無形遺産の定義
運命共同体という発想も少なからず抱かれるものの、人も自然も不動には無くマイナス的な体質に及んだものと同一歩調を保つ事は難しい。これに及ばないように不変的な原理への探究と実践の動態が描き出され、基準的な尺度に固められてその規律に則した体質の持続と向上に在って同一感性が持続し、結果的に運命共同体のような質感が浮かび上がる。
観念的な静態論理と実態的動態との整合で質実を測定する事が頭と体を持つ人々の基本的性質になり、両面の健全な作用に在って共生性を抱く感受性が持続する。観念へ偏して感覚が及ばないと空の観念が宙に浮き歪んだ行為が発生し基準尺度と離れた実態が掴みだされる。何がしかの効用を生みだすアプトプットの持続的規則性が備わり権利義務関係を持つ需給構造が生まれ、それへの真摯な対峙と実践でエネルギーの創出とリターンを叶え有機体の正常な姿や感性が持続する。現代的な生産の特徴に無形財というアウトプットが生まれこれへの一定の価値が認められ有用性の実感を持ち観念自体に効用が現れる。物性の直接的な感覚による効用と観念表現から受ける効用と、両者の混合した財の生産といった区分にアウトプットの規定が作られる。実際に用いれば効用を認めた証と成り誤魔化しようのない実測規定が生まれる。用いながら効用を認めずに対価を払わないといった倫理道徳の欠落は関係を形成する基礎の脆弱性に至り、自律尺度と適用の取れない主体との関わりは良好な反復的な関係には及ばず、物理依存の自制力の弱い性質に人間性を欠いた病が映し出される。この基盤の良質性があらゆる創造や協働、共生の根に置かれ肥満化するほどに精神と感覚が劣って物理依存の症状に及び基礎の不良な性質が増進する。生産や法律、制度等という事物も人間側の自主内発的な自制力が基礎に在って良好な関係が生まれる因果に在り劣った基礎ではあらゆる創造が歪み適当な規則性の持続には至らない。こうした意味内容に倫理や道徳という観念の実態が現れ、欲望と力と責任の均衡感覚を適当に抱く事の出来る主体に健全な心身の所在が実感される。この適正を継続的に自他から測定されて権利義務の構造が生まれその質感を個別各所の事象で検証されて過不足に対して要望や修正、合意を持って基準の更新が重ねられる。物理力を優先し理を蔑にする感性の浸透に及んでは人間性が備わらず自制力の劣った動物世界が現れる。責任意識の劣る自由主義のはき違えは持続的安定と成長の軌道は生まれず、一過性の即効的な効用に傾いた生産性が進行する。馬鹿に過剰な力を与える事が根源的な原理との乖離であり、健全な主体性像を不動の原理に固めた二次三次の応用という構図を崩さない事に真価が備えられる。こうした論理への共感や有用性を抱かれれば一定の価値が発生し一種の無形財という性質が生まれる。価値に生命力を強める事が不変原理の実態化と解され、観念と感覚の質感を高めて真価を獲得する規則性と進行して健全思想の実態性が作られる。個々人、集団、システムといった主体の範囲を特定しそこに求められる期待と客観的な尺度を設けて測定する仕組みの構築が欠かせず影響力が増進するほどに透明な情報開示と共に期待質量が増して対応能力が求められる。適正感に及ばなければ範囲を削り均衡へと是正して適正調和が叶えられる。これが自制力の意味を指し他者の求めに寄らない自己制御に在って求心力や信頼感を作り模範的な主体性の認識が生まれる。自らの実態を積極的に公平公正に外界に示して内外との緊張感を課しコントロールされる自己完結性の高い性質を備えられる。このような観念体系に文化の中枢的な側面が浮かび上がり良好な生命体の本質的な要素と固められそこに快適感を抱き自然な合意形成が進行して長期に渡る規律と作用する。社会の自然律が粛々と作動して健全な有機体の遺伝子に備わり無形の財と固まる。無形遺産の定義と提起されます。負の遺産も場合によっては特定し後世へのプラス材料へと変換する作業も有用に思われます。初めに在りきではない運命共同体への道とも伺えます。