真の謙虚さ-伝統文化の継承

攻撃されて生命を失ってからでは何もならず、生命や財産を失う明白な危険という想定を持つ事は自然であり、それについていくつかの要件を事前に示して事象を限定させ、対立する相手側への予告を設け衝突の事前回避を促す事は争いを予防する為の積極的な行為と思われる。自身が思う明白な危険を事前に相手方へ伝達し攻撃の未然予防への発想が進められる事は現実的な危機への深い洞察を進める行為と成り、プラス型の創造性と捉えられる。大きな武力衝突の回避や物理的な力による理性的な対話を欠いた開発等への予防を含み、21世紀の健全な未来を創り上げる為の最低下限の危機を抑えた前向きの交流を意図する包括的な体系が作られる。これを避けて法整備が進められず、いざという時に何もできずに大きな危機を招く事は最悪のシナリオであり必要最小限という所は在る程度のコンセンサスを持って最悪事態を回避する構えが創り上げられる。専守防衛という理念が固められるものの攻撃を受けて生命を失ってからでは、何もならず、生命を失う前に生命を取るのは誰が考えても反対は生まれず、その厳格な判断への研究を深め最悪を回避したいと願う気持ちに於いて作られる前進策となる。責任を抱くほどにこの想定へと進み命を守る事へのエネルギーが投じられる。

マイナスばかりに偏った対話関係にはもちろん無く、プラスを基調にする事は言うまでもなく全体観を抑えた各面への力の配分が生まれ持続的な安定と成長の互恵的、共生的な下地の感性を持つ適度な競争に於いて健全な発想を抱く人間性が作られる。公明正大な競争は歪んだ発想へ陥る事無く正々堂々と自由を遂げる本性を指し歪な制限を設けると不満が高まり、歪な手法で返す負の循環が進行する。他利を遂げたいという共生感情を根にして技術を磨き、正当な対価を得る健全な前進的行為は生の増進を指し効用とマイナス的な影響を勘案しながらプラスの増進に及ばせる力において健康な精神と肉体の持続と解される。

この下限的な事象と生産的な前進策を包括的に含んだ創造ビジョンが健全性概念となり、特定生産者の限定的効用に対して完全性の高い人間像と照らし自己生産の特性を抑えつつ改善の方向性が創り上げられる。他者が持つ生産の効用への尊重心は、健全性ビジョンの統一的な共有に於いて浮かび上がり自他との尊重心が創り出される。こうした点からも、人間が向かうべき根源的な軌道を表す文化概念の探究には長期的な意味からの効用が生まれると訴求されます。普遍的な原理と深め万人的な根源基盤の盤石性が齎されるほどに、迷いの少ない健康な力が強められ横道に逸れた発想へ迷わない確かな力の用い方が創り出される。ここに於いて生滅不可分の感性に根差した最良の生を創り上げる道が描かれ、多くの幸福感を齎す世界への道筋が固まる。最悪事態を回避する作用と働き健全な納得性の高まる生滅の調和策において戦争への危機が回避される。真摯に対象と対峙し叡智を結集し最良のビジョンを創り実践に運ぶ歩みに於いて確かな手ごたえが生まれ受動的な構えの生産からは危機が増進する。前向きな熱を投じて生命を全うする事が生を尊び生を健全に広げる道と思われます。謙虚な態度はこの姿に映し出され当該空間の遺伝子として代々引き継がれる伝統文化と伺えます。一生懸命という言葉に置き換えられる。

5)独自性と普遍性

国会議員の要件は国益を叶える働きを求められる。外交、安全保障、マクロ経済政策、社会保障、といった一国という主体性から見た外側への重要な接点と国内の共通課題へ着目し、全体としての最良性を叶える事ではないかと思います。一国という観点からどういう全体ビジョンを想定し、実際上に落とし込めるか、個別の意見を集約しながら全体観と纏めエネルギーの統一性を果たす事に大局性の意義が生まれる。この優れた能力に選定の基準が生まれ自国への愛着感がエネルギーに転じて施策の良好性へと熱が投じられ能力に反映される。起点は感受性であり身の回りの人々への幸福感を遂げたいという動機が根に成り、一国としての利益を一義に考える事になる。

しかしながら、現代の国際交流の活発な状態を踏まえると独り善がりの利益という重心の取り方では対立的な感情を強め、世界的な共通価値への視点が設けられ普遍的価値という範疇の思索が及んで自国の特性を把握しながら全体を創り上げる対応を狭まれる。世界の幸福への方法を能動的に提案できる能力を備え自国の利益に連なるという大枠観が求められる。世界の幸福を描くには、万人に共通する根源的な感受性を下にして普遍的な価値を提起する部分と空間の独自的な要素を併せ持った構図を描き、純粋原理という面と独自的な個性とが活かされるビジョンと集約する事が適正に思われます。

歴史から創り上げられた良質な性格を支柱にしつつ万人的な共通性を抽出し普遍原理の領域が表される。自空間の良質性がなんであるのか、ここの認識が欠けると無機質な空想的な普遍性の原理が表され、実際上の感覚に及ばない形骸化した原理が作られる。実体験的に人間を作りだす過程を通して浮かび上げられる観念に於いて芯の通った普遍性が表され他空間にも響く同一的な価値が表現される。潜在的・顕在的な価値観の認識を明瞭化させる事の出来る観念が作られ、空間独自の感性を相互に尊重しつつ同一的な根源性を掴む事に於いて良好な関係の基盤が生まれる。何が独自性であるかの認識が示されて自己の性格を御紹介するに及ぶ。

ここを示す事の出来ない感性からは対外的に良好な関係を作るには及ばず、体から人間を形成された工程の弱い性格に於いては独自的な価値を適正に表現できない。このような面が最も重要な視点に備わり国益を良好に叶える素養と浮かび上がる。一過的即効性の経済感覚ばかりの個性を表現する事では不十分であり、四季や地形、空間の歴史、特定生産における体験を背景に性格を抽出し、空間の色彩を体で表される事において国益が叶えられる。物的感度の過度な進行の体質からはこの面が希薄と成り、万人的な根源性への視点も空疎な表現で留まり実際性の工程から浮かび上がる感覚と観念の繋がりを示す事に於いて生きた質感を備えた独自性と万人性の価値を伝えるに及ぶ。

この性格にあるかが、個別的場面での表現に忍び込み本質的な性格が掴みだされ適正の判定が下される。文化的下地の見えない性質には信用が与えられず右往左往のみっともない感性を露わにされる。文化観念の弱い経済観や政治観で在っては人間の対話が生まれず、物性の濃厚な安直な犯罪や手法に着手し人格不在の経済へ偏る発想や思考が鮮明化される。自己の価値観を備え相手方の性格と対峙しつつ適正な手法を講じる事が、体から創り上げてきた人間性を表し地に着く協働生産体験の差が明瞭に現れる。物理依存の性質や頭脳や感覚に偏した体質からはこの面が痩せ細り違いが鮮明に浮かび上がる。独自性を守り普遍性を創り上げられる主体性が求められ人間像と描き出される。

根源ビジョンの統一性

頭型の知の入力から、社会性を含んだ活動性に在って、健康な対人形成が促進される。頭に入れた知は、外界への利益の作る為に用いられて、入力する事の意義が生まれる。入力し変換し産出して、入力するという回る構造が作られて、健康な精神と肉体が生まれ、不快性の発想やエネルギーを発生させない主体性の在り方が作られる。個々の断片的な体験と積み重ねに対して、焦点を絞り、現況の認識、問題点、改善案という並びに編成する事が、生産性を意味する。この動態的な流れに着いて自己の考える感性と他者の抱く感性との調和を見出し、方法から生まれる効用への共感と負担の理解を及ばせて、自他の循環的な欲望と充足の規則性が形成される。これに及ばず、知の量ばかりが頭に入り、変換や産出の工程が弱いと、歪な精神性を宿し、自己の一方向的な欲望に偏した非社会的な性質を持つ主体性が生まれる。このような頭脳型体質における問題点と改善の方途が示されます。

一方で、感覚的な物性の感度が強く、科学技術の即効的な効用を他者へ提案し、身体的なエネルギーの負荷を削減する効率性の創造性に比重を持った生産者が生まれる。この作用に一定の効用の実感が創り上げられるものの、人間の心理面への配慮が弱く、物性の軽減を過度に訴求して、自己の利益を獲得される手法には、やはり利己的願望過多の手法とも言い表わされ、中長期的な人間性の良質性を鑑みず、短期的な焦点に偏した偏狭な利益を求める態度には、健康な精神を備える生産者とは見做されない。

このように、頭脳型体質と物性過多の体質という抽象的な区分で各自の特性的な面が浮かべられ、其々の正負の性格を客観的に浮かび上がらせ、適正な生産像を提起する事に於いて、良好な人間の創造性へと力が進行する。言い換えると、健康な精神と肉体を備える人間像に立脚した生産性を描き出し、この基準像に照らした欲望と充足の構図へと意識が注がれて、物性寄りの感覚と心理的な良好性との適当な相関へ及ばせる創造性が促進される。各自の特定技術の限定性から、基準像へ対して完全性の高い技術の提供を創り上げる事の限界を認識しつつ、出来る限り基準像に連なるように製品サービスの改良を持続させて、真の利益へと高める発想に於いて生産者としての健全な倫理を持つ事になる。利益の極大化という拡大路線に偏して健全な人間像への認識が弱まり、自己利益へ執着して不利益を増進させる生産者に在っては、公の観点から抑制させる施策を投じて頭を冷やさせる事が欠かせない。この一面性の高い性格と映し出させる生産領域という実感が確かに生まれ、歪な精神性の強い体質に嵌まり非社会的な存在と知覚される。

原理追求型社会像は健康な人間像への同一的な認識を備え各人の技術領域の性格を掴み、物性と心理の良好性という基準像に対して、どのような効用を発揮する技術であるかの客観的な認識をもって、生産者としての自己を知り外界との適正な対話を創り上げる事に於いて、短期的な供給利益へ偏する事のない中長期の持続的な需給構造を想定した適正な感性を宿す活動が作られる。規制等による過保護な領域であるかは、その規制の意義が適正に掴みだされ、健康な創造性を弱めるような作用に至っていないか、上述のような観点から常に測定されて適正なエネルギーの阻害への対処と予防を展開する事が欠かせない。根源的な価値観には、健全な人間像という統一ビジョンが備わって、個々の限界を認識の上に適正な力の投じ方を探し、良好な調和を見出す制御感覚が望まれる。供給者論理に偏して技術の自己目的化へと意識が強まり他者への真の利益への探究が弱まると歪な精神性が高まり、偏狭な感度に執着する態度が鮮明化される。生産性の弱い空の権威に縋る発想や、科学技術の即効性を過度に訴求する態度等と現れ、全体的なビジョンに対して違和感の強い性格が浮かべられる。こうした実像に実態的な快不快を抱く側面が現れ、規制で明瞭化される善悪の基準という範疇の前段的な事柄と掴みだされ、現行の規制への改善や新設の規制を設ける焦点と浮かべられる。共通的な欲望を充足する方法の一つに法律や政治行政領域が生まれ、その運用への適正を上位概念に備わるビジョンから測定し、適正を見出すという枠組みが在って、自主内発の反省と改善の活動性へ及ぶ動態が進行する。政治行政に関わらず、特定領域の生産者を含み、根源的な感性と成る健康な人間像の共通性が揃って、不完全な限定性を持つ生産者の認識が取られ、適正を見出す生産性に於いて健全な制御感覚を持った活動が作られる。利益の極大化という発想に対して適正利益を求める健全な人間性を創り上げる視点が良好な感受性の実践策と描き出され、長期的性質を崩さずに長期に渡る文化文明を持続させる肝に謳われます。根源性のビジョンは在る程度揃える事が必須に思われます。とりわけ大きな影響力を持つ配置にはこの観念が欠かせない。