歪な静

7)歪な静
物理現象には心理作用は含まれず、機械的に淡々と物事が進み、蓋然性の高い因果を実感する事に及び、心理現象は人間の変わり易い意志による因果の不安定な事態が生まれ予測の難しい事象と現れる。経済活動を表す人間像として物性的機能を効用とする生産の規則性と、情緒的要素を含んだ製品サービスに変動性が生まれ大別的な変容度の原因が浮かべられる。心理面の安定への志向性が生まれ、長期的に備わる変わりづらい人間の性格を見出し、それを根として発想や論理を組み上げる創造性において規律ある安定と躍動の世界を創出し快適を抱きたいとするビジョンが描き出される。不快性の事象が特定され、それを発生させない為の施策が図られて基盤の安定が創り上げられ、快適性の事象への基調を落とさない前進性の動態が促進される。正負の事象や正負の因果を含めた包括的な創造図面が描かれて、共通的限定性の高い負の感度と相対的な幅の広い正の感度という実態が掴みだされる。力の蓄積と共に力の利用から欲望の変容に反映され、内向きの欲望へ傾注すると外側への利益を作るエネルギーが弱まり不快事象を起こす主体への性格が進行する。肥満症による正負の感度の崩れが不快の循環を作り、局所や構造、システムへとその性格を忍び込ませる。これへの是正や予防に欲望と力と責任の均衡という尺度が設けられ健全性を計る基準と示し健全な活動や人間性の維持へ連なる生産性という領域が生み出される。こうした社会現象の良好化へ向けた根本理念とビジョンが表されて常態的な制御策と備わり、一定の変わりづらい意志が固められ良質な安定という積極的な性格を備える創造が展開される。ストックを守る意識の安定というよりも、良好なフローを守る為の安定という概念で区分され、性格の特徴が浮かべられる。ここに於いて動である対象との適正な調和を見出す動態への道が示され過度な静を望む力んだ姿による弊害が予防され自然な外界との交わりを叶える調和性が図られる。妙な利己的性格からの執着や正当化は過度な静態と現れ、自然な動態への歪な静を意図した力や表現として顕著に映し出される。好循環を阻害する一方向性の不均衡という態度に及び、均衡式と離れた過剰な欲望や責任意識の低さや、力の用い方の歪みと掴まれる。均衡に及ぶ大きさや範囲へ修正されて、歪な事象という認識が減少し、適正なサイズと運用に及んで安定した精神と肉体の関係へ及ぶ。欲望過多から過保護な規制を作り、公平公正な均衡を崩した歪な精神性による作為は健全性と間逆の作為を指し人口的な制約を歪んだ発想により創り上げ、外界への違和感の強い常識感覚を慢性化される。人間の物性への過剰な進行に箍を嵌める適正な規制とは異なり、両者の性格を鮮明化して、違和感の強い静態現象への改善をもって動の良好な気流を損ねない真の調和へと連ねる事が社会現象の中心的な観点と生まれる。健康な人間性の安定化を図る「健全な静」とは異なる「歪な静」という概念が強調されて人間の良質性を損ねない為の制御が図られる。慢性化された怠け者による愚図な行為は醜さの象徴であり、不快感が極まる。

健全性の基本式(欲望と力と責任の均衡)

力とは欲望を充足する方法を指し、欲望と充足方法という構図に、人々の主要な関心が注がれる。腹がすき、食料の生産や調達を図り、摂取する過程で見られるように、何をどのくらい食べたいという欲望に対して、生産するノウハウ、道具、設備、時間が直接的な必要要素を指し、作る事が出来なければ作った人へ対価を支払い調達が図られる。
欲望と方法と方法に係るエネルギーが直接的な関係因子を指し、これに生産過程や生産事物から生じる多用な影響に対処する責務が課せられる。当事者間で、成分の質量、外観の形態、パッケージのデザイン等の直接的な生産事物の要求水準や、いつ、どこで、どれだけという二次的要求が調整されて、これらに係る費用が算定されて、負担と品質の適正を図り、売価を設定し、契約内容が決定する。
こうした中で、行政の立場から影響に応じて公平公正な規制が課せられ、品質の中に落とし込まれる。更に契約違反への罰則規定等が加えられ不測の事態への対処方法等の手順や資源費用等を見積もって総合的な水準の設定が生まれる。
欲望 方法(力) 責任
何を、どれだけ、 いつ、どこで、どのように、
品質要求、費用負担、売価設定、

こうした調和形成の原型的な欲望と力と責任の関係性が描き出され、応用的に各概念の中身を変えて均衡式が活用される。
1.欲望に、生物物理的欲望、心理的欲望
2.力に、財力、権力、知力、
3.責任に、効用の実感、影響への配慮、
といった概念が適用されて、観念と感覚の整合による実感で、完結性を持つ健全な調和が形成される。多くの民間の事業会社に備わる常識感覚と示され、公共機関においても同様の算式を持って、需給構造を描き、行政サービスの要求水準と費用負担において、財の交換が図られる。
特に、健全な人間を作り上げるという視点から、浮かび上がるのが「知力」の形成や保有と実態的な効用について、運用という実施での検証から真価が測定され、二次的情報の量を多く保有したものに、感覚的検証を与えて、一次情報化する過程において、真に有用な力と判定される。実際に用いて得られる実証された知力と、運用が図られない二次情報とは格段の質的相違が生まれ、ここが強調されて、客観的な力の測定に及び、価値の算定が生まれる。
頭でっかちのうすら馬鹿という主体性とは、この二次情報への過大な価値を抱き、真に有用な力へ変換されない状態である事への適正な認識を欠き、空威張りのようなお粗末な態度を表され、過剰な報酬を要求される態度や、詐欺まがいのハッタリを用い、実際的な失敗への責任を転嫁する反応を見せる醜態に及び、人間性の劣りと表され対人形成における不快事象と浮かべられる。
頭でっかちで、過大に自己評価を取り、奢った態度で人を見下し、自己の客観認識を欠いた姿と現れ、外界からの反応から適正な力の評価を受け、過不足の少ない自己認識へと修正され適正な調和感覚が作られる。未成熟な状態から多様な経験を経て失敗や成功の実際的な感覚や感受性を吸収し熟練した生産者への道筋が現れる。
知ったようなふりに成り、思い上がった態度を見せると、みっともない実態に直面し、それへの健康な反省へと回る態度に在って、学びが生まれる。この成長の循環の壊れた人間性に根の深い問題点が浮かび、根本的な性質の悪性や成長過程の歪な工程という面への適正化等へと思索が進められる。いい年になって性質を改める事は容易でなく、性質の善し悪しを持って適材適所に配置する事が管理者責任と上げられる。
根の悪さから幹がねじ曲がり、お粗末な枝葉や果実という態度を見せる因果と映りだされます。財力等が向上し、自己の消費的な欲求を高め、生活水準が上昇し、その規則性で慣れ、経済環境が悪化して生産や所得を落とさないように、力んだ行為が執り行われ、そのつけがどこかに回される。
とりわけ大きな影響力を持つ生産主体に在っては、消費的な発想へ偏り、堕落的な体質に陥る事は、責任感覚の劣化という指摘に及んでも不思議はなく、こうした性質面に着目されて、力を与えられる人間性への吟味を図り、長い目で見た適正策が生まれる。
所謂、坊ちゃんの大衆とかけ離れた生活水準には、下降期に安易な物性的な対処による上昇策に走る傾向が映り、一時凌ぎの発想から根本的な性質の下落を招く事が、中長期性の視点から生まれる負の増進を指し、多変数の算式を用いず単純な変数と即効的な成果へ流れる事態には冷静な判断をもって適正を産出する事が加えられて健全性の制御が生まれる。
肥満という体質の特定は、こうした想定から浮かび上がる人間性を指し、世襲等の坊ちゃんを適正に処遇し、真に有用な力の測定を持って、責任に等しい均衡を果たす事が必須とされる。形式的な評価ではない、客観的な実測を持って公平公正な判断に及ばせて健全性が推進される。
単純な教科書的方法論で閉じこもり、偏狭な感性でいる歪んだ性質へは、広く大きな感度や根本的な焦点を持って有用性の測定に及ばせて、真価に近い感覚が備えられる。権力依存、財力依存、質実の弱い知力依存等の姿で、力との健全な関係を築けない性格と見られれば、適正化の方法を進めて、自然な浄化反応を滞りなく進行させて、歪性の除去を果たし血流の正常化に繋げる事が欠かせない。健全な皆様の代弁と当たるかどうか、未知なる事です。

健全性の実現

活用していながら、事実を知らないとする感覚と心理の分断した感性に、不健康な精神状態が映し出される。存在を知らずに活用する状態はあり得ず事実を認めず欲望を遂げようとする生産は、生産主体の性質へ焦点を及ばせ、生産事物のみならず作る過程の良質性が問われて中長期の信用を備えた一過的な利得行為とは異なる社会の持続的協働や共生を実践されて健全性が作られる。
基盤的性質の善し悪しが根底に配され、特定事物と対象者という構造が生まれ、更に中長期という安定と向上の持続の周期を望むという性質面へ着目が及んで、総合的な評価を形成するに至って、効用と影響を鑑みて真に良質な効用を生みだす活動像が生まれる。共生性を抱き、自他の健康な関係の規範が生まれる。下限的不快事象が集約され明瞭な法規と固め発生を防ぐソフトとハードのインフラが整えられる。盗みや詐欺、暴力という手段に寄らず、生産事物を作り他者のニーズを満たして適正な再生産の規則性を作り上げる事が社会生活の基軸的な焦点と浮かべられる。
自然形成的な力の蓄積や人口的な制度上における大きな権限と責任が形成され動的変容の過程が生まれる中に在っても、基盤的な感性は変える事無く、寧ろ力が大きくなるほどに影響力に等しい基準を課して対応する事に於いて外界との適正調和が生まれる。この社会との良好性を意図する発想が健全な成長の軌道を表し力を利己性へばかり向けて用いる事に流れると、基盤的な感性は崩壊し効果よりも負の影響が増してゆく。
以上のような倫理道徳面を根にした生産概念を持って心理面と物性との良好な関係が生まれ、健康な精神と肉体の絡み合う有機体が描き出される。健康や健全という感覚を変えずに、諸条件の変容への対応を図る構図と示され、その実践に於いて正常な自他との客観認識が導出され自他の生産への尊重心が現れる。過度に自己に有利な判断に寄らず、普遍的な図面を下に自他を配置して適正な感覚を示す事が健全な調和の作法と示される。
抽象的な観念で普遍的な原理が作られ個別事象との相関を如何に解釈するかの異同感覚に焦点が絞られる。総論は概ね同意が生まれ、個別事実の特定と総論との兼ね合いを実感と表し、自他の論理が展開され、同質性を見るか、違いが激しいか、そして第三者という立場による見解等が加えられ適正が導出される。当事者による合意が基本と成り、どうしても調和が見出せずに、酷く対立が深まるような事態が予測されれば、広く第三者の力を借りて和解を取りつける方法が生まれる。二者間であまりに一方的な欲望を片方が表され、とてもまともな感性に無いと見れば広く一般性を基準尺度にして歪みの加減を客観化し一方向的な感性の是正を働かせ均衡的調和が作られる。物理的な力の格差からこの歪性が広がる事には、健全な社会構造やシステムと離れた性質が深まり物性と理性の適正が破壊され長期に見る人間の良好性を喪失させる。これに及ばせない施策が文化政策を指し、基準論理の創造へと力が投じられる。
個々人の非力性を補う構造上の適正への観点やより広いシステムの適正という多層の視点を設けて適正を導く操作が生まれる。
物性に従属的な性質が大きな力を備えると利用の適正を欠いた作法が進み、箍の嵌まらない無法地帯が作られる。個人的な成長過程から一定の健全性を備えさせる社会的な要望が生まれ、教育や地域の秩序の面から極端な物性に寄った性質を作らない長い視点で見る制御策が描き出されて実効力が図られる。このような適正化策に於いてはテクニカルの知見というよりも生身の所与的感性が事象の性格を付け、適当な強弱感を示す能力を作る事からも、皮膚感の健全性が基準の柱になって各種の細分化した基準と適用が果たされる。事象を感じ取る美感や美感の内実の描き方という根本的な感性が土台に成り標準が生まれ制御に反映される。物性の制御能力が著しく劣ると歪な成長や対立を深め、先々の消滅という道筋が予見される。この軌道に持続的な安定と成長は浮かべられず適正な感度を持って異質性の拡大への対処が図られて健全な人間社会が作られる。
人間の根本的な欠陥と見られる性質には、深刻な感度を持って多層の観点から対応する事が欠かせず、野放しにする事無く、長期性の利益に重心を取った判断に、正解が生まれる。

包括的な制御策

しばしば、行政組織に於いてパブリックコメント等という名を打って意見を募られる。民衆の要望を組み上げ行政サービスに反映する正しいあり方という意識を抱いて行われる事かもしれません。しかし、こうした事象も民間と公機関という区分を排して意見という方法論や貴重な情報提供という観点に立つと、何がしかの利益が見込まれて表現を与える性格で捉えられ、相手方への信用や実績、将来予測の上に呼びかけへの対応が生み出される。法という枠組みで守られた保障在る立場という状態が安易に人から意見を伺えるかの意識に及んで有用な情報に対するリターンの意識が薄くお上の感覚でうすら馬鹿な態度を持って表現されるようではまともな意見等投じられる事はない。

こうした様相に民間事業者の感覚を欠落した公機関独特の感性が浮かべられる。過去の経過にお粗末な態度が見られれば呼びかけなどは控えるのが通常の感覚で在って、何を勘違いしているのかという心象が少なからず浮かび上がる。信用を失った対象に誰がまともに相手をするのか、これが民間の皮膚感であり寡占的構造や特権的意識に生まれるお粗末な人間性が明瞭化される。これが見られると、民間との乖離という実感が強まり聞く耳は弱まり対立的分断の対象と深まって相手にしなくなる。しかしながら少なからず資源を提供する利害関係にあり、見過ごせる事と手を付けざるを得ない事が生じ、有効な手段の探究と実践へと力が投じられる。

公機関で働く多くの人は健全な民間に近い感性を内蔵され善意ある心持で業務運営に励まれておられる事と思われますが、一部に未だお粗末な人間性が見られるのも事実であり、これを是正する事が公機関の価値を落とさない為に必要かと思います。一部のお粗末が全体への心象を作り不快な存在という認識が強まる。大きな看板の持つ正負の作用と確認され異質な個を抱えずに一定の質を堅持し信用破綻への対処が図られる。管理能力を超えた組織の肥大化は手足の独り歩きが生まれ、共通の感受性を持って身体と頭脳の制御に於いて一体的な活動と名称の整合が果たされる。内部の不満が外部へと現れ一部の者が外部へ被害を与える事象は内部管理者の過剰な欲望や力の適正な行使を欠いた責任不足を指しシステムの適正規模へ修正するか、個々人の性質を変えて対応力の適正化を図る事が望まれる。業務設計や運用と人事考課制度が密にリンクして頭と感覚の整合や検証の持続性が果たされて歪な性質に走らない健全な統一的感受性の浸透した組織が作られる。

内部の不満が外部の対応に現れクレームと明瞭化され、適正なクレームかの判定の下に修正に及ぶ循環的システムが備わって、大きな失敗の予防や体質の持続が果たされる。物性従属的な感性やピンはね意識の強い管理作法という個人や集団の文化が見られると持続的な成長に及ばない。特殊な技術で市場を制御する構造にあっては自浄作用が弱まり、歪な感性が慢性化される。これへは広く制度的な面から異質性の予防を起こして悪性を生じさせない仕組みが求められる。こうした面への様々な取り組みが見られますが、未だ変な人間も居残る現実も少なからず実感される。個々人と構造とシステムという各視点から適正な観測と合理的な改善が必須とされる。資源の配分やシステム設計へ偏して運用実態への認識が劣るとどこか世間と離れた意識が強まって「何様か」という態度が知らず知らずに現れ犯罪を犯罪と思わない感覚が備わると推察されます。

運用面から物事を体験してシステム構築や資源管理に至る過程が図られて頭ばかりの議論や空論に及ばない健全性が作られる。肥満症はなかなか治らず作らない過程の善し悪しが問われるように思います。教育の良好性、人間形成過程の適正、生産の健全な規則性、定期的な健康管理の定着が欠かせず、良質な性質の維持と向上に文化論という観点からの測定と是正の周期が常態化されて基盤の堅持に連なる。

生産活動の中で生まれる社会的教育が、家庭の教育や学校教育に生かされる大きな対象の括り方から、人間の適正を作り上げる視点が欠かせず、地域社会、職場や学校、家庭という各種範囲での対人形成や知識の形成や創造を抽象集約し、共通的な基盤を浮かび上がらせる試み等が図られ、局所と中局や大局の相関を伺い、個人と集団の健全な感受性を作り上げる包括的な体系に在って無理のない良質性への道が描き出される。一般論と個別性という構造の中で両面を取り込んだ生産に在って持続的な学びの軌道が形成される。ここに各人が自ら考え作り上げる意思を備えた主体性像が生まれ、過度に特定の力への従属的な性質の深まりが回避され、閉鎖性の志向による歪な発想に逸れる事無くオープンな気質を持った真理探求型の尽きる事のない学びを備えて広く社会性を抱き参画する堂々とした文化の道筋が生まれる。物性の進行は偏狭性を増進し心理的な欲望を細らせる。小さく小さく人間が委縮し豊かな感性を貧弱化し、バランス感覚の崩れは明瞭に映しだされる。これに当たるのが○○である。見たまんまで、言うまでもないでしょう。

文化概念の概要説明

文化論の導入として、文化概念の基本的な内容を取り上げます。太陽から光が発せられ、雲から雨が降る。土から養分を吸収し、種から芽が出て幹へと育ち枝葉が伸びて実が成り、その実を人間が吸収する。枝葉が枯れて土の養分に帰り根から吸収する。こうした生物の循環系が観測されて基本原理と纏められる。人間が果実を沢山望んで基本原理の理解からエネルギーの出力を操作し、成長の速度や質を変えるという作為が図られる。光や水分を多く当てたり、土に栄養分を足す等の手法が考えられる。これが原理の応用を示す単純な例示と説明される。
【基本原理と応用の合算 = 領域A】
太陽、雲、土等の外部要素、光と雨と養分というエネルギー源、根と幹と枝葉と実で構成される内部要素、外部出力としての果実、果実の受け手と成る人間。人間の欲望から多くの果実を求めて、自然の周期に対して、エネルギーを人工的、作為的に加減させ植物の成長が操作される。

こうした要素と要素関係と一回りの周期という動態を、抽象的観念で示すと空間と時間と要素と要素関係と表され一つの領域という感覚が生まれそこに名称が付され事象の識別が図られる。領域Aという概念で全体を示す事になる。これを細分化すると内部領域と外部領域に区分されエネルギーのインプットと変換過程とアウトプットというシステムの概念が適用される。内部領域の存在意義を向上させるには、少資源で多くのエネルギーを創出する変換過程の高度化が図られて外部へ対する求心力が向上する。外部から多くを依存すると内部領域の価値は高まらず外部に依存せず内部の努力で付加価値を高めると内部の存在価値が高まり外部への影響力が増す。内部の意思が外部を動かす関係性に及び確たる領域の顔が作られる。
こうした過程で確固とした型枠が築き上げられ長く続く様式と固まり文化という名称が付される。食文化、住文化、衣服の文化等々、そして個々の文化に共通する側面が抽出されて汎用的な型枠が浮かび上がり文化論等という抽象原理の体系が形成される。各種生産に共通的に備わる価値観や方式が取り上げられ生産者に在っては共通的な基盤の価値という認識が生まれる。この同一性が領域間を繋ぐ共通言語と化して作り上げる物事の違いを超えた共通の皮膚感と及んで相互の円滑な意思疎通が図られる。ここに普遍原理等という名称が付され根源的な価値と生き続け、時々の環境の変化によって作られる物事が変わっても変わらない原理と浮かべられる。文化や文明、人間の性質等という表し方に及ぶ。
生産者と需要者と取引先を含めた生活者という立場からの共通的な理念として、「自然と技術と人間の調和、安定と繁栄の持続的な活動」等と描き出される。共生感情と自主的意思、協調と自立等の適正な調和への模索が進められ人間像と抽象される。こうした理念の実現に盗みや詐欺といった下限的な制約が設けられこれを超えたものは許されない。大きな勘違いが生まれる肥満症は過剰な力の保有を指し力を取り上げ適正化される。
未だに、大手新聞社とみられる無能なマスコミによるサイバー犯罪が止まりません。警察や行政は、こうした事態への対応力を是非とも高めて頂きたいものです。相手方が明確に特定できず、悪質性の高い犯罪は看過できず、根元を是非とも掴んで、異常者を捕まえて頂きたいものです。

1)文化創造

権力や財力は技術力の向上への力を伸ばす作用と、停滞を齎せる用い方を取られる場合が見受けられる。力への依存による歪んだ発想の深まりと、良好な感受性を下に力を活用する姿に大別され、理性に重心を持って道具や生産、創造を推進する在り方に、健全な人間像が描き出される。アナログ的な情緒性を動力に、デジタルの作用を活用する欲望と充足の構造に、普遍的な生産の型枠が設けられて人間の本質的な性質を変える事無く、技術を磨き技術を制御する事に於いて、健全な感性の持続と物理性との相関が生み出される。作った技術力が余りに影響が強く、人との良好性と乖離して、人を縛る事へ進行し、生物物理面の効用へ偏した活用が進むと、本来的な基盤を崩す事に及ぶ。経済優先の供給者論理が過ぎて、真に有用な利益と離れた技術を作り人間性を下落させる。短期的な即効性と中長期的な利益を想定のもとに人間を制御する事に於いて、健全な精神と肉体の維持が叶えられる。こうした生産への根本理念が備わり、歪な精神性へ箍を設けて、適当な欲望を起こし充足する構造に在って、感受性と感覚と頭脳の有機的な動態を備える人間像が出現する。需要者の側にも、購買の方針と備えられ、技術との適正な距離を図り、根源的な性質を制御する意識が作られて、需給の健全な発展への道が進められる。このような観点が強調されて、長期的な利益が享受され安易に利便性を従属的に用いる事からの弊害が予防され科学技術と人間の適正調和への規律が浮かべられる。文化という長期的規則性へと発展し末長い生産の型枠と需要へと至り真に価値ある創造を追求する事に在って健康な感受性の所在が確認される。固有技術と良好な管理技術を持って適正な人と技術の相関が設けられる。人間側の力が脆弱になり技術の独り歩きや振り回される事態を回避し個と個や個と集団、集団と集団を統制する共通の感性に常態して道を外れた歩みが予防される。人間力以上の力の保有は各種の不快事象を発生させる。物理依存の肥満な感性による人間の劣悪化の予防や競争の過熱に冷静な理念を適用し仮説と検証と改善の周期に収め正しい軌道が推進される。外界の状態を無視して自己の理念に偏する事は独り善がりの空想欲に留まり外界を掴んで理念への適正な方法を投じる作法に健全性が生まれ感覚と頭脳が有機的に繋がり感受性の実態が現れる。どこかに絞って生産の偏りが生まれる事に対して、完結的な人間像を標準に取り、相互協働性が設けられ各自の特性を伸ばし補完する意識に在って共生の姿が見出される。専門性の深まりや縦割りの弊害、分業社会の負の傾向を適正に認識して太い基軸を共通ビジョンと備え細部に寄った創造が修復される。以上が文化創造への理念と実践を指し本書の根本に当たる動力源と表されます。

1)普遍と不変性の探究と提起

短期的な活動の想定では、物的力や突発性の発想で秩序が作られる。型枠が安定せず兎に角目立つ事という発想により手法に節操がなく、やったもの勝ちといった状態が作られる。技術の幅が広く、一律的な型枠に納めづらい創造世界にみられる秩序と浮かび上がる。技術力と政治的な力の混在した中で群雄割拠し、自由な活力という側面と不安定さというマイナス面を併せ持ちながら、どこかで一定の健全な秩序を見出し暗黙的な規律やフォーマルな手続きを設ける等の思索が進められる。

領域を牽引する立場から様々な安定化策という内容が提起され、過度な画一性へは反発が生まれ程良い同一性を見出す事に及ぶ。領域外の力を用いて主導的な立場を作る発想によると、同業者としての仲間意識が割れ純粋な技術の向上と異なる変数が加えられ不満要素が生まれる。内部の中核的な支柱と外部の評価という構造において、仲間内での支持を先んじ供給者論理を固めるか、外部関係者による評価の程度を重んじるか、両面が交錯しながら基準となる型枠が浮かび上がる。利害関係の程度から関与の違いや意見の重みに序列が出来、深く腰を据えて領域を担う意識や行為においてエネルギーの投じ方に反映されあれもこれもの立場を取ると意見に重みが備わらない。エネルギー投入と受容の相関を示し欲望と力と責任という尺度と領域という限定性で表される。領域の規範と領域の近辺にある規範、更にこれらを含んだ分母という領域の広がりが浮かべられ多段的な構造で規範の重層的な仕組みが現れる。別の観点で言うと供給者論理、消費者論理、両者を含む生活者論理ともいう区分けで示され、更には万人的という分母を想定した規範等へと思索が進められる。分母に厚みある納得性が備えられると根本的な感性の上に個々の自由度が形成される。個別性を統合化する流れを指し統合から分散という流れの周期で大別される。個々人の力が大きくなり共通的な領域を各人の自由裁量で創り上げたいという発想と在る程度共通領域が不動的に落ち着きその中での個々の裁量を望む発想とが混在しこれらの基盤に根源的な不動性の感性が配され短期や中長期という時間軸を下に時々の変化率で個別と共通と根源といった区分が浮かべられる。領域という空間と周期という時間の概念が根底のフレームに成り在る観点という型枠が設けられ領域観が創り出され内部と外部という区切り等が感じられ関与の程度と関係者の種類が浮かべられる。未来ビジョンの設け方が領域観をつくる動力を指し過去からの価値が確認され不動的な面と変動を求める志向と外部からの影響と外部への影響力の想定から未来の想定が描かれそれへ向けた力として内部の領域観や体制等が描かれる。時空を超えて且つ万人的分母を想定の上に作られる内外区分の弱いビジョンが普遍的原理という根本性の価値を指しこれへの探究と提起に当たるのが健全性概念となり厚みある基盤の形成によって各種領域の安定と繁栄へ資すると考えます。以上が本書における創造の観点や性格を表し広く万人的な未来ビジョンを提案するものです。各領域において様々な問題を抱かれ解決の方途を求められる事に思われます。何がしかの有益が生まれると幸いです。

本書の主体性像

暑苦しい性格は現代の時代環境には一致せず、「おれがおれが」というタイプは倦厭される。しかし、自己の適度な意見を持たない所にも信用は生み出されず、基盤的な根の良質性を備えて、出る所と引く所の適正を導出出来る感性に、好意的な心象や協働や共生の快適感が作られる。

「主体性をもとう」等と教育的な立場からしばしば謳われる事の中に、こうした意味の主体性という性格を含んでいるかに問題点が浮かび上がり、教育者や管理的な意識の強い性格から主体性像の取り違えのような節に見られる事も少なからず感じられます。

ここに健全性という概念が形成され、現代社会の厳しい経済状況にあっても、空回りの力を注ぐ事のない適温を持ち、ここぞという所での力の集中というメリハリを掴んだ動態が生まれて、好機を外さずに、出る所と引く所の適正を出現させる感性に在って、健全性と建設性の好循環が生まれる。

例えが良いか解りませんが、マージャンというゲームをやるとこの辺りの感覚が明瞭に掴みだされる。4人で各自が自己の手札を揃える事に意識が注がれ、札を取る事と人が捨てた札で上がるという4者の一体的循環の中で競われる仕組みに在り、捨てて上がられるリスクを含みながら自己の手札を揃える攻守の一体的感覚が生まれる。

いくら力んでも流れの悪い時は、良い札は回らず、相手に振り込んで上がられる。この流れに即して耐えられる感覚と、ここはという時には勝負に出るメイハリ感が求められる。

常に上がらないと気が済まないような若手のガツガツ感が露骨に現れ、自己中の感性を押し通すと目も当てられない結末が生じ、しなやかで鋭敏な嗅覚による熟練の技が光り輝く。

この自然形成的な動態が、社会情勢にも反映されて、肥満や筋肉質な体質が浮かび上がり、歪んだ精神性による癖の強い行為には、ストップがかけられて健全性が保たれる。これを物性的な力へ過度に依存した皮膚感が強まって、自然な流れに粗雑な力でごり押しする事が罷り通ると正常な感性は破壊され異質な常識の積み上がりによる偏りの強い人間性が進行する。純粋な感性が崩れ、良質な流れに合わない気流を強め、欲望と力と責任の均衡から大きく離れた作為や状況が作られ、これへの自浄反応が停滞する。生来的な快適感からストレスと現れ是正の力に及ぶ事が社会の自然則を指し、この生態系が壊れる事による問題事象が随所に発生する。左巻きの物理依存と右寄りの抽象観念に偏した詐欺紛いの姿という両極に寄らない適正感覚が描かれる。

こうした世界観に同質性を抱かれる人々がどの程度おられるか、未知なる事でありますが、本書の基本的な志向性を指し人間像が描き出され、長く健全な人間世界を意図する力が注がれます。力んだ欲望や手法は不快事象を生み、出る所と引く所の快適な制御性を備えた感性に、共生感情と適正な挑戦の姿が映し出される。この感覚を内蔵した主体性に健康な社会を作り上げる急所が備わり適正な調和が形成される。

理想概念に対して歪性を放置するわけにもゆかず、適度な対応を果たさないと理想からどんどん離れた世界が進み、手の施しようのない事態が想定される。こうした趣旨から方法を作り投じる行為にあって健全性が掴みあげられ、受動的な感性にあっては悪性に同化し慢性的な体質と化す。この事態への自覚もなく同化して負の連鎖を起こす悪性には適正な配置が要り、大きな権限を備える性格にこうしたビジョンが内蔵されて負を断ち切る行為が進んで健康な社会への軌道が持続する。ビジョンの創出から認識が強まり力が集まって具体的な施策が加速する。いい年代に成って、20代30代と同じような欲望を見せられる姿は、日本の美感とは少々異質であり、どこか壊れているようにも映し出されます。

健全性思想の真価

先人といっても様々な性格がおり、次代に向け良好な働きを取る人もいれば、次代を犠牲に利己的な搾取の性質の強い行為を取る先人もおり一口に同一視する事等は到底及ばない。これらを見分けるのに、どのようなビジョンや理念を備えどんな活動を果たされたか、社会性を備える利益の生産と提供の実際を把握の上に性格が浮かべられる。今よりも良くしようという発想か、自身が良ければよいとする発想か、比較的明瞭に性格が映し出される。こうした個別性と大きな歴史の集約的な捉え方を区分して過去の歴史観が出来あがり正負の評価感覚が生まれ、そして自身の立ち位置を確認の下に未来ビジョンが形成される。

先人の正と負の遺産を両睨み明瞭な区分と不明瞭な事が生まれ、且つ自他との認識の異同が作られあまりにギャップがあると良好な協働生産関係には及ばない。歴史認識といっても、どんな観点や時空を想定するかで実感の多彩性が生まれ個別的な面と共通の図れる所とが形成される。国家という概念にも法律等の形式上の規定と実際の肌感覚で浮かび上がる認識が生まれ事象の掴み方が広がる。こうした中で各種の表現者による提起が成され、同質的な実感が次第に重なり事実上の標準感覚が作られる過程が映し出される。

誰が示すというよりも内容への吟味から異同を取り集約に及ばせる流れが自然であり言論の自由を前提に妙な制約を課さずに良い物事を自由に選択しつくる事が適当となる。何か特定の利害から違和感の強い作為を持って利己的な欲望を追求される行為には平等思想との乖離が生まれる。堂々と、誰へだてなく内容を作り上げ、それへの評価に於いて最も良好な事柄を作る過程に健全な感性が示される。健康な精神から生まれる活発な表現活動にはなんら制約を課す事無く、特定の利害へ偏して歪な手法を投じる事は歴史の逆行を指し、人権への抵触と至るような物性従属的な感性には非難の声が強まり過去の賢明な先人の活動に離反する事無く資産を積み上げる行為に歴史的な一員としての実態的な認識が掴みだされる。

良き先人が築かれた良質な価値観への挑戦は許される事無く、社会のお荷物や負の発生源へは適正な対処を持って価値の持続や好循環の促進が図られて未来への資産が積み上げられる。マイナスの性格を持つ人格は人間形成の大きな括りから見る歴史的なお荷物と成り、長期性の価値を棄損させる事への認識の弱い性格に社会システム上の大きな権限や配置を与えない事が未来ビジョンの基盤に据えられる。安易な犯罪に及ぶ物性過多の進行が現代に浮かぶ悪性と特定され、欲望過多の責任不足という健康な精神性の劣る対象には歴史的な観点からの対処が望まれる。

主張ばかりを声高に示し、実際的な行為に過去から連綿と続くプラス性の価値を軽視した実態が見てとれると、歪な性質が鮮明化される。より納得に及ぶ根源的な面から実測が図られて表裏の一体的な矛盾の少ない性質を持って良好な軌道と力が促進される。肥満症と筋肉質という体形を映す概念が有用であり、欲望と力と責任の均衡に健全性の目安を持って過不足への是正を図り自浄的な作用が回り健康な感受性が不動的な基盤と存続する。詐欺まがいの保守思想は通用せず感覚的質感の伴う観念の整合に於いて健全な保守思想の実態が実測される。物理過多の左巻きと詐欺まがいの右巻きに陥らない健全な尺度の構築に於いて真に良好な力と循環に至り価値の向上が図られる。

短期的な利益に対して中長期の利益を想定しない性質は歴史的に見た価値を下落させる対象と成り分母感の弱い局所的な偏狭性は良好な性質を落とし正道から外れた対象として粛々と対処する事が歴史的に見る適正な判断と至る。万人的な理想ビジョンの同一性の実感が少なからず生まれ、諸条件や立場、歴史の違いに関わらず適用される普遍原理が次第に創り出される。独自的な個別性と概ね揃う共通性と根源的な普遍性という価値の構造を持ち、丁寧に普遍原理を追求する道が開かれる。又、普遍原理には盗み等の直感的な事柄と欲望と力と責任の均衡のような思慮深く形成される型枠が生まれ主体性の性格へと備えられる。

こうした原理から現況を捉え理想を落とさない方法を投じる軌道に真価が付けられる。方法の有効性や速度感に違いが作られ問題と絞り込まれる。生産の規則性の特質や利害の実感の掴み方が影響しここを鮮明化させて違いの原因が特定される。基準尺度の有無や程度が測定に反映され健全性思想を標準尺度と提起する事が本書の主要な内容と成ります。

病は気から

健康な精神状態に在って適当な自己と外界の認識を生み適正な調和を見出す判断が導出される。自己の主張と外界の要望に均衡を果たし利害関係者との良好な関係の維持と向上への協働共生関係が作られる。心の穏やかで揺るぎない自信に於いて健康な精神状態が生まれる。後ろめたい行為や人への恥ずかしい行いに無く、或いは万が一にも失敗や過失を働けば、それへの真摯な対峙と適当な態度を取り行ってマイナス事態への修復が成され、負を平らな状態に戻して前進的かつ建設的なエネルギーを注ぎ込む体制が整う。誰からも強要される事には無く、自らの確固とした歩みと誇りを下落させない自身を信じられる歩みが図られて外界への嘘偽りのない心もちが保たれ、堂々とした社会的一員としての利益を作り上げる主体と及ぶ。ここに於いて自己を適正に見つめ適正な評価を持って過不足のない自己認識に至り、外界への適正な構えから健康な対応が執り行われる。

物性への過度な依存や歪んだ発想や誤魔化しの態度は適正を作り上げられず、要望過多か対応不足の認識が生まれ、外界からの不満の声が深まると共に、自己への自信のない心落ち着かない焦りから苛立った精神不安の右往左往した歪な行為や手法へと逃げマイナスの循環を強められる。それまでに培われた功績や信頼を棄損させ根の深い慢性的な改善の見られない悪性の精神状態に至っては、大きな問題と突如現れ一挙に事業の瓦解へ到達する。ばれていないと思っていても精神不安の姿は外界から明瞭に察知される。

空の自信は態度の随所に浮かび外界から見透かされる。恥ずかしくない自己との適正な対峙に在って自己に甘く他者に厳しい態度に及ばず適正な調和を創り上げられる。執り行うべき事柄から逃げた感性は痩せ細りの精神性が深まり、外界へ強い発信力を生み出せる体質から外れる。単純物理性への依存感覚が慢性化して、真に良好な感受性に寄らない生産者へと陥り根を壊した幹や枝葉をはやし歪な有機体によるエネルギー吸収と提供の循環に至りやがて枯れてゆく。一代二代と良き精神性は引き継がれ確たる態度を生み出す自律や自制の主体性が創り上げられる。動源は健全な感受性の起こりに在り、ここを変えずに時々の環境への適合を見せられて永続的な事業の展開へと反映される。

みっともない感受性で慢性化され、それを補うみっともない手法を講じる荒技が長く続くわけはなく、自己への自信の弱さを物性で誤魔化す習慣や規則性においては、外界から適当な取り締まりを受けられる。恥ずかしい精神的な弱さから悪性が瞬く間に広がり自浄作用が回らず強要による回復の道しか残らない。人は騙せても自分は騙せず、いつまでたっても気持ちの正常さは生まれず、その影響が各所に明瞭化される。以上のように健康な精神が適正な感覚と頭脳の働きを見せ表現内容に反映され、自己と外界からの認識に及び、「病は気から」という古くからの根本的な原理が浮かび上がる。顔色がよろしくないのでは○○さん。あまり表には出ない方がよろしいかと思われます。ばれちゃうから。恥ずかしいから。