対人と対原理という基軸焦点が生まれ、人とのギブアンドテークという歴史的な繋がりが見える部分と、ギブアンドテークも原理に基づく関係性という要素も含み、よくよく見ると後者の原理を下にした人との関係として統一される。誰に世話になったからお返しするという義理人情的な発想が生まれる事も自然な感受性であり、この部分も含めて原理を築き選択の基準にする面と、歴史性を含めずに純粋原理による選択という部分で全体的な原理が作られ運用する実像が現れる。貸したから返せと言える事と直接関係の弱い事柄までも含んで属人的な歴史性を含める事には良好な関係に及ばない。この切り分け感覚に違和感の強い反応が及ぶと、原理創造性が弱まり対人的な原理創造性が強まり度が過ぎて非合理な発想が深まり適度な緊張と緩和のバランスが崩れる。
このような面に各種問題事象の根っこがあり前進性の未来形成と過去へ執着する人的関係の適正を考察する視点が生まれる。大きな利益への発想を抱き、それに連なる創造性に於いて多くの人の利益が齎されるという一方で、局所的な対人的連なりに偏ると私的な局所的利益に偏した創造性が強まる。純粋原理を競い創り上げる発想と対人的な対立を描き原理よりも人へ対する攻撃性を強める向きが生まれる。ここに、成長力の作られ方の相違があり広く公を意識して堂々と原理を創り上げる感性と、物的力に従属的な発想との違いが生まれる。財力や権力への執着と、原理創造力への拘りと区分され、健全なフロー型の流れを強めるに在っては、後者の発想力や創造性に重心を持って前者が付属する関係において、他利を作り自利を得る原理が促進され、探究心や生産性の高まる秩序が進行する。
人からの恩や義理への執着が自然な感受性を指すものの、広く大きな利益を作る意識を先行して身近な利益が作りだされるといった経路を志向して、真に義理を果たす道筋が現れる。在る一定の影響力を持つ生産者における未来創造型の発想と示される。公的な意識が備わり影響に等しい責任感覚が強まる程に出現する態度と成り、局所的な利益への執着を持つ発想では責任感覚の劣りと指摘される。力を備えるほどに原理創造性への割合が増進する事に於いて成長の止まらない軌道が進行する。真に有益な事柄への探究が深められ健全性概念等の根源的・長期性の人間像を基準に備えた原理の構成へと及び、即効的な利益の制御が生まれ多くの人の幸福感に連なるエネルギーが投じられる。
内向き的な肥満症は身の回りの利益に執着し原理創造性を弱め歪な精神性を強めた手法に偏り不健康な体質と陥って不快事象の連鎖を作られる。このような社会形成の根本的焦点と実感が浮かび上がり、そのあり方へ対する志向性が生まれ社会の実際的動態に近い実像が捉えられる。そして、どう在るべきかへの思索が深まり学びや向上の持続的な循環が生まれる。社会像や人間像を構成する中心的な焦点となり、これへの考え方が各種の個別場面における主張や施策の設け方に現れる。社会システムの体制的な配置にあっては、上述の保守的な発想は有害性を持ち空間の良好な成長の阻害要素と特定される。利己性に寄った感性では済まされない社会的責任意識が醸成され大きな利益を先んじる態度が求められる。
義理や御恩という自然な感受性を根本に備えて原理創造性の強まるエネルギーに於いて生命力の健全な活力が増進される。根が痩せ細り空の権威に執着し実質的効用の弱い過度な自己評価に陥る不健全な精神性を宿さない健全な感受性の所在が動力の良質性に反映される。公明正大な態度で物性に過度な依存を寄せない創造性に重心が取られて歪な感性に逸れない堂々とした体質の人間性が作られる。外界への利益を齎し自己への利益と回る。大きな利益を作り身近な利益に回る。こうした基本的な方針と展開が定着して強靭な文化への道筋が現れ、子々孫々に渡る興隆を齎せる。盗みや詐欺への甘えた反応はこれを劣らせ肥満症が治らない。原理創造性の弱い大きな影響力を備えるマスコミ、政治家、行政人、財界人の一部の醜態は容赦のない対処を取る覚悟が求められる。権力を持って犯罪に着手する性質は致命的な欠陥を指し悪性の根源と思われる。これに当たる所を一刻も早期に適正配置に移す等により、欲望と力と責任の均衡状態を進める事が体質の是正を指し、欲望過多で責任不足の感性に、健全な自己評価へ及ぶ根源的な原理を適用して、性質の良質化を図る事が文化政策の範疇に浮かべられます。
以上のような事が「忠孝」という抽象概念で取り上げられ、人々の性質を窺い知る中心的な面と示されます。表層的な事象への快不快に対して根源的な原因が抑えられて有効な改善施策が投じられる。長期に渡る繁栄を齎せる強い文化を望むかどうかの違いと現れる。物理依存からの脱却において真の永続性への軌道が進行する。