし歪な有機体によるエネルギー吸収と提供の循環に至りやがて枯れてゆく。一代二代と良き精神性は引き継がれ確たる態度を生み出す自律や自制の主体性が創り上げられる。動源は健全な感受性の起こりに在り、ここを変えずに時々の環境への適合を見せられて永続的な事業の展開へと反映される。

みっともない感受性で慢性化され、それを補うみっともない手法を講じる荒技が長く続くわけはなく、自己への自信の弱さを物性で誤魔化す習慣や規則性においては、外界から適当な取り締まりを受けられる。恥ずかしい精神的な弱さから悪性が瞬く間に広がり自浄作用が回らず強要による回復の道しか残らない。人は騙せても自分は騙せず、いつまでたっても気持ちの正常さは生まれず、その影響が各所に明瞭化される。以上のように健康な精神が適正な感覚と頭脳の働きを見せ表現内容に反映され、自己と外界からの認識に及び、「病は気から」という古くからの根本的な原理が浮かび上がる。顔色がよろしくないのでは○○さん。あまり表には出ない方がよろしいかと思われます。ばれちゃうから。恥ずかしいから。

現代社会のコンセンサンス

生滅不可分性の感覚は、自他の認識を進めると同時に住み分け感覚を作り上げる。既に他者によって賄われている生産へは敢えて自分が模倣的に加わるよりも、自己の生産や性質を見て自身が行うべき事柄に注力するのが良好な分業や調和の形成に連なる。規格量産的発想によると、自己の感性で他者を計り序列化する発想が強まり、他者の良好な特性を掴み活かすような発想に寄らず自己との同質性を求められる。限りある資源を有効に生かす規則性において外界のプラス要素を掴み活かす感性が常態化する。中小零細事業者やゼロベースから物事を作り上げてきた過程を備える生産者に見られる特徴に思われます。初めから環境が良く整備され、効率や生産性への執着に及ばない場所では標準と序列化の画一性による管理へと意識が進み、実態的な効用や成果を作らない低付加価値の生産性に留まる。この辺りに、民間事業者と公共機関との根本的な性質の相違が浮かび上がり、プラス性の増進と重箱つつきの減点評価という体質が生まれる。或いは過去へ執着する実績踏襲型の創造性と、新規変数を重んじるアイデア創出型の生産と現れ、昔話ばかりへ意識が向かいその厳密性への関心が投じられ過去の規則性を模倣して現況維持の生産を進められる。過去を知るのは未来を作る為という前進軌道に在って、未来の仮説形成力が高まりビジョンと描かれ、それに向けたエネルギーを集め投じて危機への回避や創造的な感性が形成される。ビジョンが弱いと資源の採用基準も二次三次の加工度の高い模倣的な基準を安易に採用し、無難な実績を意図されるものの現代にはこれがマイナスに及ぶ。教育の根本には、過去現在未来という時間軸からどこに意識を注ぐ生産者像を設けるかによって人間像に反映され、それに合う発想や能力を作り上げるプログラムが生まれる。このように、時代の置かれた状況認識が教育の根本概念を変え、生産者像や人間像に反映される。継続性や安定秩序を重んじる旧来的且つ伝統的公務員像に対して、仮説形成力やビジョン創造力が加えられて攻めのスタンスに在って安定が叶えられる。従来的安定概念からフローの動態を向上させる健全性概念が作られて現代の時代に適する感性が生まれる。ストック過剰で肥満な発想による減点主義は時代環境に適合せず、フローの動態に焦点が取られ、何をアウトプットされるかの規定と出力の過程を鮮明化し生産性を基軸に備えた体質に在って在る者を型枠に押し込める発想から在る者を活かす発想が進められる。量の算出という割合から質の転換に軸足が取られ、既成型の実績踏襲の安定路線による衰退への道から良好な質を掴む嗅覚とそこを伸ばす発想へと及ばせて非効率な画一性や量産やコストカットという物性型の単純化に寄らない化学反応を創り上げられるパワーが求められる。根本は感受性の力にあり、物事への探究心や創造性に反映される。気の力が体や頭の用い方に影響する。頭型の既成秩序の入力に対して感覚や感受性を動源にした観念の形成にあって根から幹と枝葉の繋がる有機的な知の表出に及ぶ。死んだような断片的知の羅列という文章がしばしば見受けられ、量ばかりが無駄に多く、洗練性が乏しい抽象集約性の弱さは実際的な頭を使わずに付加価値の弱い表現を指し、個別事象の積み重ねと集約の機会を定期的に持ち質の向上を図る思考に於いて、洗練された原理が生まれ体と頭と感受性の良く絡んだ表現に及び人々へ良く伝わる刺激を作り上げる。壺と成る部分を的確に掴み表現と変換し投じる事に於いて意図する結果が出現する。

変な価値観で優越意識に留まり妙な管理発想や手法を投じる旧態の性質は成長への阻害要因を指し、権利過剰の欲望と生産性の弱い余剰な資源を抱えた悪性の指摘に及ぶ事のないフローの良質な主体性にポイントが置かれる。小難しい観念の集積による思想体系はフローの良質性を阻害し実効性を作る抽象体系とは乖離し断片的な知の羅列という傾向で掴みだされる。体からの形成に無い死んだ観念体系は躍動感を生み出さず、変な意識に留まった管理欲を見せられる。こうした事からも根本思想の善し悪しが問われ、量より質へ着目して各自の特徴が良く生かされる体系に有益性が増進する。健全性概念というビジョンが人間形成の動力に及び、在るべき人間像となって根本の基準に配されて二次三次の原理に反映される。現代のコンセンサンスと思われます。

本書の総合ビジョン「健全な人間像の実現への道」

多くの人々は、綺麗で美しい物事に憧れる。外観的な見栄えや動態に見る快適など対象は様々であり、多種多彩な実感の取り方を抱く人間の性質が垣間見られる。どれか一面的という感覚の取り方には無く、いろんな美しさの感覚と割合を混合して美感が形成されているのが実態に思われます。こうした中に在って過去の歴史事象から快不快の感覚が形成され生命への尊さに優先的な価値を置きそれに直結する事柄への意識が強まり、美への序列を形成するのが標準的な感性となり、動的側面への探究が深められて静的外観面は後列に配した美の体系が作られる。

衣食住という消費が目前に置かれ、それを得る手法に生産的規則性が作られ生産と所得から消費を得る循環が作られる。この日常的な美感へ対して多様な快不快感や喜怒哀楽の体験から哲学的な思索が深められ根本の焦点が形成される。これが宗教や思想などと呼ばれる領域となり、生命観や人間観、自然観といった観念が作られ感覚的事象を観念的なフレームを持って配置させ直感的事象を深みある欲望を持って冷静に性格をつけ、自他の制御を果たす創造が生まれる。物的即効的な感覚と人との良好性を意図した心理的な良好性を併せ持ち、両面の適正な在り方を作りだそうとする営みとして現れる。

生命観の浮かべ方として、事象の捉え方を生滅不可分や直接間接の因果という観点を設けて示された釈迦の因縁生起という世界観等に信や真を抱き根本原理と抑えられる人々も生みだされる。生の増進は少なからず何がしかの滅を伴いここに相矛盾する感覚を抱いて両面への適正を作り上げたいという共生感情が生まれ、こうした見方からの対応を進める事に適正を見出し人間の変容しづらい理性の所在を固める等の根本的価値の設け方が生まれる。又、事象は直接的な事象とそれを起こす間接的な事象という多様な連なりを想定する事により、対象を広く把握し意図する欲望に対してより良き充足への予見を浮かべて仮説と実際の整合へ連ねる高度な思索が進められる。

本書の立場は、このような「因縁生起」という世界の浮かべ方を根本に取り、在るべき人間像や自然観を作り上げる事になります。生滅を調和させる手法として「健全性」という概念を作り、主体性の中核的な軸足にとって適正調和を果たす人間の根本的且つ不動性の欲望とする主体性像が創り出されます。

この生滅概念が、善悪や美醜、正負や明暗、快不快等の二項的感性を作る根源に成り、人間は生まれながらにこの二面性を備えた存在という性格を起点にして、マイナス性への配慮を浮かべつつなるべくプラス要素の上回る事象を作り上げる発想を取る事に於いて、健全な理性の実践的な側面が実感される。

人間を過度な美感で覆う表現へ偏る事象がしばしば現れる。上述のような根本的な感性世界の掴み方が在って、個別局所の適正な見え方が生まれ、これを欠いた美性へは適度な距離を設ける感覚に健全な人間性が示される。外界ばかりを映す感覚の深まりに自己を含んだ対象化へ及ばせて主客の適正への作為が生まれて美の実践と謳われます。言う事は容易いという認識を抱きつつ、なるべくこうした観念を意識のどこかに備え、身体と頭脳に反映して制御する基盤の原理となって長期的な良質化への肝要点が示されます。現況の人間をありのまま正負を内蔵する存在と捉え負を補い正の上回る生産へと深める意識に在って大きな破滅的な争いを回避し持続的な再生産を実現する道が浮かべられる。これらから「欲望と力と責任の均衡」を目途にした主体性の健康像が浮かべられ、実際事象に適用させる実践工程が表される。以上のような論理を根本の規律に備え作用させる事が必須と描かれる。万人的なビジョンに浸透するほどに負を上回る正の道が作られる。

こうした理念に対して現況を掴み適正な方法を投じる事が文化形成の道筋と示されます。独り善がりの理念で在っては適正には及ばず、外界と自己の状態を鑑みて理念に向けた方法を導出する歩みに於いて健全な人間が作られる。負の性質の強い対象には適正な対処が要り、粘り強く理念を捨てずに現況に適する方法を投じる事が真に理念を遂げる歩みを指す。頭ばかりに寄った美感と実際的な行為のアンバランスな実態と映し出される事象も少なくない。言論表現は自己の欲望を指し外界へ求める欲望という性格が強く実感されると外界からは抵抗が強められる。一方向の態度を強要する姿となり他利を提供する生産者と離れ利己的性格の強い表現者が生まれる。両者の無理のない調和を「欲望と力と責任の均衡」という尺度を持って過不足の少ない権利義務を見出す力が促進されて個別性を含めた動に即した両者を含む健全な主体性が作り込まれる。物理依存症は欲望過多の責任不足を指し肥満なストックでフローの良質性に無い感覚が作られる。心理的欲望を求めず物性に過度に縛られた感性を指し力を適正に制御できる均衡へ是正させて健康な精神と肉体に及び、過度な物性の欲望が抑制され主客の調和へと導かれる。