人間は他の動物と特段異なる特徴として、欲望を充足する為に言葉を作り用いる事が出来る能力を持つ。感覚を記号に置き換え他者との同一感覚を頭脳で理解し、感覚で得る為の協働生産方法を考え実施する過程と映し出されます。生物物理感覚と心理的な感覚に大別され、前者は身体構造上の特性から生まれる必要な栄養の吸収や身体器官が感じとる働きを指し、後者は人や自然から抱く情緒的な心象を指し、喜怒哀楽を主にした情動と現れる。
この二つの感覚と混合的な状態を主にして、手振り身振り、言葉や概念、関係性、論理、体系等に示し、快適や不快という感覚を人々へ知らせ、良好な感覚を抱けるように働きかける技術や、一緒に快適を得る事やより大きな快適を意図した方法へ思索が進められる。つまり、欲望と充足という活動に集約されその中で言語という道具が発達し多種多彩で高度な充足方法が発達した。
しかしながら、その弊害や逆効果がしばしば現れる。自己の感覚とそれを表す記号に対して他者との異同が生まれ、違いについて丁寧な意思疎通の反復を持って次第に同一性が高まる過程の認識が疎かになると、一方向の思いこみが強まり、相手方の感覚を良く伺わずに強要するような力へと及び、そこから心理面の不快が生じる。それへの反応を適度に取り感覚の同一性へと及ばせる事が人と人との協働生産活動に上げられる。この自然反応を物的力の格差等から一方向性が固定化して各人の自然反応を停滞させる等の状態が現れる。物性力で心理面を抑圧し一方の意思を強め充足する流れが作られる。
この感覚的な欲求の制御性の弱まりと、心理面で得られる快適性への欲求が減少し動物的な感性を増進させる生存本能が現れる。別の角度で言うと感覚や感受性に一次的な側面があり、言葉や概念は二次的な道具の性格に在り、前者の欲求と質量が後者の用い方に現れる。後者を過度に先行して前者を得るという主体側の意思を積極的に叶える作法が進み欲求の前のめりとも伺える自体が出現する。
各種専門性という領域化が生まれる。これは欲望に対して有効に叶える方法と配される創造性を指し、どんな欲望と充足に在るかについて、自他の認識の異同を掴み有効な付加価値の向上を意図する事が専門供給者の持続的生産と生存への原理と描かれる。欲望という理想とそれを叶える方法の構図に現況という概念を取り入れ方法の段階的な構成を持って、有効に実感を浮かべるという工夫が図られて、欲望を確かに叶える丁寧な質感が形成される。
これを怠る程に供給側の一方向的な態度が強まり言語や概念ばかりを先行され感覚的な実感の不明瞭な表現の生産性が映しだされる。こうした面が、今日的な言語文化のマイナス面と現れ、感覚面への丁寧な質感を形成する意識が注がれて、各種専門的方法の良質化へ運ぶ事が課題とされる。頭脳へ偏した習慣や規則性に身体的感覚面が強調されて供給と需要の適正に漕ぎ着け良好な心理的感情を意図する活動に及んで物性と理性の適度な感性が生み出される。
道具の発達と依存から身体面の未活用や衰弱に対して各種の不快な感受性が起こり、生産事物や自己の客観認識を進めて外界との適正を見出す方法へエネルギーを注ぎ適正な調和を作る姿に健康な精神と肉体を備える人間の実感が生まれます。このような根源的な観点が抽出されて専門分化した生産にしっかりと大地を掴み栄養を吸収する根を張った健全な人間生活の基盤を作る事に落ち着きある精神の安定と適度な挑戦の躍動的な活動に及ぶ。
持続的永続への循環世界を意図するビジョンが示され長期的な視野を含んだ人間を作り込む焦点を含んだ調和に在って健全な主体性が生み出される。作った道具が余りにも力を持ち、それに振り回される事態や縛られる実態が現れ人間の意思が制約される。本来的な目的と乖離した状態へ深まり悪用へ走る事無く、初動的な点に立ち返り事柄の重心を再認識の上に適当な序列と評価を見出す冷静な歩みに於いて健康な感受性が守られる。精神的な弱まりと生存環境の厳しさ等を背景にする現代の状態に理想的な人間像を強調して、適正な方法を見出す思索や活動が少なからず必要に思われます。