理想を描く事はごく自然な欲求であり、誰もその事に対してとやかく言う筋合いに無い。しかし、現況に対峙するという感覚を欠くと、頭と体のやけに離れた規則性を表し、健全な方法を導出せずに、雲の上の発想に終始される。
現況は、外界に見られるありのままの他者や自己、自然の動態を指し、他者と自己は必ずしも同じではなく、自己と他者の欲望の現況を掴み、異同を確認し、そこから想定される自己へのマイナス的事象に対して、適正な方法論を導出する事に健全性が映し出される。客観的に人間を掴みだし、生命の持続という理想へ向けた方法を投じる自然な感性であり、地に着いた感覚と生産を持つ体質に現れる発想と描かれる。畏敬の念から生命の持続を意図し、物理的な感性の強い対象には、同質の構えを備えて対処する事が、短期的な方法論とてしは相応しい。中長期的には、物性への従属的割合を変容させるビジョンを持って、そこへ連なる段階的な施策を粘り強く投じて、健全な人間性へと連ねる事が適正に思います。感覚に質実を持ちつつも、心理的な良好性を志向する適正な基準の形成と適用への割合を高める歩みに在って、対象への真摯な対峙を持つ人間の健全な姿が映し出される。
自己と他者の諸条件や歴史の違い等から、物性と理性の在り方の現況と理想は必ずしも一致せず、自己の理想ばかりに執着するスタイルからは、適正な調和を見出す事に及ばず、他者の状況を良く鑑みて、自他の適正な調和の筋道を描き出す事に、健全な実感を段階的に創り上げる賢明な感性が映し出される。真剣に物事を考え、真摯に対象へ対峙し、必ず物事を成就させるという態度を持つならば、こうした発想に立ち漸進的な歩みを果たす作法が現れると考えます。
単純な即効的な感性では、多様な感性との健全な調和を見出すには及ばず、外界の適正な認識を掴んで、良いも悪いも含んで、それに即した段階的な方法論を作りだす事が、現実を理想へと創り上げる地に着いた人間性と描き出される。
自己の醜態的な側面に蓋をして、過度な人間美を外界に表す姿は、自己を見ずに外界への過剰な要望を表す姿に映し出され、一方向性のエゴを対象に押し付ける姿とも伺える。自他との客観認識を持てる感性に、健全な方法を導出する事の出来る性格があり、この向き合い方の相違が表現内容や行為の傾向、欲望の質量、責任感覚、内外の整合、言行の一致度、感覚と頭の適正等へと現れる。
感覚と頭が程良く回り、自己と他者との適度な需給構造を持ち、競争に晒される環境に於いて、向上的な創造性が常態し、自己ばかりの理論によらない外界への関心を進めて、両者の適正を創り上げる力が備えられる。多様な他者の実態を掴み、自己の性格との整合を見出す段階的重層性の粘りを備えた創造策が進められて、理想を現実に近づける真の力が映し出される。体でぶつからずに頭ばかりで対象との距離を取りたがる程に、実現へのエネルギーの投じられない空想的理想が宙に浮き、他者へばかり求める一方向の歪な性格と現れる。これを標準にとっては、確かな未来は掴みとれず、真摯に現況に交わり、真実を掴み、理想に向けた妥当な方法論を多段的に投じる行為に於いて、理想を現実化する力と働く。妙な特権感覚を抱くほどに、平等感覚を表す態度と外れ、現況の正負の実態に蓋をして、空の理想に執着する歪な性質を宿される。頭に偏して体でぶつからずには、生きた感受性は作られず、物理依存の感性のまま物性と理性の適正を創り上げる人間性は作られない。平等思想と外れ、平等を訴求する歪な事態には健全性は見られない。この不健康な性質が犯罪を犯罪と思わずに、狂った性質をしばしば見せられる。