人間形成の出発点

頭寄りの生産世界に偏し体を用い他者との交わりを経る工程の欠いた生産者に不快感が生じ、これへの改善策に頭と体と他人との感受性の交流を持った生産の型式が提起されます。例えば、米や野菜を作る農業という方式には、土を耕し肥料や種を捲き、水をやり雑草を取り、目や茎が出て実が付いて、収穫という生産工程が生まれる。その果実を他者へ提供して栄養を付け生命の生存が遂げられる。生産者の生産事物として野菜やコメ、需要者においての栄養やうまいという効用という二つの面に於いて需給関係が作られる。身体感覚による生産と生産の頭脳的な整理と他者からの感受性と成る効用という生産行為の壺が示される。自他と生産事物と効用により生産活動の基本的な型枠が形成される。

憲法の研究者や生産者に於いては、憲法を創りそこから生まれる自己が思う効用や意義と他者が抱く効用への視線を及ばせて異同の認識を掴み、実際的な効用が把握される。自分だけが思う効用で留まると、基本的な需給構造に及ばず、人との感受性の交わらない活動に成り人間という概念が生まれない。ここに、一方向的な感性の歪性が現れ双方向の対話や交流に無い独り善がりの生産に満足される歪な感性が宿される。外界の意思を無視して自己の思う意思のみに執着し、当然受け入れられるという偏った欲望を表す態度に各種の不快感が起こり人間性を含まない人間が創り出される。自己の理想に対して他者にも理想があり、自己ばかりの理想が必ずしも受け入れられない。自己と他者の現況を掴んで異同を確認する工程が省略され独り善がりの生産者が生まれる。現況を抑え自他との調和を見出す方法の工程に及んで感受性を体験して、生産の改良等へと思索を及ばせる生産行為が生まれる。この完結的かつ、再生産の循環に感覚と頭脳と感受性を経て生み出される生産の型枠が示される。こうした生産活動の認識を持つのが、多くの人の常識感覚と思われます。これを下に各種の応用を果たし人間概念の不動性を持って健康な関係が創り出される。

又は、相手方は必ずしも好意ばかりを示さず悪意の意図を持って人の財産や生命を奪う発想を抱く存在であり、正負を内蔵する人間像に立脚して適当な調和を見出す事に現実世界が示され適正な方法を作り理想と現況と方法をもって地に着く生産活動が生まれる。生産や人間という根源的な概念の一致に在って協働や共生、自立という関係への認識が進み同一感性を持った創造が果たされる。物理的な力へ過度な重心を持ち人や外界の意思を見ず、一方向の欲望を物性の力で推し進める事に在っては、心理的な面における他者からの喜びに喜びを抱く感性には無く非社会的な性質の強い存在に至り、根源的な面の異質性となって人間概念の同一性を外した関係が作られる。自他が思う同一的な基準を見出し充足するスタンスに心理的な喜びが生まれる。この感性の弱さが進む事に喜びを抱く人は少数に思われます。気違いによる一方向の物性原理が進行する事へ適正な対処を持って隔離する等の措置が求められる。出発点が合わない所からは何をやっても合わず交わる事はない。同一的な感受性を作る過程の設計と生産は重要な意味を持ち大きく離れない事が人間性の基盤を指し示す。

「法的安定性では国を守れない」尤もな発言であり、法的安定性への堅持は在るべき態度を示し、しかし現況に照らして方法を導出するのが政治家や活動者の態度であり改善発想を常にして法を作る立場がもつ普通の感覚なのでしょう。寧ろこれと逆の現実とそぐわない法へ偏る感覚に責任意識の劣りが映し出され、方法への探究が進まない怠慢な態度を指しこちらへ不快が現れる。どちらが働き者か、怠けものか、善意の感受性を備えるか、納税者から見て模範と映るか、本質論で堂々と対峙する所に適正が現れる。