見識とは

自身よりも見識が劣ると見える人に使われる事は普通に考えるとあり得ず、上位者には何がしかの立派な考え方が備わり、純粋な尺度から尊敬に値する面が少なからず生まれて下位という配置に収まり円滑な指示命令系統が形成される。これが、対人関係や組織の成立する基本的な要件に思われます。犯罪的な性質を濃厚に抱えられては、いくら経済的な力があっても長く持続する事に及ばないといった予見が抱かれ、根本の性質を土台に機能や性能が問われ価値と事実の相関が形成される。この道理が堅持される事が人間界における普遍的な原理の柱であり、変えてはならない感性と統一されて持続的な再生産の仕組みが生まれる。

多くの優秀な集団の牽引者には、金や権力以前に優れた見識と行為の実態が備わり、確かな信頼性の下に人々が募り純粋な感性への共感を柱とする求心力に於いて長く共に良好な協働生産に連なる。人間を深く測定する計りを備え各人の特性を的確に掴み大きな図面への適材適所が果たされて、理念の健全性と合理的な仕組みが作られる。過不足のない算定を早期に把握し個々の性能を最大に引き出す創造力が集団の相乗効果を齎せる。資源の有効な活用力と資源からの信頼性の相互性に於いて、生きた力が強靭に湧き人間性と合理性を併せ持ち、力が集計される。

ピントはずれの配置は、これを見る資質の弱さを表し資源の力を劣らせる。私的な欲望過多から対象に濁りを生じ適正配置に及ばず、集団力の低下と至り投資効率の上がらない成績を生む因果と現れる。ここに根源的な人間性の要素が多分に影響し、生命を活かす発想と委縮させる感性が現れ、感受性の質が測定される。人々の喜びに生き甲斐を見出すか、人々は自己の手足として言うままに動かす対象かという発想に大別される。自身の体系に自信が備わる程に他者の感性を尊重する態度が生まれ自信が弱いほどに過度に能力を飾り立て対立的な感情を表し支配願望を先行する偏屈な力みの態度と現れる。

こうした性質が物事への謙虚さや誠実さの相違を生み、失敗への適正な態度を表せるか、成功について周りへの適正な配慮等と現れ人間性が浮かべられる。物理依存の激しい性質に大きな権限を与えるほどに自然な快適性を阻害し、歪な成長や配分の構造を招き長く大きな成長の軌道を脆弱化させる。一過的かつ急激な成長や局所の発達という偏りの激しい反応を生み、大きな全体の利益を志向されずに直接性の高い狭い範囲の成長という失敗を齎せる。即効的な感度の進行から現れる事態であり器に等しい配置に無いとギャップが鮮明に浮かびアンバランスな感性の不快感が生まれる。

こうした様相が所々に散見され、人間形成過程への材料と提供され適正な方策へ取り入れられて失敗を活かした質の上昇軌道の持続的な活動が導出される。人間像とはこうした動態の適正な姿を映し出し基本原則と纏められ人々の共感に至り支柱を持つ判断や力の集約度に反映される。寄せ集めの資源に在ってもトップの高い見識が個々に規律を与え力の統一に及んで多くの効用へと変換される。どんな全体ビジョンを作られるか、どんな根源的性質を持った主体性であるか、この2点が力の源泉となり価値を作る最も重要な要素と特定される。

借り物の見識ではすぐにメッキが剥がれ誤魔化しの心理が透けて現れその性質へ落胆が生じ求心力は瞬く間に物理性の原理を多用した支配の手法に染められる。トップの体から染み出す見識以上の資源は集まらず、或いは動きを生み出せず、器に応じた組織の成長が見込まれる。長期に渡り磨き抜かれた文化の型枠に根源的な執着を見せこれを掴むほどに外界へ確かな見識を投じられ幾代にも及び自主内発の変化を率いる根幹原理と生き続ける。

普遍原理の探究と効用

普遍原理の探究と効用

争いが生じる因果の実感についても、個別と共通部分が生まれる事に思われます。そうした中でも、共通的な部分の見解を深めて、事前型の対処や予防に連なる施策を投じる事が、賢明な人間の創造性であり、こうした焦点に絞り、多くの人の実感に及ぶ有用な知を提供する事も、文化政策の一環に及びます。

戦争やテロという最悪的場面ばかりへと視点が及んで、これに連なる原因の分析が進められないと、偏ったエネルギーを投じる課題と対処の活動に成り、上位の理念に対して有効な施策と乖離した割合感覚が作られる。こうした点からも、文化ビジョンという普遍的な価値を揃える試みが全体と個別との適正な配置を作る事に連なり、歴史の教訓を生かし所々で集約を持ち、質を整え量を展開する作為が重要な意味を持つ。

創造性の基本体系には、下限的事象と積極的創造性と両面の因果を抑えた包括的な体系を全体観と備える事が、共生感情を根に持つ人間の理性を表し、この構造を万人的統一の感性に押し上げる事が、まずもって必要に思われます。

この枠組みにおける下限事象の一つが「戦争やテロ」と配され、欲望と充足という前進性の創造との相関で原因が特定され、マイナスとプラスの適正な調和を見出す所に、健全な歩みが作られる。このような思索が及ばない行為は、責任感覚を欠いた過剰な欲望と認識され、欲望と力と責任の均衡という尺度を目安にして、過不足を勘案し、適正な創造に及ばせる事が、人間性と描き出されます。

こうした観念体系が、前進性の軌道に対して下に働く重力と備わり、地に着いた発想を引き出し、楽観と悲観を内蔵して適正な技術の投入や表現内容を作る事に及んで、外界との良好な関係を形成するものとなる。

部分ばかりに注力し、大枠観を見失う事は、制御不能な姿を表し、痩せ細りの発想やエネルギーを投じられ、健全な感性を損なわれる。歴史からの教訓から学びを経て更に向上心を常にした生産性に在って未来への志向性を加えた集約体系を作り、確かな価値を備えた力強い判断が齎される。

以上のような点が、根源性への問いと答えや全体観を創り上げる意義となり、観念と感覚の確かな実感に及ぶ整合性をもった規則性へと連なり、精神と肉体の正常な絡まりと映り、そこに健全な感受性を根にした人間性が現れる。

物的感覚性の感度が高まる今日の状態に於いては、尚更に、このような感性が望まれ、下限事象の予防的意味を持ち、戦争などという極端な事態に及ばない為にも、包括的な同一感性に及ばせる事が有意義であると考えます。

人々の実感に自然に入るような汎用的なフレームを整え、根源的な感受性を揃えて、相互の誤解や思いこみ等による傲慢な態度への戒めと働き、不快事象の減少と快適性の増進へと連ねる基本的な志向性の具体的な取り組みと位置づけられる。時間や空間の個別性に対して、時空を超える共通の原理と高まり適正な調和を見出す事が先人からの意思に成り未来に繋げる責務が課せられる。