1)根源性の問いと伝承

学校教育における歴史等から、公的な見解の統一認識が生まれ、過去の実績を踏まえた理論を作り未来を形成する道筋に、一定空間の秩序の持続性が叶い、人々からの認知と合意や共感の力が注ぎ込まれる。こうした理屈の立て方に、一定の健全性が備えられる。義務教育には、この面に重心が取られて空間の価値を繋ぐ感性が形成される。高等教育等で更に精緻な研究を進める事も自由であり、しかし過剰に過去の知を他者に強要して、未来型の力を抑制させる事には疑問が浮かび上がり、重要な焦点の割合感覚を欠いて利己的優位性への志向から必要以上に未来を縛る事のない適正感があって健全な精神を根にする協働や共生の秩序が進行する。重要なのは現況と未来への力であり、過去の習慣や慣習を殊更大きく縛るような態度に至っては、どこに動機や意図があるのかに疑念が及び人格への不信と現れる。学歴偏重的な基準の形成からの負の側面と浮かび、現在の課題や問題意識からの生産性を弱め、不毛な根拠を充て前進軌道を劣らせる事に及ばないよう、感覚的な質感に重心を持った創造性に適正な主体性像が描き出される。主要なポイントを抑えたら、実践の中で感覚や感受性を体験し、基準に反映させるサイクルを基調にして生産活動を展開するのが、現況と未来型の活動に在り新設の発見を自らの体験で掴み、それを根にして基準を作り課題に対峙する対象との交流作法に未来を拓く活動の実感が現れる。過去の知識はこれに資する事で在って有用な意味を持ち過去とは異なる諸条件の相違から必ずしも現代には合わない部分がいくつも現れる。そうした中でも、根幹的な性質の良いと思われる部分は義務教育に組み込まれ、万人の皮膚感に備えられて現況と未来を作る基盤に形成される。このような捉え方に適正な感覚が現れ、必要以上に過去に縛りを受ける事無く自由闊達な創造性に於いて健全な精神と肉体が形成される。根っこの取り違いや悪用や自己肯定性の強化から他者へ強いるような感性では健康な精神は浮かび上がらずどこか一部の人々に強い勘違いの専門性や態度を表す場面が散見されます。公務員等の役人感覚にバランスの欠いた精神性が強いと創造の伸びを停滞させ、環境の変化への後追い体質が強まり様子見で受動性の強い提案力に欠けるスタイルに終始される。あまり良い感性には映らず、時代環境に適さない振る舞いに及ぶ事無く活動型の生産志向が増進されて良質な根源の感性を落とさずに表層の事象を作る主体性が生まれる。根本概念に焦点を取って探求し描き出す活動の意図はこうした理性から生まれ、歪な動機に寄らない真っ直ぐな先人の意思に濁りを与えず、正確に吸収するとともに健全性を継承し、現代と未来に対峙する根源の力と配される。良好な価値は確かに受け継ぎ根幹の原理と及んで力強い生産者が形成され、それが代々に残って厚みに成り基盤の確かな自由が促進される。教育者や公務員と同じような過去の知識を精緻に吸収する事を必要以上に課す事無く多彩な生産性の理解が弱いと偏狭な世界を押しつけダイナミックな創造力を停滞させる。過去現代未来における未来型に重心を備える規則性に健全な精神と肉体が現れる。こうした点が頭寄りの弊害という言葉の意味する内容と表され根源感性が確認されて適当な人間像が強調されて秩序の良質性へと連なるように思われます。こうした点を抑えた多様性への志向という感性に在って、適当な根を持つ表現の良質性や寛容性が生まれる事に適正感が生まれ要求ばかりで責任感覚が劣る事には、気ままな物性の青天井的な狂った姿にも映し出されます。ここからは実害が多々生まれ適度な縛りが必須とされる。根を壊す悪性と根を備えた挑戦者とは似て非なるものであり健全な感性から峻別して的確な対処が求められる。

全体ビジョンと規範体系

人の足跡を辿る事は実績という確かな因果を抑えた確実性があり大きな怪我をせずに済む着実な足取りとも言える。先達の未知なる挑戦の末に築かれた恩恵を授かり最小のリスクでリターンを得る方法と提供される。未知なる試練を回避するだけに、リターンを大きく得る事は無くそこそこの果実で在る事が必須と成りそれを踏まえた配分の適正を感じ取る感性が試される。他者の挑戦の蓄積に基づいた挑戦による成果の入手に過剰な要望を見せずに適当な客観評価を取れるかに健全な感性の所在が確認される。人が懸命に未知なる挑戦を経ている事を脇で様子を見ながらその足取りを伺い程良い所で出ていくとなると、創り上げる当初から身を投じずに成果に近づいた所でのこのこと姿を表し分け前を貰う実態に成り、もらえる配分も当然にエネルギーに比例したものとなって健全な秩序が保たれる。

タダ乗りや盗みという行為はこうした原理に基づく不快事象であり他者のエネルギーを投じさせ搾取する性格に成る。資本主義等の物性へ偏した生産性の本質はリスクとリターンの観点から適正が算定される。技術の形成と物性の投資における健全な感性による相互関係を見出す事が歪んだ資本主義への深まりを回避して歪んだ経済体質に陥らない為の重要管理点に上がり、その方法に各種法律が整備され健全な道筋を補完する作用と描き出される。こうした健全な動機に基づく法律を当初の意図と離れて悪用する人間が現れる。技術の開発と運用にも同様の性格が生まれ、土台になるのは健全な人間像を起点に、それを補完する二次的な技術の構えを崩す事無く知的犯罪への対処や予防の施策が重要な力の成長に欠かせない。機能と人格の相関を取り違える事無く、或いは機能ばかりに偏して元々の価値への認識が弱いと、根の備わらない技術の利用に陥って確かな人間像を持たない利己的な非社会性が増進する。規範体系を作るに際しては機能的な階層の合理性とそれを制御する主体性の在り方という人格面を表す面とが備わって健全な体系が描き出される。個々人の多様性を尊重する一方で、変容しづらい価値の同質性の面を創り上げそれを明示して機能の適正を縛る事が少なからず必要になり、機能面だけを明示して人格面が曖昧であると社会の秩序は収拾が付かない無法地帯に及び、資本主義の誤った特性が進行する。自由主義の捉え方を誤ると、人格の弱い物理世界が現れ頭と体と精神面が分断し、制御の弱い感覚面が増進し健全な感性を欠いた産業経済社会の軌道が進行する。こうした焦点が強調されてインフラの確たる基盤が備わり気の振れた一過的力の増進に制御が掛かり軌道を外さない歩みが望まれる。何を成果とするか、欲望の在り方への適正を問い、その充足を遂げる向きのサイクルが内蔵されて、外界への適当な力を投じる事に至って正常な文化や文明の足取りが形成される。こうした根本感性の脆弱化には赤信号がともり、一部のいかれた性質を抑制させる取り組みが欠かせない施策に成り、直接に関係しない事も間接的な因果で回り、自身の利害に遅からず到達する。社会システム上の構造改革等の中局且つ大局的な状態からの影響は大きく個別局所の事象に影響が及び、停滞させる事は万人的なマイナスを招き適正な構造への改良は待ったの無い課題であり力と権限と責任の均衡を目途に過不足の修正を果たす事が良好な人格を維持促進する上での機能的な更新と位置づけられる。健康なエネルギーの投下とリターンの適正循環へ連なる仕組みの形成が人格の健全性を作る上での枠組みとなり性質と構造の相関や適正を見出す観点が社会の中心的な視点と定まり如何なる時代に於いても優先的に目線が向かう一丁目一番地とされる。こうした輪郭が万人的に揃えられ大きな全体ビジョンの統一の上に建設的な創造や表現に至って根本のインフラの良質性が持続する。様子見ではいられない関わりが進行しエネルギーを投じてリターンを得る自然な循環が強まって健全性が向上する。全体ビジョンと規範体系の構造における基本的な在り方への同質性が揃う程に下位焦点への同質性に及び、利害の統一性へ及んで、空回りの議論や小手先の保身策が改善され本筋の力へ集約する事に思われます。健全な人間像を持たない生産はいくら一生懸命力を投じても良好な成果を遂げるには至らず良質の上に量を投じる構造が必須の創造性と描かれます。過去の歴史で作られた正負の側面に対して恨み辛みを晴らす為の生産からは真なる価値が増進されず純粋な生産ビジョンの上にエネルギーを注ぐ軌道に在って真の力が集まり文化文明への道筋に乗っかる。負を殊更に後世に告げる事の意義がどこに在るのか、正への軌道上に配されてその行為にプラスの価値が生まれる。自己の不快性のエゴを後にそのまま繋げる行為は後世へのプラスには及ばず、持続的成長概念と離れた自己の消費的な生産性と解される。