集団的自衛力の強化策

2-4学者の自己満足か、有効な手段か

人間像についてある程度の統一的な共通性を探り主体性像と保有されそれが規律に成り各種の事象に反映されている。社会活動の根源的な表し方に成り、哲学や文化という領域の主要な探究と絞り込まれます。しかし多種多様な個別性を持つ人々の性格を集約する作業は容易ではなくどこに共通性を見出すか、無限の想定が置かれる。そうした中で生命に直結するような感受性の高まる場面での判断に本能的な性質が現れ、そこに人間像を取りだす事が変容しづらい生き物の特性を映す事に及ぶ。集団的自衛権という今日的なテーマとの相関から人間像を探る切り口が以下のように上げられます。「相手方はどうあれ、自分はこうする」という意思を表現する行為と、それを見た相手方が「どういう反応を示すか」この相関の根拠に過去の規則性と現在の状態とそこから予見する未来の行為への想像が及ぶ。過去から映し出される相手方の性質へ自身の態度を投じてどのような態度に相手方が出るか。自己の善意という方法が相手方への行為に反されるか。こうした論理の中で中身に当たる個別事象の体験が配され善意ある態度を取るか、悪意を含んだ性質として構えるか。善悪の割合をどうとるか、構え方の割合に反映するか。絶対的な自己のポリシーとして善意あるままの態度を崩さない事に価値を見るか。「私は暴力を進んで用いません。しかし、攻撃された対抗します。」という各主体に在る自然権と、他者との交流から生まれる同盟関係の程度に即した主体性の在り方が想定される。自己から見る環境の変化に応じた振る舞いへの反映か、環境に関わらず一定不動の態度を堅持するか。他者と自己との区分や価値の異同割合で浮かぶ主体性の実態が現れる。自他の間で備える価値以外の価値を持ち、そこから争いを起こした事に対してその主体を肯定し命を懸けて反撃に加わるか、争いを起こす事前にその理由を伺い同意できるものであるか、単独の判断で異なる因果による行為をとり争いが深まった事へ対してまで協力すべきか、命を張る程度を経緯から導出するか、単独でどんな判断を取ろうとも一心同体と見做して体も従うか、集団的な自衛の概念と個別適用に見る数々の想定が浮かび関係性の在り方を表す内容に反映される。専門者としての知見を表す態度に留まっての判断であるか、体も用いて投じる事を約束の上に判断を取られるか、間接的な立場と当事者性の違い等も含んで表現への重みが生まれる。「頭だけは貸すが体は出さない」を前提に判断だけを渡す事へ他者が従うか、当事者となる覚悟を持った表現の質的な相違が信用の程度に連なる。その約束を行使する信頼性も含んで表現者と内容への力が加えられる。体を張って生み出される観念への深さや重みとなり、両面を切り離す事の困難さが生じ人間と技術の一体で実態が測定される。表現への根拠内容が確信性に及ぶものか。こうした点から方法への賛否や異同が生まれる。学者の自己満足と見做されるか、生命の存続に有効な方法と見えるか、責任感覚がどこまで伝わるか、根拠を示して他者が判断する。

2-5人間像の根源性

以上を纏めると人間には正負の性質が所与的に内在する。生を表す事は滅を生むという感性からこうした人間観が生まれ、生を作りだす事へ対する重みが形成される。即ち、自己と同様に他者の生命も尊び、それが態度に現れて健全な人間の姿が示される。自身が不快に感じる事は他者へ与える事無く、自他の生命に差はない事を起点に平等感覚が内蔵され、感覚に起こされる自然な本能とされる。こうした原理を下に各種の応用が取られ、生の増進は各人の欲望と解され、その質量に応じた効用と影響への思慮が及んで、滅に及ぶ事柄への適正な施策を併せ持つ感性に共生や協働の基本的な在り方が備えられる。他者の生命に関わる重要な判断等を提示するに際しては、確かな根拠と思える事実を集め未来の仮説を設け限りなく予見に近い事象の出現や不快事象の予防や快適性の増進を齎せる創造が望まれる。根本の感性に基づく拡張的な解釈が作られる。根っこの感性の異同が各種事象の性格を表す事に及び、この感度の質が人間性を指し示し人間像の中心要素と規定される。自身がしたように外界からの反応が返り、自己を映す鏡と成って外界が映し出される。過剰な期待や不足に対して不調和が生まれ適正へのエネルギーが注がれ調和へと運ばれる。物性の原理と心理性の反応とが絡みを持って現れ物理性への依存が進むほどに、心理的な感性は下落し生を作る事への重みが減少して無秩序な創造性が出現する。各種の犯罪規定を超え外界への要求を強めるという一方向的な暴走に至り、人間性の備わらない人格破綻者が生み出される。こうした想定に及ばぬように各種の箍が設けられ、適正な対処を持って質の下落を防ぐ事が社会の健全性の維持と向上に不可欠な創造と配される。無法者や人格破綻者を野放しにする事無く必ず制裁を与え負の拡大を起こさない為の一人ひとりの感性が望まれ、根源的な感性の下落を予防する施策が随時に展開されて確たる基盤を備えた自由の躍動性が許容される。こうした共通価値による集団的な自衛力の強化が欠かせない取り組みに思われます。

自己の体系が固まらない内に社会的影響力の強い立場に置かれ、言う事とやる事が間逆になるようでは適材適所とは言えず、未成熟な人格を間違えて選択したという検証結果に及ぶ。体から対象に対峙し肌身を通して頭で観念体系が作られ、それを言葉に表す過程に正常な軌道が映し出され言葉と行為に整合のとれた活動者が生まれる。この標準とかけ離れるほどに精神分裂の姿が生まれ、生を投じる事に対する滅への配慮どころではなく共生感情の劣る利己的な人格が露わになる。ここから負の影響が拡散され物理的な力の原理が進行し作られた法もお飾りで外界へばかり要求し自己を縛る事のない一方向の欲望の実態に及ぶ。少々極端な描写に成りますが悪性の因果を示すポイントは抑えられている事に思います。これへの対処や予防が人間像の形成や表現であり少なからず良い作用を齎せる事と考えます。

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