文化の性質

対人と対原理という基軸焦点が生まれ、人とのギブアンドテークという歴史的な繋がりが見える部分と、ギブアンドテークも原理に基づく関係性という要素も含み、よくよく見ると後者の原理を下にした人との関係として統一される。誰に世話になったからお返しするという義理人情的な発想が生まれる事も自然な感受性であり、この部分も含めて原理を築き選択の基準にする面と、歴史性を含めずに純粋原理による選択という部分で全体的な原理が作られ運用する実像が現れる。貸したから返せと言える事と直接関係の弱い事柄までも含んで属人的な歴史性を含める事には良好な関係に及ばない。この切り分け感覚に違和感の強い反応が及ぶと、原理創造性が弱まり対人的な原理創造性が強まり度が過ぎて非合理な発想が深まり適度な緊張と緩和のバランスが崩れる。

このような面に各種問題事象の根っこがあり前進性の未来形成と過去へ執着する人的関係の適正を考察する視点が生まれる。大きな利益への発想を抱き、それに連なる創造性に於いて多くの人の利益が齎されるという一方で、局所的な対人的連なりに偏ると私的な局所的利益に偏した創造性が強まる。純粋原理を競い創り上げる発想と対人的な対立を描き原理よりも人へ対する攻撃性を強める向きが生まれる。ここに、成長力の作られ方の相違があり広く公を意識して堂々と原理を創り上げる感性と、物的力に従属的な発想との違いが生まれる。財力や権力への執着と、原理創造力への拘りと区分され、健全なフロー型の流れを強めるに在っては、後者の発想力や創造性に重心を持って前者が付属する関係において、他利を作り自利を得る原理が促進され、探究心や生産性の高まる秩序が進行する。

人からの恩や義理への執着が自然な感受性を指すものの、広く大きな利益を作る意識を先行して身近な利益が作りだされるといった経路を志向して、真に義理を果たす道筋が現れる。在る一定の影響力を持つ生産者における未来創造型の発想と示される。公的な意識が備わり影響に等しい責任感覚が強まる程に出現する態度と成り、局所的な利益への執着を持つ発想では責任感覚の劣りと指摘される。力を備えるほどに原理創造性への割合が増進する事に於いて成長の止まらない軌道が進行する。真に有益な事柄への探究が深められ健全性概念等の根源的・長期性の人間像を基準に備えた原理の構成へと及び、即効的な利益の制御が生まれ多くの人の幸福感に連なるエネルギーが投じられる。

内向き的な肥満症は身の回りの利益に執着し原理創造性を弱め歪な精神性を強めた手法に偏り不健康な体質と陥って不快事象の連鎖を作られる。このような社会形成の根本的焦点と実感が浮かび上がり、そのあり方へ対する志向性が生まれ社会の実際的動態に近い実像が捉えられる。そして、どう在るべきかへの思索が深まり学びや向上の持続的な循環が生まれる。社会像や人間像を構成する中心的な焦点となり、これへの考え方が各種の個別場面における主張や施策の設け方に現れる。社会システムの体制的な配置にあっては、上述の保守的な発想は有害性を持ち空間の良好な成長の阻害要素と特定される。利己性に寄った感性では済まされない社会的責任意識が醸成され大きな利益を先んじる態度が求められる。

義理や御恩という自然な感受性を根本に備えて原理創造性の強まるエネルギーに於いて生命力の健全な活力が増進される。根が痩せ細り空の権威に執着し実質的効用の弱い過度な自己評価に陥る不健全な精神性を宿さない健全な感受性の所在が動力の良質性に反映される。公明正大な態度で物性に過度な依存を寄せない創造性に重心が取られて歪な感性に逸れない堂々とした体質の人間性が作られる。外界への利益を齎し自己への利益と回る。大きな利益を作り身近な利益に回る。こうした基本的な方針と展開が定着して強靭な文化への道筋が現れ、子々孫々に渡る興隆を齎せる。盗みや詐欺への甘えた反応はこれを劣らせ肥満症が治らない。原理創造性の弱い大きな影響力を備えるマスコミ、政治家、行政人、財界人の一部の醜態は容赦のない対処を取る覚悟が求められる。権力を持って犯罪に着手する性質は致命的な欠陥を指し悪性の根源と思われる。これに当たる所を一刻も早期に適正配置に移す等により、欲望と力と責任の均衡状態を進める事が体質の是正を指し、欲望過多で責任不足の感性に、健全な自己評価へ及ぶ根源的な原理を適用して、性質の良質化を図る事が文化政策の範疇に浮かべられます。

以上のような事が「忠孝」という抽象概念で取り上げられ、人々の性質を窺い知る中心的な面と示されます。表層的な事象への快不快に対して根源的な原因が抑えられて有効な改善施策が投じられる。長期に渡る繁栄を齎せる強い文化を望むかどうかの違いと現れる。物理依存からの脱却において真の永続性への軌道が進行する。

争いの根源

争いの根源

争いの原因を作りながら声高に戦争反対と叫ぶ相反する姿に精神の異常な人間像が浮かび上がり、これへの不快と対処と予防の観点が社会の良質化に重要な意味を持つ。人と人の争いの原因は、盗みや詐欺という反社会的な行為を根にして生まれる。盗む理由は経済的な困窮や物性への依存体質から他者の生産への尊重に及ばず、安易に盗んで自己の財に用いる事等が浮かび上がる。詐欺という行為も多様な文脈が浮かびますが、欲望と力と責任の均衡から外れた欲望過多の利己的性質による怠慢な態度を表し、健全な生産の規則性から外れ体質と化し発想や行為へ及んで他者の財を盗むという事で共通化する。この性質を濃厚に持ちながら、「戦争反対」と叫ぶ姿へ自己の客観認識を欠いた醜態が映し出され、個々人的な対人形成の基本的な作法の劣った実態を持ちながら、正義を示すかの態度に無能力と欺瞞、言行と行為の間逆な実態が鮮明化され人格破綻者の自覚に及ばない特異な性質を内蔵される。自己の技術を磨き他者への利益を果たし自己の糧を得る習慣に在って、健康な精神と肉体を備える人格が創り出され、これと乖離して盗み癖や詐欺による他者の利益を奪う性質に社会的な負の発生元が見られ不快の連鎖と広がり大きな争いへと発展する。純粋に理想を叫ばれる性質と、日頃の生産性に健全な利益を得る規則性から外れた性質による理想の表現とは少々異なり、前者は善意性の表現と伺えるものの、後者に在っては精神異常者と映し出され一定の区分が取られる。集団的構造からの性質や個々人の性質、広く空間の秩序等という面で各主体性の性質を浮かび上がらせ、健全な人間像を標準に持って歪性を明瞭化し悪性の程度を周知させ、真価や真相を捉える事に於いて良質な力の推進と悪性への的確な対処を持つ判断に繋げる事が欠かせない。性質は比較的容易に掴みだされる。真に有用な利益の生産者と他利よりも自利に偏した歪んだ性質との違いが、盗みや詐欺という事象を発生させ、物性への過度な依存症で言論で美辞麗句を多用し実際的な実現への力を投じず、悪性の原因を作る非社会的な性質が現れる。裏表の激しい乖離した実態を鮮明化し物性への従属的な手法を多用する特異な性質が顕著に表れる。戦争等の大きなマイナス事象に及ぶ根源的な個々人の性質を押さえる事がまずもって戦争への予防策になり、身近な所から適正な感度を作り健全な人格との峻別を持つ事が有効に思われます。こうした根本的な面が抑えられて真に良好な人格と悪性の性質とを切り分け適正な判断を持つ感性の厚みが生まれて安定と成長の持続的な軌道が確保される。

真の謙虚さ-伝統文化の継承

攻撃されて生命を失ってからでは何もならず、生命や財産を失う明白な危険という想定を持つ事は自然であり、それについていくつかの要件を事前に示して事象を限定させ、対立する相手側への予告を設け衝突の事前回避を促す事は争いを予防する為の積極的な行為と思われる。自身が思う明白な危険を事前に相手方へ伝達し攻撃の未然予防への発想が進められる事は現実的な危機への深い洞察を進める行為と成り、プラス型の創造性と捉えられる。大きな武力衝突の回避や物理的な力による理性的な対話を欠いた開発等への予防を含み、21世紀の健全な未来を創り上げる為の最低下限の危機を抑えた前向きの交流を意図する包括的な体系が作られる。これを避けて法整備が進められず、いざという時に何もできずに大きな危機を招く事は最悪のシナリオであり必要最小限という所は在る程度のコンセンサスを持って最悪事態を回避する構えが創り上げられる。専守防衛という理念が固められるものの攻撃を受けて生命を失ってからでは、何もならず、生命を失う前に生命を取るのは誰が考えても反対は生まれず、その厳格な判断への研究を深め最悪を回避したいと願う気持ちに於いて作られる前進策となる。責任を抱くほどにこの想定へと進み命を守る事へのエネルギーが投じられる。

マイナスばかりに偏った対話関係にはもちろん無く、プラスを基調にする事は言うまでもなく全体観を抑えた各面への力の配分が生まれ持続的な安定と成長の互恵的、共生的な下地の感性を持つ適度な競争に於いて健全な発想を抱く人間性が作られる。公明正大な競争は歪んだ発想へ陥る事無く正々堂々と自由を遂げる本性を指し歪な制限を設けると不満が高まり、歪な手法で返す負の循環が進行する。他利を遂げたいという共生感情を根にして技術を磨き、正当な対価を得る健全な前進的行為は生の増進を指し効用とマイナス的な影響を勘案しながらプラスの増進に及ばせる力において健康な精神と肉体の持続と解される。

この下限的な事象と生産的な前進策を包括的に含んだ創造ビジョンが健全性概念となり、特定生産者の限定的効用に対して完全性の高い人間像と照らし自己生産の特性を抑えつつ改善の方向性が創り上げられる。他者が持つ生産の効用への尊重心は、健全性ビジョンの統一的な共有に於いて浮かび上がり自他との尊重心が創り出される。こうした点からも、人間が向かうべき根源的な軌道を表す文化概念の探究には長期的な意味からの効用が生まれると訴求されます。普遍的な原理と深め万人的な根源基盤の盤石性が齎されるほどに、迷いの少ない健康な力が強められ横道に逸れた発想へ迷わない確かな力の用い方が創り出される。ここに於いて生滅不可分の感性に根差した最良の生を創り上げる道が描かれ、多くの幸福感を齎す世界への道筋が固まる。最悪事態を回避する作用と働き健全な納得性の高まる生滅の調和策において戦争への危機が回避される。真摯に対象と対峙し叡智を結集し最良のビジョンを創り実践に運ぶ歩みに於いて確かな手ごたえが生まれ受動的な構えの生産からは危機が増進する。前向きな熱を投じて生命を全うする事が生を尊び生を健全に広げる道と思われます。謙虚な態度はこの姿に映し出され当該空間の遺伝子として代々引き継がれる伝統文化と伺えます。一生懸命という言葉に置き換えられる。

5)独自性と普遍性

国会議員の要件は国益を叶える働きを求められる。外交、安全保障、マクロ経済政策、社会保障、といった一国という主体性から見た外側への重要な接点と国内の共通課題へ着目し、全体としての最良性を叶える事ではないかと思います。一国という観点からどういう全体ビジョンを想定し、実際上に落とし込めるか、個別の意見を集約しながら全体観と纏めエネルギーの統一性を果たす事に大局性の意義が生まれる。この優れた能力に選定の基準が生まれ自国への愛着感がエネルギーに転じて施策の良好性へと熱が投じられ能力に反映される。起点は感受性であり身の回りの人々への幸福感を遂げたいという動機が根に成り、一国としての利益を一義に考える事になる。

しかしながら、現代の国際交流の活発な状態を踏まえると独り善がりの利益という重心の取り方では対立的な感情を強め、世界的な共通価値への視点が設けられ普遍的価値という範疇の思索が及んで自国の特性を把握しながら全体を創り上げる対応を狭まれる。世界の幸福への方法を能動的に提案できる能力を備え自国の利益に連なるという大枠観が求められる。世界の幸福を描くには、万人に共通する根源的な感受性を下にして普遍的な価値を提起する部分と空間の独自的な要素を併せ持った構図を描き、純粋原理という面と独自的な個性とが活かされるビジョンと集約する事が適正に思われます。

歴史から創り上げられた良質な性格を支柱にしつつ万人的な共通性を抽出し普遍原理の領域が表される。自空間の良質性がなんであるのか、ここの認識が欠けると無機質な空想的な普遍性の原理が表され、実際上の感覚に及ばない形骸化した原理が作られる。実体験的に人間を作りだす過程を通して浮かび上げられる観念に於いて芯の通った普遍性が表され他空間にも響く同一的な価値が表現される。潜在的・顕在的な価値観の認識を明瞭化させる事の出来る観念が作られ、空間独自の感性を相互に尊重しつつ同一的な根源性を掴む事に於いて良好な関係の基盤が生まれる。何が独自性であるかの認識が示されて自己の性格を御紹介するに及ぶ。

ここを示す事の出来ない感性からは対外的に良好な関係を作るには及ばず、体から人間を形成された工程の弱い性格に於いては独自的な価値を適正に表現できない。このような面が最も重要な視点に備わり国益を良好に叶える素養と浮かび上がる。一過的即効性の経済感覚ばかりの個性を表現する事では不十分であり、四季や地形、空間の歴史、特定生産における体験を背景に性格を抽出し、空間の色彩を体で表される事において国益が叶えられる。物的感度の過度な進行の体質からはこの面が希薄と成り、万人的な根源性への視点も空疎な表現で留まり実際性の工程から浮かび上がる感覚と観念の繋がりを示す事に於いて生きた質感を備えた独自性と万人性の価値を伝えるに及ぶ。

この性格にあるかが、個別的場面での表現に忍び込み本質的な性格が掴みだされ適正の判定が下される。文化的下地の見えない性質には信用が与えられず右往左往のみっともない感性を露わにされる。文化観念の弱い経済観や政治観で在っては人間の対話が生まれず、物性の濃厚な安直な犯罪や手法に着手し人格不在の経済へ偏る発想や思考が鮮明化される。自己の価値観を備え相手方の性格と対峙しつつ適正な手法を講じる事が、体から創り上げてきた人間性を表し地に着く協働生産体験の差が明瞭に現れる。物理依存の性質や頭脳や感覚に偏した体質からはこの面が痩せ細り違いが鮮明に浮かび上がる。独自性を守り普遍性を創り上げられる主体性が求められ人間像と描き出される。

根源ビジョンの統一性

頭型の知の入力から、社会性を含んだ活動性に在って、健康な対人形成が促進される。頭に入れた知は、外界への利益の作る為に用いられて、入力する事の意義が生まれる。入力し変換し産出して、入力するという回る構造が作られて、健康な精神と肉体が生まれ、不快性の発想やエネルギーを発生させない主体性の在り方が作られる。個々の断片的な体験と積み重ねに対して、焦点を絞り、現況の認識、問題点、改善案という並びに編成する事が、生産性を意味する。この動態的な流れに着いて自己の考える感性と他者の抱く感性との調和を見出し、方法から生まれる効用への共感と負担の理解を及ばせて、自他の循環的な欲望と充足の規則性が形成される。これに及ばず、知の量ばかりが頭に入り、変換や産出の工程が弱いと、歪な精神性を宿し、自己の一方向的な欲望に偏した非社会的な性質を持つ主体性が生まれる。このような頭脳型体質における問題点と改善の方途が示されます。

一方で、感覚的な物性の感度が強く、科学技術の即効的な効用を他者へ提案し、身体的なエネルギーの負荷を削減する効率性の創造性に比重を持った生産者が生まれる。この作用に一定の効用の実感が創り上げられるものの、人間の心理面への配慮が弱く、物性の軽減を過度に訴求して、自己の利益を獲得される手法には、やはり利己的願望過多の手法とも言い表わされ、中長期的な人間性の良質性を鑑みず、短期的な焦点に偏した偏狭な利益を求める態度には、健康な精神を備える生産者とは見做されない。

このように、頭脳型体質と物性過多の体質という抽象的な区分で各自の特性的な面が浮かべられ、其々の正負の性格を客観的に浮かび上がらせ、適正な生産像を提起する事に於いて、良好な人間の創造性へと力が進行する。言い換えると、健康な精神と肉体を備える人間像に立脚した生産性を描き出し、この基準像に照らした欲望と充足の構図へと意識が注がれて、物性寄りの感覚と心理的な良好性との適当な相関へ及ばせる創造性が促進される。各自の特定技術の限定性から、基準像へ対して完全性の高い技術の提供を創り上げる事の限界を認識しつつ、出来る限り基準像に連なるように製品サービスの改良を持続させて、真の利益へと高める発想に於いて生産者としての健全な倫理を持つ事になる。利益の極大化という拡大路線に偏して健全な人間像への認識が弱まり、自己利益へ執着して不利益を増進させる生産者に在っては、公の観点から抑制させる施策を投じて頭を冷やさせる事が欠かせない。この一面性の高い性格と映し出させる生産領域という実感が確かに生まれ、歪な精神性の強い体質に嵌まり非社会的な存在と知覚される。

原理追求型社会像は健康な人間像への同一的な認識を備え各人の技術領域の性格を掴み、物性と心理の良好性という基準像に対して、どのような効用を発揮する技術であるかの客観的な認識をもって、生産者としての自己を知り外界との適正な対話を創り上げる事に於いて、短期的な供給利益へ偏する事のない中長期の持続的な需給構造を想定した適正な感性を宿す活動が作られる。規制等による過保護な領域であるかは、その規制の意義が適正に掴みだされ、健康な創造性を弱めるような作用に至っていないか、上述のような観点から常に測定されて適正なエネルギーの阻害への対処と予防を展開する事が欠かせない。根源的な価値観には、健全な人間像という統一ビジョンが備わって、個々の限界を認識の上に適正な力の投じ方を探し、良好な調和を見出す制御感覚が望まれる。供給者論理に偏して技術の自己目的化へと意識が強まり他者への真の利益への探究が弱まると歪な精神性が高まり、偏狭な感度に執着する態度が鮮明化される。生産性の弱い空の権威に縋る発想や、科学技術の即効性を過度に訴求する態度等と現れ、全体的なビジョンに対して違和感の強い性格が浮かべられる。こうした実像に実態的な快不快を抱く側面が現れ、規制で明瞭化される善悪の基準という範疇の前段的な事柄と掴みだされ、現行の規制への改善や新設の規制を設ける焦点と浮かべられる。共通的な欲望を充足する方法の一つに法律や政治行政領域が生まれ、その運用への適正を上位概念に備わるビジョンから測定し、適正を見出すという枠組みが在って、自主内発の反省と改善の活動性へ及ぶ動態が進行する。政治行政に関わらず、特定領域の生産者を含み、根源的な感性と成る健康な人間像の共通性が揃って、不完全な限定性を持つ生産者の認識が取られ、適正を見出す生産性に於いて健全な制御感覚を持った活動が作られる。利益の極大化という発想に対して適正利益を求める健全な人間性を創り上げる視点が良好な感受性の実践策と描き出され、長期的性質を崩さずに長期に渡る文化文明を持続させる肝に謳われます。根源性のビジョンは在る程度揃える事が必須に思われます。とりわけ大きな影響力を持つ配置にはこの観念が欠かせない。

人間ビジョン

「正しい」という感覚を表す様々な観念が創り出される。人へ嘘をつかない。人の物を盗まない。人へ暴力を振るわない等々が、幼少期からの躾として多くの人が教わる基礎的な事柄に思われます。この抽象観念の解釈に多様な条件とその上での適用差があり一様性の困難さと個別性の側面が生まれる。

人や集団は生き物であり、生き物は外界との適当な調和を持って成長や縮小を果たし生存を果たされる。外界への影響が大きくなるとそれに相応しい要望が生まれ対応に狭まれる。この動の中で適当な動を見出し調和させる事に一様的な観念を感覚的に落とし込み質実を抱き実感を生む事に於いて、頭と体の整合ある姿が創り上げられる。こうした提供と受容の関係性の中で、各種の問題感覚が現れ、生を進めると同時に滅を生むという抽象原理が浮かび上がり、根本的な人間の変わりづらい感覚が認識される。

ここから自己の意思を表現するに際しては外界への利益を齎す内容である事が滅への配慮を持った生の構築に成り、この性格を含む事に於いて自他との調和を創り上げる作法と規定される。表現する自己の意思や欲望の質量に応じて利害が比例的に発生し、表現内容からの効用に対して影響が想定され、マイナス性の影響よりもプラス性の効用が上回る事によって、生への力が与えられる。この因果関係があらゆる事象の根底に配され動の中で適当な動を作り上がる基本原理となり、抽象的な観念で表される一様的な集約性を持つ言葉と個別的感覚性の質感を適合させる焦点と浮かべられる。

生は滅を生むといった感覚に自然や人との共生感情が備わり、有限の生命への尊さを抱くと共に、生命を奪う不可分的、相反する実態が確認される。この面に感受性の現れる根源的な側面があり人間の最も特色を見る性格と映り、生命を持続的永続へと連ねる思索が深められ、一世代に留まらない代を跨ぎ繋げる意思となって根本の変容しづらい感受性を下に、身体と頭脳の働きを創り上げる欲望と充足の構造が長期的な欲望として浮かべられる。

こうした人間の原初的な型枠に対して創り上げた物事の力が強まる程にそれへ縛られる相関が生まれ、感覚的利便性を齎す道具や科学技術の存在が強まると共に人間側の身体の弱まりや心理の変容という実態が現れる。人間の原型的な型枠から見てどのような変化に在るかを伺い知り、根本的な感受性に価値を浮かべ適当な制御方法を考案し人間性を自ら創り上げる視点が生まれる。生を創り上げる事が人間の基本的性質の喪失を生むという事象を捉え人間をよりよく生む発想が浮かび上がる。

外界へ視線を注ぎ欲望を叶える一面的な動線に対して、創り上げた物事からの人間への影響の実測を持って観念と感覚の一巡的完結の持続的な動態系が現れる。こうした焦点を基軸にとり主体と外界との適正化の作法において、根本の感受性に価値を持つ実践的な応用が示される。人間自体を滅する事への視点を欠いた生の増進に在っては、根源価値を抑えない気の振れた一過的な即効的物性の反応を見せ、ここからは一面的で正常なエネルギーの持続的な発生には満たない。配慮を欠いた生産性と見做し冷静な効用と影響への構図を表し適正を導出する事に根本価値と適用の姿が示される。動である世界に対して根元を不動的な静と抑え、外界との適正な動を作る創造性にあって、軸を持つ人間性の姿となり、根元への意識が弱まり適当な思慮を欠いた生産性に進んでは、良好な人間性に則った産物には至らない。

基盤感性の脆弱化という問題感覚を抱き、そこから生まれる適正な方法として以上のような文脈が表現されて、重要な価値への認識を抑える定期的な習慣が築き上げられて確かな原理に根差した二次三次の原理を作る規則性が生まれる。万人的共通感性として不動的な認識を持ち感覚的な質感に浸透して確かな人間を実感する事に至る。何かに迷い判断に悩んだ場合には根源の価値へ立ち返り冷静な物事の構築に及ばせ、着実な質感を創り上げて自己を見失わない自信が積み重ねられる。気の振れた安直な方式をあまり考えずに採用する今日的な傾向が物性的な効用へ慣れた感性による行動様式に成りここからの弊害が各所に潜在的・顕在的に現れる。楽な方へ流れた付けは必ず回り元の地点に戻される。

小手先の手法を多用し誤魔化す態度は一切効かず、堂々と対象と対峙する感性に健康な精神と肉体が宿り、肥満に陥り負を与える事のない生の上回る力が発揮される。直線的単線の成長概念から複線の循環系を持つ成長概念に在って確かな人間社会の変わらぬビジョンとされる。盗み等のマイナスを働き適正な反省の態度を避ける姿からはその精神性が留められそこから一歩たりとも成長する事には至らない。マイナスを生んだ事へは適当なマイナスへの態度を持って成長に向けた更新が果たされる。負の経験を正に換えるには必須の工程でありこのメリハリを欠いた感覚に力強いエネルギーが与えられる事はない。物理依存による人間性の破壊には深刻な態度を持って根源の感性を蘇生させる事に於いて正しい軌道に修復される。

そして、正負という単純二極の概念に感覚的質感を鑑みて、割合という実際的精緻な感覚が生まれる。多くの場合、100対0の正負という判定には及ばず、相互的な原因を持って感じ取る事へ及び、淡白な対立的な構図へと強く進められる感性には、物理型の感覚が浸透した人間性と表され、落ち着きある根本の盤石性を持って、健全な調和を見出す歩みに良質な人間性が現れる。二項対立の単純性の傾向が、物依存の生活習慣から促進され、利便性というプラス面の副作用が現れる事への適正な自制力を磨き上げる焦点に長期的な視点から浮かぶ課題と示されます。更に、過去現在未来という時間の動態において、過去ばかりに偏した重心に在っても前進的なエネルギーが減少し、新鮮な感覚の持続する初心を根に新たな発見や気づきを生み出す事になる。前を向いた力の投じ方に於いて尽きる事のない人間の成長への軌道が示される。この動態を作るには過剰ストックが縛りに成り適当なストックに於いてフローの持続が叶えられる。

議論の進行

様々な生産の立場から様々な意見が生まれる。生産的立場の性格について在る程度の交通整理が果たされて、個々の性格への配置が取られ、錯綜的、混乱的に入り乱れた意見に統制が果たされる。この制御感に於いて適正な意見の識別を持ち、全体としての心象が形成されて、その場限りではない持続的な議論の積み上げと向上が叶えられる。多くの場合、何がしかのテーマが限定される。テーマを取り上げる主催者の動機や問題意識、感覚的な事実を示し各種領域からの有用な方策を作るという進行を持つか、問題意識自体への吟味を及ばせるか等の対象範囲の取り方を示して力の投じ方への基調を絞り、有用な知を提供する事に於いて規律ある運行が果たされる。

主催者のテーマの投げかけ方や到達点の想定等の善し悪しが、参加者からの有益なエネルギーを引き出す事になり起案者の程度が付加価値の質量に反映される。比較的長い観点や周期を対象にした生産性から、中期的な構造への良質性に中心を持つ生産者や特定的限定性の高い事柄に絞り精緻な認識と専門性を持つ生産者等の性格の相違が生まれる。中長短という時間軸と空間の広狭による区分と示される。この性格の違いから事象への感度の当て方が異なり、即効的な感覚の表現に対して全体的な背景図を示す生産者や中局性の構造を示す生産者の見識が表され、部分と中局と大局という連なりを浮かべて制御性の高い図式が現れる。

この立体感を欠くと妙に力んだ感性ばかりが宙に浮くような映像と成り、事柄の性質を適正なフレームを持って測定する感覚に及ばず部分を持って全体への判断を下すような間の省略した方程式を展開される。起案者や主催者はこの事を配慮の上に適正な筋道をある程度提起しながら道案内の出来るような見識があって全体の規律ある創造性へと集約させる能力が求められる。人間像や社会像、生命観といった大きな抽象概念から特定領域の見解等を示し一定の価値観の上にテーマが限定される。このビジョンや道筋への同感という前提が少なからず置かれ、その範囲での創造性を投じ密度の濃い専門性を充てて議論の詰まった内容が生まれ知の集約に及んで、課題への方法と至る。生産的な意見の化学反応を意図するか、より上位の価値観自体の交流を持つか、観念的な所と感覚的質感という幅を浮かべて焦点を絞り創造の方針等が謳われる。

結論在りきの呼びかけという解釈を取るか、在る程度の全体観を持った呼びかけ人による議論の深まりと集約の進行と見るか、知を集める目的によって進行への規律が生まれる。一過的な持続性を想定しない演出か、責任を備え持続性を想定された知的創造か、場の持つ意味合いが前段に備わりそこでの適当な振る舞いが生まれる。見る側にもこの想定が頭に入りどんな性格の生産性か、適当な距離の取り方をもって自己の尺度を備えた識別を持てるかに制御性が現れる。以上のような議論や協働生産の事前的準備という性格の原理が示され長期的な人間像を反映した方法論が作られ文化という立場の特色が説明されます。この面の充実が土台に成り建造事物の良好な生産に資する活動に及ぶ事と思われます。

健全性の維持と増進

健全性の維持と増進

独立的主体性という概念は自らの意思で物事を決められる部分を持ち一定の不動的かつ健全な理念を備え、悪性の他者との同化に及ばない持続的良質性への道筋を志向する性格と伺えます。健全な理念という内実に、物理性への過度な依存や物理性の利己的な活用への制約や他者の真なる利益に連なる用い方等の面が備えられる。これに反する歪な性質の物性の利用や依存に嵌まり、その状態から抜け出せず外界へ悪性を働き同化するスパイラルに陥る事のない線が引かれ、安易な物性依存に寄らず過剰な資源を受けず、自己の適正感覚を見据えて制御を果たせる健全な感性を持つ自律的主体性に健康な精神の実感が生まれる。こうした人間性の維持と向上といった理念を備え、展開する事に於いて良好な独立的主体性が叶えられる。自らの制約としながら、異なる感性を備える他者へ一定の距離を持ち、実害の予兆が生じれば適正な構えを作り健全性を維持する手法を投じる事に於いてビジョンに留まらない実際的な健全性が実現する。理念は変わらず現況へ対峙し適正な手法を投じる規則性において実態的な軌道が作られる。受動的な構えに在っては健全性が叶えられず軸をもって適正な手法を投じて独立的主体性が作られる。他者からの過分な評価や過剰な資源を安易に受け取り従属的な支配関係に及ぶ事無く、悪性の発想や手法に一定の距離を持ち制御を果たす自立が要り、独立的意思の壊れた関係性に進んで悪性の同化に陥り正常な感性の見極めを喪失し負の力を常態的に投じる堕落の道が想定される。筋肉質な感性による自己の客観評価と離れ、自己に甘い肥満な感性による自律の喪失によって力へ従属した独立的な意思の弱い不健全な主体性が創り上げられる。体質や感性と浸透し慢性的な皮膚感覚が作られ、健全な欲望と力と責任の均衡感覚を見失い犯罪への感覚も弱まって、外界への利益より悪影響を作る搾取的、略奪的な手法による生産を備えられる。自他との適度な需給構造を持ち確かな効用の提供者という実感と適正な対価を測定できる規則性によって健全な自信を積み上げ適正感覚が作られる。これと離れた過剰な欲望が適正感覚を狂わせ歪な力へ従属し抜けられない体質を深められる。こうした状態に見られる現象がしばしば映し出される。文化論という長期的観点から人間像に健全性概念を中心にした原理が創り出される。自己の客観評価を定期的に掴む習慣の持続した規則性から横道に逸れた感性への深まりを回避し基軸の太い良質な道筋を外さずに着実な歩みをもった人間性が創り出される。こうした理想に長期の持続的安定と成長の道筋が現れ、現況との真摯な対峙に於いてプラスは増進、マイナスは減少の変わらない判断を下せる体質と行為が生まれる。マイナスの想定と予防の施策という面から逃げては理念が堅持されず性質が変容する。この認識に在るのが健全に思われます。物理性への適正な制御が果たされない感性には健康な精神が宿らず物という質感に及ぶ。健全な精神に健全な精神が投じられ健全な人間が創り出される。個々人の局所的な限界を知りミクロやマクロからの健全性への仕組みを創り無理のない制御が果たされる。社会システム上の要路にはこの感性が求められ理念と共に具体的構造化を実現して局所の良質性に及ばせる責務が課せられる。力を備える配置に悪性の発生源が生まれると影響は計りしれず個々人では対処不能な事態を招かれる。こうした想定と要件化を持って性質の見極めと選定にあって直接間接の因果を見据えた包括的な全体観が形成される。本書におきましては、こうした健全像を如何に鮮明化出来るか、多様な観点から描き出します。

教育の基本的な焦点

教育の基本的な焦点

感覚をそのまま表す言葉が「寒いや熱い、強いや弱い」等であり、外界と身体との接触を持って感じ表す観念と成る。この質感は疑いようもない自身の感覚であり、信用という質感が生まれる。この直接的な事象に、要素の増加と因果の複雑性が加えられ感覚の複雑性に及び、それを表現する言葉の適正な用い方等へ連なり、自己の表現方法と他者との異同が生まれ、同一的感覚と同一表現が作られるか、感覚的な異同と表現的な異同という面へ思索が加えられる。身体的な構造の同一性から感覚には一定の共通性が生まれる。これに対して表現方法には一定の同一的な義務教育から用語の統一を持って、対話の円滑性へと意図する試みが投じられる。更に集団生活の体験によって各種の作業の協働性を経ながら公平な役割分担や作業の実施において喜怒哀楽といった対人的感受性を作り、心理的な側面の共通性や違いを感じ取りつつ、一定の安定した感性の同質性が創り上げられる。身体と頭脳と感受性という各面と有機的相関性と浮かび上がり人間の共通的基盤を作り社会生活の安定と向上心を抱き良好な人間社会へ連ねる歩みが想定される。こうした過程に於いて基準感覚と許容性の感覚が培われ、不快事象への共通感度と観念による明示を持ってマイナス性の規定と予防といった常識感覚が揃えられる。これに対してプラス性の事象には、各人の個性等からマイナスのような統一感には及ばず、相対性の価値や志向が生まれる。一定の安定基盤となる健全性を達する良好な共通面を備えて相違に対する寛容性が作られ、安定と自由の良質性に於いて社会の活力を持続的に創り上げる動態観が形成される。健全な感受性を持って他者との良好性に及ぶ創造性を基調にして適正な感謝を抱き行為に表す感受性を示して、持続的な人間の関係性が作られる。在る程度の基盤的同一性が作られる事によって提供とお返しの質感が大きく離れずに心理的な良好性を齎せる事になる。この感覚が著しく離れると他者への利益を作り自利を得るという循環を崩して、他者から奪い取る発想へと傾注し、対人的な対立性の構造が深まって社会は荒廃した心理で覆われ、単細胞的対立や歪んだ間接的手法の多用へと連なり歪な精神と肉体の相関を持つ人間が作られる。知力と体力と徳育の良好な絡み合いのない人間形成は、過度な物性寄りの感度を深め、質実の弱い虚構的な騙しによる対人上の優位性への企てに及んで、健全性と乖離した精神や欲望を深められる。基盤の狂った性質が深まる事には明るい未来は作られず人間の作り方への長期的な原理を固めて実現する事へと執着する事が重要な取り組みと確認される。教育行政を司る官庁の失態という事象へは深刻な態度を持って適正を正す事が必須であり、問題の重要性への認識を揃え本質を見失わない感度を持って健全化への価値を実現する歩みが欠かせない。人間性を正しく表現する牽引的な立場における醜態の悪影響は計りしれず各人における事柄の性格付けへの適正感が問われる。教育という内実を安直な知識の入力といった面に偏すると、人格への重みが弱まり歪な全体観を持って不快事象を出現させる。適正な生産概念や創造観を土台にする人間像にない偏った教育観では、良好な影響力を主導する立場にはなく重要な問題意識の醸成と抜本的な変化へ力を投じて刷新する発想が生まれても不思議はない。主導者のお粗末さからは誰もまともに耳を傾けない歪んだ関係性が増進する。教育の成果が反映されていないという検証結果であり、社会教育上の大きな問題と思われます。

活動の基本フォーム

違憲が問題と指摘される。そもそも法律等の規定は、過去の体験から導出される適正化への方法論で在り、先人の体験と知恵の上に作られた型式というのが実態に近い本質と思われます。在る事象が発生し快不快感を抱き、それへの方法に制限が示されこれを守ろうとする人々の合意が図られる。感覚的な質感の事から抽象的理念に近い事柄まで、形成過程はこうした流れに伺えます。在る条件下での適正な方法論を指し条件が変われば最適方法も連動し見直しの機会に狭まれる。又は、同一的な価値に無い相手方との関係に於いては自己の理想ばかりによって相手方の意思や性質を無視する態度では、実際上の調和を見出すには及ばない。純粋理論に対して現況を掴み方法を見出す歩みに於いて地に着いた発想や行為が現れる。頭でっかちで外界への認識が弱まる所に、歪な精神や過剰な欲望、思い上がった性質が強まり健全性を損なわれる。このような世界観を前提に、憲法、法律や制度、生産、理論、表現を創り上げる所に健全な人間性が映し出されます。

こうした筋道を丁寧に確認されれば合理的な方法論の導出にそう大きな開きが生まれないと予測されます。最上位に生命の存続が置かれ下限の絶対的な基準が設けられ相対的な前進性の施策が作られる。そして、両面の相関へと視野を及ばせ相対性の施策による効用と影響の想定が取られ影響よりも効用が高いものに積極的な前進が備わり全体の意見と纏められる。影響と効用の実感の取り方に多様性が生まれ施策への評価の違いと現れ微調整を図りつつ適当な所で全体の利害から妥当性を纏める。プラスに働く幅も異なりマイナスを受ける側も生まれる。そうした中での多数決による合意となり基準が更新される。生滅不可分の感性を根にして、適正調和を見出す共生と自立の作法と浮かべられる。

諸条件の変化

相手方の価値観

効用

施策

a下限の絶対則、b相対性の施策

aとbの相関

影響

生命の存続

下位規定

違憲だからだめという論理は、理想と現況に対する適正な方法を実施する規則性から離れ、理想に限定した主張に近いように映ります。相手方や外界の状況へ視線が送られず自己の希望を一方的に示す行為には適正な調和を見出す作法には至らず相手方を無視した独り善がりの態度とも映りかねない。これで最上の理念を達成する姿と言えるのか。どこを根拠にした提案か、効用や影響の予測も計られず無責任な態度とも取られかねない。過去からの学びと共に環境の変化とそれに即した適正な方法論を導出して頭と体を活用した健全な感受性が表現され、理想主義と現実主義とも言う対立の調和様式となり理に叶った論理と提起される。

体を用いず頭だけの規則性と感覚的質感を重んじて快不快感を抱き方法を作り観念と纏める規則性の違いになり生命の持続を願う自他の共通感情を叶えるには、後者のスタイルに健全な活動像が映し出される。原理探求型の発想に軸足を取る生産者と局所的偏狭性の競争優位を先んじる利己的性質の強い立場の相違と映り、生産者の目的がどこに在るか想定する利益を示し生産者の性格が現れる。理念を備え現況と対峙し未来のビジョンを想定し適当な方法を投じる規則性に於いて完結性を持つ生産者に成りここに独立的主体性の要件が整って外界への評価や方法の根拠が示される。これが曖昧であると外界に対して大きな影響力を行使できる性格とは外れ、局所的限定の利益を求める生産者として相応しい力に限定されて適正な調和が図られる。この均衡からのマイナスに不快感が生まれ均衡へ力が働き適正な調整が滞りなく進む動態に平和の軌道が実感される。消極的な平和像からは真の平和は映りだされない。