様々な事に興味を持ち、どうなっているのかを探り、そして作ってみたいと意識が進んで、設計図と製造工程と、材料や工具を揃え、実際に手足を動かすと、作る手順等の試行錯誤の積み重ねに遭遇し、設計図面の変更や手順の試行を幾度と行い一応の形が整えられる。傍で見る立場での関心という時点から実際に同じ物事を作るまでには相応の経験を要しそこに於いて知るという実感が現れる。多くの生産者が体験される実際的な工程で在り知ると言う程度にも様々な水準や解釈が生まれる。こうした経験から哲学的な方法論にも思索が進められ、実質的に創り上げる物事に対して、知るや作るといった人間の基本動作の見解を深め汎用的な原理原則を設ける事へ及ぶ。この原理原則という所で他領域の生産者との同質的な接点が生まれ、創り上げる物事の違いはあっても哲学的方法で根源的な感性に触れ、同じような過程を経てきた事への推察へ及びその感覚の共有が生産者の親密感等へ現れ人間性を感じ取られる。他分野の個別的生産手順といった点には安易に立ち入る事へは慎重な態度を持つマナーが在って、他者の価値を尊重する意識が表される。ここがガサツであると対話の持続は途切れ根本感性の相違を抱く事になる。マスコミにも程度が分かれ、生産者として健全な過程の体験が適当な距離感を創り、妙な立ち入りに及ばない皮膚感覚が現れてまともな生産者と見做される。自身で作る体験を経ないと備わらない感性でありこの相違は明瞭に現れ人間性と掴みだされる。安直な情報の盗みのような手法で糧を得る習慣に在っては人間自体の質が劣り良好な対話には及ばず原理探求の純粋な刺激を相互に与える感覚が生まれない。哲学的な物事の対峙作法の実感と浮かび観念的な対話とは異なった皮膚感覚で通じる哲学と現れる。同質的な体験が当事者性を備えた対話に及び適度な距離感を作り調和する関係が生まれる。ゴミの感性はゴミしかキャッチされずこの感性の相違が幸福感の違いとなり性質の差という実感に及ぶ。物性依存に陥る程に根源的な質感が離れ噛み合う深いコミュニケーションには及ばない。領域ごとに作られる同質的な感性や他領域とも近い感性やまるで異なる感性等が現れ文化の性格が実感される。今日的には、設計と製造の分化が進み観念図面を単独でアウトプットと規定され、製造工程と分断的な感性が創り出され頭脳に偏した妙な違和感と浮かび精神面の歪んだ性質と現れ言論ばかりが慌ただしく繰り広げられ、既成事実でも作りだしたかの勘違いを取られる病理現象が見受けられる。これが現代的なサービス産業化による安易な盗みに走る負の側面と伺えます。完結的な一巡の生産に標準を持って事柄を知る感覚に健全性が生まれ、知の完成度や知の形成過程等が問われて信頼性が添えられる。小手先の発想や行為は恥を明瞭に晒し、それに気づかない深刻な出来そこないの人間が少なくない。
1)文化の実感-皮膚感覚の哲学
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