気の上がるような熱を発する主体性と、気を委縮させるエネルギーを常駐する感性とに大別され、需給構造の頻繁な対話を持つ民間事業者と、法律の厳格な適用を主にする公務員との生産的な性格の相違が傾向と映し出される。PDCAのサイクルを比較的短周期で小まめに回す規則性と、プランと実施の一方向の流れを主にする対話の回らない規則性との相違と現れ、創造性の重要点や発想力の質的相違と現れ、民間と公共の文化の違いが作られる。
広く見れば、それぞれに社会システム上に求められる作用であり、変動的な創造と固定的な縛りと、そして、両者を含んで集約的な大所から、実質的な効用を測定する感度が加えられ、感覚と観念と感受性のシステムが回り、一纏まりの動態と掴みだして全体の状態と把握され、バランスの取れた有機体像が浮かび上がる。
古典力学の概念を根にする前進性と後進性と軸足との3方向のベクトルと集合で面的な割合が生まれ、面的な動態として強弱や内実が把握される。パワーの動力は民間的な活力にあり、前例的な実績のない事柄を開拓する力が注がれて3方向を牽引する作用を備える。これに力を戻すような規制の発想が加えられ、前進に後進的作用が生まれ、軸足のベクトルが浮かび3者間の因果と描かれる。
これがある意味健全な力の作られ方に成り、創造への摩擦を持って抜けが無いか、磨き上げられ程良い制御が生まれる。しかしながら偏狭さやビジョンの相違から適当な指摘や評価に及ばず、或いは単純利害の衝突と対立という純粋原理の軌道が崩れ快適な創造を妨げる。
創造的前進性の規制といったスタンスが加えられないと部分性の重箱つつきとなり全体から見る建設的な創造性とは離れた本末転倒な対立を生み法の為の法という狭い感覚が現れる。実社会の生産的な感性とは歪の効用の出現へ意識を欠いた偏狭な世界に閉じた感性が深まって専門バカという性質が強まり、生産性の弱い柔軟性を欠いた縛ることのみの作用に陥り良好な気流を妨げる。相互的な対話に寄らない規則性からのマイナスが生まれ創造力の劣った生産者と及んで精神面の歪な性格を深められる。
上昇的なエネルギーが先んじて現象が創り出され、それを観測する二次的な立場との体質の相違をあまり開かせるようでも無用な縛りが進行し、改善の力を弱める事に在っては負の存在と知覚される。実績踏襲型の感性による基準の確かさが備わる一方で、ゼロベースの事象を作らない感覚の弱い観念過多の規則性はフローの良質性を阻害する。挑戦軌道の流れを落とさないフローの活動が常態する事に健康な精神と肉体の姿が生まれる。イレギュラーへの過敏反応へ陥らずに変化や衝突への免疫を高めた楽観型の力から良い気流を落とさない向上心が宿される。こうした活動の志向性には、時代認識の取り方が影響し適当な創造の在り方が判断される。
やらないと解らない事をやらずに留まる事へは正負のいずれの発見にも及ばず、保身型の現状維持からは何も生まれず良いも悪いも体験しながら真価を実感する動態に健全な感性が備わる。過剰ストックでフローが停滞するマイナスに着目し果敢に攻めるような作法に健全な精神が宿り肉体との有機的な連なりを持って良い感受性が作られる。ライン型の性格とスタッフに適する感性との性質の違い等が現れるものの基調は継続的な改善のエネルギーを注ぐ歩みでありそこから生まれるいずれの結果にもプラスの質感が作られる。
堂々と執り行う物事の運びに健全な精神が宿り改善志向の性質から動態の良質性が作られる。結果という質感に真は無く終わる事のない過程の健全状態が目的に上がる。詐欺や盗みは過程で見られる事象でありこのマイナス事象を生み出さない常態的な規則性が保たれよい精神状態が現れ、それが良いエネルギーを生み続け富の源泉は動態で味わう事になる。
実質的に生み出す物事と創り上げる過程の違いは現れるものの、変換過程自体がアウトプットと置かれて外界との接点も変換過程の一部に入り事象の切れない連続的な実態と掴みだされる。こうした描き方に実際性があり静態認識という質感から動態性の感度が進行して生きた人間の実感に及ぶ。貯め込むほどに守る意識へ進み動態が弱まり、後ろへ向いた発想から歪んだ精神と行為に及び健康を阻害するエネルギーを発して文化を棄損する。
安定安全は動態の活発な状態で掴みだされ成長概念とイコールの性格で融合し調和が形成される。以上のような根源観念が体に染み込んで文化が実現される。こうした状態が作られるまでにはいくつもの節目の中で根源概念と対峙して集約の定期的な機会を経て個別を繰り返す習慣から頭と体の整合性が進み、両面の区分の弱い分断から有機性へと向上し、考えず自然な反応と現れ心技体の整った人間に及ぶ。自然や人への感受性が動力になり正負の感覚を掴み真摯な対峙からより良く考える集約への思索で原則が作られ行為に反映する持続的規則性から文化の質が向上する。
自然や人への感受性が弱くなる毎に文化のサイクルが生まれずに物性の感覚で物事が作られ人間が作られない。長くだらだら感受性の弱い生産には質の向上はなく外からのエネルギーを吸収するばかりの主体性が作られ良質な芽をつぶされる。物理依存症からの損失は計り知れず世界をつまらなく回してくれる。引き際の悪さは日本文化には適さない。