教育への提言

1)認識論というベース観念が抜けて、文字ばかりからの表現と理解に偏る事から、基礎の弱い根拠の明らかでない論理が形成される。社会人として求められる生産性の下地が作られず、他利を作り自利を得るという活動の規則性が強化されない事には、健全な人間性に及ばず、利己性の強い感性を備え、盗みや詐欺という性格の生産に寄った人間が作られる。

知識の吸収基盤となる「認識論」への深い思索を経て、文字で書いてある事柄をそのまま取り入れるのではなく、感覚的な裏付けや体験的な知の生産への意識が強められ、物事を考え作る体質が深められる。この基礎回路が常態して、外界への探究心が強まり、文字や人の言う事に対して、良く吟味できる感性が形成され、確かな根拠をもった表現や生産が進行する。

2)そして、「人間論」等というカテゴリーを設け、人間の基本的な性格についての知見を形成して、各種の知識を入力する筋道を設ける事が、知のインプットと変換とアウトプットという基軸的活動の筋道を創り上げる。欲望と充足というサブカテゴリーを設け、生物的欲望、物的欲望、心理的欲望といった主要な観点とこれを充足するにはという起点を設けて、人間の生きた生産性が宿される。

3)これらの上に、自然科学や社会科学という「特定の対象」を限定して人間にとって深く吟味の出来る体質の下に有用な知を吸収し、変換してアウトプットの出来る生産性に及ばせ、単なる知のストックに留まらない付加価値を作る「フローの良質性」へ繋げる事によって、健全な心身と肉体を備えた動態が促進され、他者との良好的な感受性を根にして、情緒的な融和性に基づいた頭脳と身体の活用というサイクルが常設化する。学ぶ事の動機づけにも連なり、探究心の深まりに及んで、学習への意欲や自主内発の研究力へ繋げる事に於いて、自主的成長の体質が創り上げられる。

4)二次加工された文字を出発点にする教育は受動体質を深める。「頭ばかりの作業性」で、点数稼ぎをする習慣が深まると、感受性の育たないままに、知を暴走に用いる等の弊害と現れる。一次情報を基盤に持つ生産型の体質にあって、二次加工した文字への適正な距離を持った感覚が生まれ、ゼロベースの盤石な根拠や裏付けへの意識が強まり、浮ついた事柄への峻別を持ち、過度に影響されない自身の柱が形成される。

知識ばかりの吸収へ偏った教育プログラムは、却ってフローの良好性を阻害し実社会には適さない人間を創り上げる。役所という所の規則性に見る一般の生産者との違い等を客観的に把握の上に、多くの生産者と同様の発想や体質に適合するプログラムであって、有用な教育へと高まる。基盤が歪んだ上には痩せ細りの人間が作られ、頭でっかちで動きの可笑しな発想へ偏った精神のねじ曲がった性格が創り出される。これを代表するのが、一部のマスコミや政治、行政という領域の性格にも映し出されます。

5)「基礎基盤」となる体系の善し悪しが健全な積極性を生みだす回路を作り、受動的な体質の依存型の生産者に及ばぬ予防になり、基礎の良質性が重要な人間形成の柱と組まれる。

感覚と観念と感受性の有機的な動態を持つ人間性に於いて、太い人格や芯を持つ主体に及び、詐欺や盗みに走らず真っ当な対象との対峙を持ち、真相や真価を掴みあげる堂々とした性格が作られる。一方向的な利己性を強めて物性に従属的な性質に寄らない双方向の利益を見出し協働、共生する社会の形成へ向けた教育が21世紀のビジョンに映し出されます。

以上が、当方の文化という観点からの教育に対する提言となり、基盤の良質性を図る体系が『日本文化原論』と纏められます。

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