失敗事象に浮かぶ真価

失敗事象に浮かぶ真価

運用面で実際的な人間の皮膚感が現れ、失敗への対処の仕方に責任感覚が明瞭化される。文面でまとめた原理と適用の実態で、質実を捉える事になり、この感度の相違が余りに大きいと一挙に信用が破綻し、他の規定と適用への疑念が進んで人間自体の程度が計られる。

甘く考えた対処か、外界からの反応が明確に示され、ギャップが激しい事による怒りが起こって、信用の回復の見込みのない事態に及び、人事を一新する事が求められる。このけじめのないまま不快を引きずり、プラスのエネルギーの停滞を起こし、二次的三次的な波及を招き、後戻り不能になる事は最悪のシナリオであり、きっぱりけじめをつけられるかに人々の関心が注がれる。マイナス自体への対処に、皮膚感の異同が実測され人間性が明瞭に映し出される。民間の感覚は、辞めて済むという事には至らず、損害を賠償するのが当然であり逃げられない。政治家の不抜けた感性は、自身の金ではなく人の金を安易な感覚で取り扱う所に、決定的な差が生じ、辞めれば済むという感覚に大きな責任意識の差が現れる。身銭を出して賠償する意識に無いと、人の金を安易に失わせ、謝罪も損害への適正な態度も表さない醜態が鮮明化する。二世三世のボンボンとの感覚差は容易には埋まらず、先々の失敗時における予見に浮かべられ、生命に直結するような重要な事柄を委ねられないといった感覚に連なる。日頃の活動をどんな感度で取り行っているのかが、トラブルを起こした時の対処に明瞭化される。良く窺い知る絶好の機会であり真実や真価を鮮明化する瞬間が訪れる。

マイナスをプラス化する為に、大きく改革を進める起点に成り、この舵取りの程度で皮膚感を刷新させるかどうか、光へのエネルギーがどの程度起こるかに、人間の実質的な力が試される。お茶を濁して済むと思うか、消極的な態度と、本能的な力が発揮されるか、大きな岐路となり、人々の関心が集中する。大きな影響力を備える配置で在る程に、求められる期待は大きく過剰な要望が進む事へ、どの程度が適正であるかの納得に及ぶ基準を示して健全な運用に及ばせられるかに実務能力が浮かび上がる。

文化と社会生活

十分な情報を把握しないまま、何がしかの判断や要望を安易に行う姿に一過的な責任意識の脆弱な性格が映し出される。自身の生産的な規則性から関心の焦点が絞り込まれ、技術の形成と提供と反応のサイクル思って需給構造が作られる。この中での事が実務者の専門性を指し対象範囲から大きく外れる事への具体的な判断等は専門外として直接的な利害が生じない限り発言は控える事が健全な感覚を備えた社会人の姿と映ります。他分野における実務者の専門性を尊重し、間接性の利害の実感で答えられる範囲の事が浮かび上がり、当該範囲の十分な事実を抑えないままに、飛び越えた主張を展開される所に適正な調和感覚を崩した態度が現れる。出る所と引く所や、間接的な利害の実感者という立場での意見といった制御感覚が備わって社会人の健全な感性が浮かべられる。専門的な立場に於いては領域の見解を明瞭に表し自己の思う意義を堂々と主張しつつも他者が抱かれる認識を伺うスタンスを持って供給と需要の構造が意識され自領域の持続的改善の姿勢が備えられる。純粋な学者という立場に在っても社会性を有さない生産者等あり得ず、欲望と充足の構図に於いて生産的意義が生まれ一方向的な流れに偏せず提供事物の真価を見定める自他の共通性を見出す歩みに於いて平等感覚を内在した健康な人間性が存続する。今日的には、70年談話へ歴史家としての意見を述べられる事も専門家の自由な活動の範囲で在り、純粋な事実の客観的な提供者というスタンスが意識されながらも、主観の及ばない表現等はほぼあり得ない事を自覚の上に、未来志向の良好性へ連なる表現にあって社会的効用が生まれる。戦後からの反省と社会貢献の軌跡も同時に把握して前回の談話からの変容が生まれる事は客観的な事象の捉え方であり歴史家としての研究実務の質が問われるように思われます。これらをどう感じるかは、あくまで他者の判断であり淡々と良いと思う表現を示して、反応への謙虚な態度を持って新鮮な感覚を窺い知り、向上へと繋げる事に持続的成長を志向する健全な人格が映し出される。専門者の高度な知見を提供する社会的責任を抱き、これが良いという確信を抱いた表現をプライドを持って示す事に適正さが映りだされる。この感覚が専門外の事へ安易な見解を控える強弱感と至り、責任意識や尊重の感性と成って自立と協調の世界が作られる。どこかに軸足を持たない生産者である程にメリハリ感覚を欠き、外界を掻き乱すお騒がせものと至って、プラスよりもマイナスの影響を深められる。商売感覚の過度な先行の節操の弱い態度には、賢明な峻別を持てる民度の向上が良好な文化基盤と成って長期的な価値を堅持した中期や短期の取り扱いに及び成熟在る社会が作られる。芸能人が度々社会的に大きな問題への意見を述べられる事に関しては、表現の自由という権利の下の行為であり、しかしながら上述のような点を少なからず意識に留められて健全な人格と映し出される。以上は文化という観点からの良好な社会形成への提言と示されます。そんなに一般の人々と異なる感性にはならず、深みある根源的な観念を持って有機的な構造の体系と纏めた書物であり常識感覚に確信的な強固さが添えられる事に思われます。

文化体系の確立-真なる情緒論

「情緒論に偏して、理性的な表現や態度を欠いた行為は、健全な在り方とは異なる」というような指摘が度々見受けられます。一過的即効性の欲望の表出や、部分的な事象のみ持って直感的な反応を示す態度を指し動物的な単細胞に起こる態度の表し方と解されます。この意味を指して、「情緒的な反応へは嫌悪感が生じる」という見方を成される方々に冒頭のような事象の認識と評価が取られる。そもそも、情緒とは、心理的な欲望を指し、人との良好な感情を意図する根源的な性質であり、共生感情として本能的に備わる人間性と思います。即効的な利益の多くは、生物物理的な欲求と充足に現れ個々人の動物的な性格と備えられる。これを有効に充足するのに他者との協働関係を作り、役割の分業をもって少エネルギーで多くの成果を生み出す仕組みが作られる。そして貢献度に応じて評価し分配に反映させ、公平公正な心理的納得感を充足して一過性でない持続的な人々の協働活動が展開される。こうした大きな利益を求める発想と、感覚的即効性の欲望を求める性質が内在し心理面と生物物理面の良好な割合や相関を創り上げる事が社会生活の中心的な関心と浮かび上がる。安定的な人々の関係に落ち着きある心理的な欲望が満たされる側面と、同時により多くの分配を求めて理に合った手法で資源を獲得するといった安定と相反する面が内在し、この対立的な面に持続的永続性の観点から適正な調和を見出す発想に至り、静と動、滅と生、安定と成長、維持と変化といった矛盾を解決する論理や体系の構築に文化という長期性の原理が配され調和や平和への道筋が描かれる。

これらを言い換えると、大きな欲望と表され人々との良好な情緒的感情を充足する為に乗り越えるべき根源的な課題とされる。つまり、創造性の本質は情緒を根に現れ機械的合理性が構成される。大きな利益を創り上げる事が身近な利益へと到達する。この意味から多くの表現は情緒を指し、大きな情緒を満たす為に冷静な事象の観測や分析へ熱が投じられ、人々の納得感を高める創造への志向に健全な感情が映し出され真の情緒論が繰り広げられる。即ち「情緒論に偏した態度に嫌悪感が生まれる」という真相は、情緒の面が弱く即効的な利己的欲望を求める動物性の態度を指し、ここに問題の認識が生まれ情緒の蘇生や復興へ向けた改善の方途が浮かべられる。これの一つに文化体系論が生み出される。こうした焦点に関心を取り解決の方法を重ねてきたのが人類史とも伺え、先人からの有用な知恵を活かしつつ、後ろに逆戻りさせる事のない漸進的な向上に繋げて、後世へ更に良好な知恵を提供する事がより多くの利益を求める情緒を指し、有限の生命を無限に存続させる欲望となって大きな満足を得られる長期的な性質を万人的に備える根源的な欲望が確認される。これを持って短期的に現れる維持と変化や安定と成長の衝突を乗り越え真なる調和への軌道が浮かび上げられる。

こうした人間の根源的な問いへの解答に文化体系が確立され、大きな破滅を回避する叡智と備えられ幸福感の充足に欠かせない基盤と組みこまれる。専門分業化の進む今日の感性に盤石な根本が備えられセクショナリズムの弊害や個人化による歪性を緩和するのに有効な方法と思います。先達の良心は瞼に刻み込まれ確かに生き続ける。でっかく儲けようではありませんか。

3)活動観念のポイント

議論の前提には事実の認識があり、どんな対象の範囲を想定して「どういう全体的な動態に在り、自身はどんな立場に置かれているか」についての見解を求められる。そこから、先々の予測が示され、マイナス性には予防策を投じ、プラス性には伸張策を図る論理を導出されるのが、事実1と評価1と事実2という工程を表し、基軸の論理と描き出される。事実1の認識が異なれば、次工程の内容にもズレが生まれる事は必然であり、各人の立場から事実1の見解を表す事から議論の進め方が形成される。因果形成の取り方に違いが生まれる事か、想定される範囲の異なりか、未観測の事柄の違いか、事実1の精緻な異同への共通性に及び、同一的規則性の延長に未来予測が描かれ、それへの快不快感の程度の違いから、方法の強弱が作られる。快不快感を生むのはどんな理想図を備えるかにかかり、価値1への吟味へ及んで主張者の全体的な考え方が浮かび上がる。こうしたポイントが抑えられて、各人との異同を確認しながら、新規の発見や違いへの歩み寄れる点等を探す事が、建設的な議論の進行であり、前を向いた創造的態度を表す事になる。どの程度の見識を備える主体であるか、幅や深さを明瞭にさせ、或いは未来の想定と能動的な手法の用い方と信頼性等が問われて、更には根本的な思想への共感や違いという深みある対話の発展へ及ぶ。原理創造性へ重心を持った自他の利益を創り上げる真摯な態度によって、身近な利益へ偏した発想に寄らない大きな利益を意図する社会的な存在と知覚され、どんな主張に在っても一定の敬意が払われる。この水準を少なくとも保つ事に於いてまともな対象と見做され、議論の相手となり、ここに到達する以前の躾や行儀が悪いと健康なエネルギーを投じるには至らず相手にされない。恐らく多くの人の常識感覚ではないかと思われます。基礎教育として、こうした面の充実を図り、共通の基盤を固めて、より多くの利益を創り上げる盤石なインフラと備えられて、文化の水準が測定される。

政治活動者や報道機関にあっては国家の外側と内側の認識を表す事から始まり、国際情勢と自国の置かれた状況の認識をまずもって明示する事が求められる。広く大きな立場から全体観を示し、予期する将来と在るべき将来と有効な施策を提起して資源の負担への協力を取りつけるといった態度が表されて、一定の見識や持論を備える生産者と認識される。どの程度の考察にあるか、優れた先見性や思想への共感が伝わり、多くの人から耳を傾けられ、実際事象による検証で信頼性が積み重ねられる。部分への妙な重心の取り方にないか、大枠観が表されて個別への性格が浮かべられる。このような健全性を計る筋道が浮かび上がり、測定の尺度になって適正な評価に及ばせる事が健康な感性を表し、直接的な利益に偏する事のない間接的な広い想定をもって求められる事柄の焦点を浮かべ受益と負担の適正が創り上げられる。

価値1 事実1 価値2 事実2
主義や思想

生産的立場

中核技術

特定事象

の選定

特定事象の評価

快不快、喜怒哀楽

仮説の想定

投じるべき施策

費用と効果

利益と負担と質

原理創造型社会

一方向の意思を通す態度に平等感覚を欠いた傲慢な性格が現れ、対象の意思を聞かない公平なスタンスを外した物性従属の感性が映し出される。人と人との良好な関係の形成には、共通的な欲望の一致と有効な方法の導出という点が要に成り、原理創造力を起点にして求心力が生み出される。この筋道を外して一方的な欲望に偏した行為に至る精神的なひ弱さが人間性の欠陥を指し、良好な感受性を阻害し善意型のエネルギーを停滞させる。堂々と、自ら原理を作り広く報じて人々との真摯な対話を創り上げる感性に健全な力が集中する。作法の歪みは精神的な歪みを指し物的肥満が発想への甘えを生み、人との真摯な対峙を崩して一方向的欲望を充足する行為が推し進められる。盗みや詐欺、物的暴力という自己制御の出来ない人間の弱さに及ばない為には、健全な身体と肉体を保つ動態の良好性が要り、過剰なストックに依存するほどにフローの適正を外し歪な行為が進められる。外界との真摯な対峙を欠いた傲慢さは、マイナスのエネルギーの連鎖と及んで負の事象を作る原因となり、中局的な構造や大局観から見て強い影響を備える配置に在る程に、その力を健全に用いる事の出来る精神的な強固さや能力的な成熟さが伴って力の暴走が予防されプラス型のエネルギーと作用する。

要路に備わるまでの適正な過程を外すほどにこの素養が備わらず、省略した事の付けが各所に回り不快事象と出現する。感覚的な体験と生きた感受性を経て基準原理が体に浸透し、発想や思考に縛りを与え、欲望と力と責任の均衡的な状態に及ぶ創造が発せられる。

自他の欲望を見出し有用な力を持って、効用と影響を勘案して、適正を創り上げる心理的な基盤の上に物性を用いる習慣が内蔵される。力の行使が与える多様な因果を想定する経験の豊富さが事前的な知恵と作られ、刺激と反応の仮説創造性に及んで、不快事象への配慮ある前進を生み出される。しかしながら、予備知識が積り実際事象との接触が劣る程にストックされた過去の蓄積はマイナスと働き緊張感の維持された動態性の確保に在って知の適正な更新が図られる。頭脳的な作業性に偏して感覚的質感の弱い規則性に陥り、思い込みの激しい一方向的な態度が蔓延り、真摯な対象との対峙を疎かにする感性が作られる。経験がマイナスに作用する因果を指し感覚の著しい乖離と至って不信や疑念を表す行為が生まれる。物理性に振り回され自己制御不能な事態にあり、責任感覚を欠いた過剰な欲望と力を持つ状態と認識される。適正な構造へと修正しフローの良質化へと自主内発のコントロールが取られて適正調和に及ぶ。自浄性が弱い場合は他律を加えて健全化への施策が滞りなく執行されてエネルギーの好循環を弱めないシステムの良質性が図られる。

確信性を持つ原理の形成に及ぶほどに、外界からの納得感の高い反応が生まれる。物性に依存して真理探究力が弱まり根拠の脆弱な論理のまま外界へ表現して、納得感が得られない事への原因を外界へ向けられる劣った性格が顕著に表れる。精神的な不安定が更に負の行為に着手され負のスパイラルを深められる選択に行くか、堂々と真理探求型の力を投じられるか、根本の感性の盤石性が正しい力の投じ方に現れる。容易な手法や歪んだ発想に陥る事は、そこに至るまでの適正な試練を欠いた証であり健全な身体と頭脳と感受性を用いる規則性の弱い体験による体質が作られアンバランスで不公平な態度を表される。他者が作られる提案に批判ばかりの態度で終始し、自己の提案力の弱い我儘な受動的生産者とも映りだされる。良い所どりの盗み体質で世渡りされる社会のお荷物が作られる。真理探求型の原理創造性を基調にする文化に在って、堂々とした人々との対話や関係が進み、物性へ従属したひ弱な感性に陥る事のない強い人間が創り上げられ持続的安定と繁栄の世界が増進する。

哲学の意義

最近はインターネットの発達で多種多彩な情報が入手でき関係事業者や情報発信者への感謝の念が現れます。かなり専門的分野の精緻な情報から、情緒的質感を与えるものや、何を言いたいのかよく伝わらないもの等、大量の内容が見受けられる。こうした情報を文化の観点から識別する方法論への思索が浮かびます。文化では人間の健全な表現に着目が取られ、他者への利益と自己の利益を含んだ内容に表現の価値が備えられる。何に価値を抱くかは一律には計りだせないものの、相手方に何を言わんとするか、表現側が相手方との共通性を想定の下に一定の規則性を見出し、良く伝わるような工夫が感じられるものに、他者の利益を意図した表現内容が映し出される。情報ばかりが多くて、基軸の論理が良く見えず、何を言わんとしたいかを読み解くのに労を要するものには効用が弱く自己の一方的な欲望を整理されないままに表に出し顔ばかりを売るかの商業的な意図が浮かびあまり良い心象には映し出されない。多くの生産者に共通する型枠として活動の規則性が下表のように纏められる。

価値1 事実1 価値2 事実2
主義や思想

生産的立場

中核技術

特定事象

の選定

特定事象の評価

快不快、喜怒哀楽

仮説の想定

投じるべき施策

費用と効果

利益と負担と質

この中で、どんな所に力点が取られる表現であるかについて在る程度絞り込まれる事が見る側にとって受けやすく、表現の性格を掴みだしやすくなる。それに対して自身との共通的な感性と違った見解が浮かべられ、違いの原因等への深耕的な思索が進められ、相互的な距離が縮まるか、新規的な発見への気づきや感性的な閃きという付加価値が生み出される。焦点の絞り込みと筋道の明瞭性に表現内容への質感が現れる。他者への利益を意図するほどに表現方法への工夫が取られる。自己と他者との共通的観点を見出し、それをベースに表現を載せて自然な感覚に及んだ伝達へと連なる。このような正攻法の対話において、真摯で誠実な態度が表され偽りのない納得性に及ぶ相互的な利益を創り上げる交流が生み出される。堂々と向き合い、共通利益と充足の健全な協働生産において個別性と共通性を見出し自立と共生の持続的な安定と成長の軌道が創り上げられる。小手先の欺きや歪んだ精神性はフェアな態度と外れ、自己に有利な偏った振る舞いと現れ性質へ不信が生まれて距離の遠い一過的な利用関係と及びぎこちなさから生まれる質の悪さをどこかに付け回す結果に至る。出発点の狂いがボタンの掛け違いと連鎖して歪みが広がり生産の程度に反映される。肥満的な性格から堂々と正しい筋道を逸れた発想を持つ態度が生まれ、良好な生産を失い付加価値の劣る騙し的な創造が齎される。基礎基盤の違いと映りこの開きが大きいと健全な人間が生まれない。哲学への問いと答えを探る感性は真っ当な人間形成の動機から進められ長期に渡る安定と繁栄の規則性になり下地の良質性が確かな経済産業や政治行政の礎と現れる。堂々と原理創造型の探究心を持ち真っ当な筋道を推し進める性質に文化の善し悪しが映りだされる。人間形成の躾とも言い換えられ、この下落への対処と予防が基盤の崩れを留め負のスパイラルを回避して善意型のエネルギーを弱めない肝に備わる。ここから見て悪性の特定と適正な対処を執り行う事が文化政策の基礎と描かれます。

このような長い目で見るインフラに付加価値が現れこれへの軽視は誤った軌道を進められる。人間の根と背骨に相当する部分は盤石で在って良質な枝葉や実が付けられる。妙な悪性に影響されるひ弱なインフラで在っては先々に明るい未来は訪れず哲学の程度や有無は重要な意味を持つと思います。

真なる平等の実相

理想を描く事はごく自然な欲求であり、誰もその事に対してとやかく言う筋合いに無い。しかし、現況に対峙するという感覚を欠くと、頭と体のやけに離れた規則性を表し、健全な方法を導出せずに、雲の上の発想に終始される。

現況は、外界に見られるありのままの他者や自己、自然の動態を指し、他者と自己は必ずしも同じではなく、自己と他者の欲望の現況を掴み、異同を確認し、そこから想定される自己へのマイナス的事象に対して、適正な方法論を導出する事に健全性が映し出される。客観的に人間を掴みだし、生命の持続という理想へ向けた方法を投じる自然な感性であり、地に着いた感覚と生産を持つ体質に現れる発想と描かれる。畏敬の念から生命の持続を意図し、物理的な感性の強い対象には、同質の構えを備えて対処する事が、短期的な方法論とてしは相応しい。中長期的には、物性への従属的割合を変容させるビジョンを持って、そこへ連なる段階的な施策を粘り強く投じて、健全な人間性へと連ねる事が適正に思います。感覚に質実を持ちつつも、心理的な良好性を志向する適正な基準の形成と適用への割合を高める歩みに在って、対象への真摯な対峙を持つ人間の健全な姿が映し出される。

自己と他者の諸条件や歴史の違い等から、物性と理性の在り方の現況と理想は必ずしも一致せず、自己の理想ばかりに執着するスタイルからは、適正な調和を見出す事に及ばず、他者の状況を良く鑑みて、自他の適正な調和の筋道を描き出す事に、健全な実感を段階的に創り上げる賢明な感性が映し出される。真剣に物事を考え、真摯に対象へ対峙し、必ず物事を成就させるという態度を持つならば、こうした発想に立ち漸進的な歩みを果たす作法が現れると考えます。

単純な即効的な感性では、多様な感性との健全な調和を見出すには及ばず、外界の適正な認識を掴んで、良いも悪いも含んで、それに即した段階的な方法論を作りだす事が、現実を理想へと創り上げる地に着いた人間性と描き出される。

自己の醜態的な側面に蓋をして、過度な人間美を外界に表す姿は、自己を見ずに外界への過剰な要望を表す姿に映し出され、一方向性のエゴを対象に押し付ける姿とも伺える。自他との客観認識を持てる感性に、健全な方法を導出する事の出来る性格があり、この向き合い方の相違が表現内容や行為の傾向、欲望の質量、責任感覚、内外の整合、言行の一致度、感覚と頭の適正等へと現れる。

感覚と頭が程良く回り、自己と他者との適度な需給構造を持ち、競争に晒される環境に於いて、向上的な創造性が常態し、自己ばかりの理論によらない外界への関心を進めて、両者の適正を創り上げる力が備えられる。多様な他者の実態を掴み、自己の性格との整合を見出す段階的重層性の粘りを備えた創造策が進められて、理想を現実に近づける真の力が映し出される。体でぶつからずに頭ばかりで対象との距離を取りたがる程に、実現へのエネルギーの投じられない空想的理想が宙に浮き、他者へばかり求める一方向の歪な性格と現れる。これを標準にとっては、確かな未来は掴みとれず、真摯に現況に交わり、真実を掴み、理想に向けた妥当な方法論を多段的に投じる行為に於いて、理想を現実化する力と働く。妙な特権感覚を抱くほどに、平等感覚を表す態度と外れ、現況の正負の実態に蓋をして、空の理想に執着する歪な性質を宿される。頭に偏して体でぶつからずには、生きた感受性は作られず、物理依存の感性のまま物性と理性の適正を創り上げる人間性は作られない。平等思想と外れ、平等を訴求する歪な事態には健全性は見られない。この不健康な性質が犯罪を犯罪と思わずに、狂った性質をしばしば見せられる。

表現者の識別

表現者の識別

表現者の表現力や説得力は、確信を掴んだ根拠の程度によって現れ、これが弱いまま同意を求める創造者の姿が度々見られる。受け手の側に判断できるだけの根拠を示す事無く曖昧な根拠や良く整理されていない論理の段階でその場凌ぎの勢いや粗雑な感性の傲慢な性格による態度が生まれる。或いは基本となる論理構成の筋道に適正があり重要管理点がある程度絞り込まれ、詳細は時の裁量に委ねるべきとする想定も生まれる。又は、表現自体が持つ効用の捉え方も様々であり、抑止力を意図して事象発生時に速やかな行為に繋げる明確な意思と体制を事前的に整備する事などが見られる。これは相手方がどうとるか自己の意思と離れた範疇であり恐らくこうであろうという予測を下にした方法論を指し示す。過去の規則性から未来の予測が起こり、それに相応しい方法を講じる一連の発想の中で表現が生まれ、言葉による対処や体系立てられた論理や、体制という実効力の伴う表現という実質力の異なる段階的な表現が示される。事柄の重要度に応じて対応の深さも異なり生命や財産に直結する事柄であるほどに表現の実質性が強まり感覚的な質感に到達する実効力と現れる。それを先延ばしする事のリスクにも視野が及び、決められない事による災難の増進という面も含んで適正な判断が求められる。決める事と決めない事という二律からリスクとリターンのを算定し何れに良好な結果が導かれるか。受動型の対応に慣れた体質と能動的に創り上げる感性や体質との相違が物事への認識や創造に及び、リスクを怖がり何もせず受動的な反応に終始されるか、リスクへ果敢に挑み自ら効用を掴むかという生き方の違いにも映し出される。永年の時を経て体に備わる感性の質となり棚ぼた的な利益の獲得とリスクを投じてリターンを掴む習慣との相違は創造性や行為の質を分けられる。確かな根拠をどこまで掴んだ上での判断であるか、現況や過去の規則性と未来のビジョンへの熱意を含んで表現に纏められ信憑性という実感度に反映される。他の事でお粗末な面が度々起こると直接的な課題にも疑念や不信が忍び込み信憑性を萎ませる。事実と提示した事柄への裏付けとなる資料へも疑念が起こり一つの不信が連鎖する。良い事ばかりを見せて負担の提示を先延ばし、後で負担を求める詐欺的な手法も人格への不信と成り、良い事と悪い事、権利と義務との両方を表して嘘偽りのない誠実な表現者に在って質実を持つ判断と持続的な関係が生み出される。過去に責任力への弱さを表す態度等が在っては心象が深く刻み込まれ、聞くに値しない信用の欠落した表現者と見做される。時々の局所的な面と長期に渡る行動の規則性を背後にした構造によって適正な対象への認識が生み出される。なんら責任を持たない立場の表現と、結果に強くコミットした生産者の表現とは表現の質が大きく異なり傾聴の程に反映される。一過的表現者と軸足を固めた表現者との質の相違は明瞭であり生産的性質の次元で重みが異なり、思想の深さや実践度合に現れ自律性の程度が計られ主体性の質が認識される。こうした観点で見る生産者の性質が前提的な要素と成り、まともに聞くか、半分程度か、相手にしないかという峻別が生まれて健全な相互的創造性に連ねられる。一度盗む奴はまた盗む。この性質は相手にされない。

実践工程の真相

6)実践工程の真相

自己と他者の認識の異同が生まれる事を掴み自己の理想ばかりに寄らず、他者の状況をよく把握の上に適正な方法を導出する事が実際的な理想への方策に成り自己ばかりの論理では実際性と離れた理想への歩みと成り独り善がりの世界に陥られる。

自己と違う他者への認識を掴み自己の理想を粘り強く保ちつつ、万人的な共通価値の形成を試みつつ現況を少しずつ変える力が進む。相手方の状況を無視した価値の押しつけに在っては反発の感情が高まり進行を遅らせる。過敏でもなく鈍感でもなく、適当な自他が結ばれる感度を見出し違和感の高まらない適時的策を想定しながら注意深い感度を持って実践する事が望まれる。

理想像を訴求する事をアウトプットにする単独的な領域の活動や、上述のような現況と理想と方法を含んだ完結的な生産範囲を想定した活動等が生まれ、対象に見る範囲の幅や変数の多少が生まれる。各自の立場の違いが感度の違いと現れスムーズに行かない事への苛立ちのような態度が生まれる。各自の立場が想定する幅や深さ等への理解を深めつつ、自己の立場で出来る範囲の創造を投じる事に適正が生まれる。批判ばかりに偏らない自己の生産を磨き投じる力と全体的ビジョンを揃えるような共通化策を持って力の分散を回避する意識の繋がりが継続する。複合的な生産の多重層の投入という短変数的な感度に寄らない概念図を想定されて自己の論理ばかりに寄った過度な批判や対象化や極端な感度は抑えられ粘り強い態度の生産が生まれる。統一的ベクトルによる多数者による協働生産と現れる。

5)社会システム観

5)社会システム観

法治や国家は、広く社会システムという観点から見ると一部の限定的な概念になり、社会は人間の身体と頭脳と感受性の構造を下に拡大的な概念として形成される。感覚的な質感を頭脳による抽象し、他者との同一的欲望を充足する行為へ連なり、その結果から物理的心理的な欲望の充足と心象が感受性と現れ、満足や不満という心の作用を抱いて、感覚的行為に回り頭脳と感受性という循環で表される。ここで言う感覚面が産業経済活動、頭脳的な認識に政治行政、感受性の形成に教育文化と配される。又は個別的欲望と共通的欲望と根本的欲望という対照に置かれ、法治や国家という政治行政領域は共通的な欲望を集約して充足する仕組みと現れる。つまり、分母は、個別と共通と根本で構成しその中の共通性に政治行政の領域が生まれる。科学技術の発展や個々人の財力や知力の伸張によって、個人の力が増大すると、共通的な欲望に纏めて充足する割合は減少して経済と政治の割合感覚と現れる。経済的原理と法による原理に大別され経済による支配と法による支配の二つの要素で実態が浮かび上がる。経済的な物性が進む事に対して心理的な平等性への志向から力の格差を縮小させる事が強制権力を背景に従わせる法治の側面に成り、効用と影響を勘案して創造を進める個々人の自律的な制御性が弱まる程に強制的法によって縛りをかけ健康な感受性の堅持を果たし人間性が守られる。健康な感受性を客観的に計るのに教育文化という観点が適正を導出する作用を果たし、長期的な性質の維持を叶え経済や政治の適正な相関を見出す仕組みに及ぶ。個人の力が進むほどに物理性を適正に制御できる個人において健全な感受性は守られる。力を他者の利益の充足という面に用いて適正な物性と理性の関係が作られる。利己的な欲望が先行して他者の利益を提供せずに奪う為に力を用いる姿に理性を欠いた暴走が現れる。これが出だしら法による強制権力で縛りをかけ健全な発想や欲望の在り方へと調整させる事が個人の力を超える国家の力による強制になり、個別性と共通性の割合感覚が生み出される。

個人化が進んでも自主内発性の自律が働くほどに、強制権力による縛りはかからず良好な力が増進される。この原理を導くのが根本の感性であり文化力が強いほどに自律在る健全な個人が育ち共通的な欲望と纏めるまでもない自由度を持った適正が創り上げられる。力に従属的な体質が深まる程に他律的な受動的感性に及び自己で制御が出来ない事に対して強制権力を用いて抑制させる関係で描き出される。このような経済産業と政治行政と教育文化という3要素の良好な絡み合いによる社会システム観が設けられ、持続的な安定と成長を齎す恒常的な仕組みが表され健全な個々人と集団の在り方を作る事へ及ぶ。文化という根源的な自主内発の成熟した人間性が作られるほどに、共通的な部分を敢えて纏める必要も減少し個々の自律的な制約と自由を創り上げる事になり力を持つ健全な精神を備えた個人の増大という道筋が違和感の少ない方角と示される。文化力が伴って許される世界でありここが弱いままの個人化は暴走と現れる。権力自体が個々人の欲望を充足する為の目的になってはシステムの適正な循環を欠き本来的な役割を見失った力の用い方が進行する。共通的な欲望を良好に実現する原理の創造に求心力が生まれ権力と運用の正当な根拠が示される。こうした事から力を持たせてよい個々人やシステム上の資質要件が浮かび上がり精神的なひ弱さは乱用を及ばせる。各国共通の原理に思われます。根源的な原理と固められ万人的な共通認識が進むほどに経済と政治と文化の良好な役割と相関が創り上げられる。透明感を持たせ不信に及ばない確かな信頼性を作る運用が求められる。

現代社会の個人化は根元の痩せ細った利己性が増進し物性に従属的な感度が強まる悪性の流れが浮かび上がり、人間性の破壊的な片手落ちの感性が進んでいるように感じられます。こうした認識から根源性への問いが起こり健全な価値観を今一度再考の上に、心理的な良質性を持って物理性と対峙する事に於いて、普遍的な原理の堅持された創造へと及ばせる個人と個人や集団の適正を作る道筋が描き出される。物質文明のマイナス面にしっかりと対峙して客観的に人間を映し出しその認識から先々の予見が浮かび、マイナス的な将来への予防策を意識的に講じる事に於いて理想となる人間性を自ら創り上げる事へと及ぶ。