1)因果応報
快適や不快という言葉は、生物的・物理的な反応から生まれる感覚を指し、人という生物や動物の器官作用におけるプラスマイナスの事象と抱かれます。これに人と人との間で生まれる両者の心理的な良好性を抱く感情が生まれ、基準的な平等感覚を下にプラスやマイナスの誤差が生まれる。期待に対する効用の一致に普通という感覚が現れ、期待よりも少ないと怒と哀、期待よりも多いと喜楽といった相手方に対する感情が生じる。単純抽象化する生物物理性と心理性の因果と表される。
こうした中で、各自の生物物理的欲望の起こりに、共通的欲望を持ち、有効に充足する方法へと及んで、協働生産や共生の在り方へと進行し、心理的な良好性の為に、平等の観念をベースにして公平公正なエネルギーの投入と成果の産出と分配の在り方が求められる。この面に理性という概念が備わり、基準尺度の形成と適用の適正を図り人と人との快適への欲望が生まれる。
人間という概念は、こうした中で浮かび上がり、理性を備える感性の所在が確認されると、一方向的な願望を無理強いする性格にはない、自己と相手方の意思や欲望を適正に見出そうという志向性や価値観をもつ対象と認識される。共通の欲望とそれを叶える有効な方法と、方法に当たる各自のエネルギーの質量という点から、納得性に及ぶ成果の分配を成し、持続的な改善の発想を基調にもって欲望の質量の上昇と充足の向上へと探究が進められる。創造性よりも吸収へと意識が向かう程に、欲望を叶える有効な方法への熱が弱まり、分配が減少するか、物的力の方法を多用する反応が強まり、心理的な感性の充足よりも物的合理性の感度が進み、人と人における感受性よりも、生物物理的感覚が深まり、機械的合理性の割合が増す。人間という性質よりも、動物的な快不快感に鋭敏になり、少しの違いに敏感な態度が現れ、相互的利益への志向よりも単独的な快適への執着に及ぶ。この動的流れの増進に在るのが、近代的な合理性を起点にする現代までの基調となり、欲望の画一性と単独性や無機質性という性質が創り出された。頭に寄った手足との分断的な作業性が進行して、物的力による支配や制御の生産性へと到達し、感覚と頭の連ならない歪な体質が作られる。これへの反作用が少しずつ現れ、人と人との生身の良好な感受性への欲望が起こり、心理的な充実への発想が生じて、上述のような意味の理性への価値が高揚し、物性と理性との程良い在り方へと欲望が向けられる。
こうした過程から集約される価値観が、本書で言う「健全性」であり、科学技術と人間との実際的な体験と検証によって生まれた本能的な感受性と現れ、物的一面への感覚を望まない心理的な欲望の強い動物である事が確認される。歴史からの成果とも伺え、成長という概念の適用が適正に思われます。経済先進国と呼ばれる人々における共通的な体験と学びのように推察されます。こうして出来る根源的基盤が普遍的原理に配されて、一定の人間像への共通性が高まり、それを根にして二次三次の原理へ反映する因果へ連なる。
一定の我慢を覚え制御力が高まり、技術等の投入に対して多彩な因果の実感を浮かべ、正負の勘案力が進み、適度な準備や配慮を事前的に整えた生産に及び、そして新たな知見を得ながら、事前型の知恵が積る。それを定期的に集約して規律を与え、高度な抽象原理へと昇華させ、量から質の形成と質の上昇と量の展開の周期が生まれる。根源的基準の更新は各種の規定に方針を与え、構造の改革へと連鎖して、個別事象の変化に及ぶ。
以上のような長期の時間や空間の範囲で浮かべられる外界と主体を含んだ対象の現象化と映し出され、一定の未来形成へのビジョンに配されて、大きな狂いに及ばない健全性を基盤にする自律と共生の創造世界が描き出される。欲望の質量の上昇には、それを叶える力や方法が要り、そして各種の影響を実感する多変数の学びを持った責任感の行使により、健康な主体性の形成と認識が進められる。自己と他者との認識の異同が態度に現れ、刺激と反応の軋轢へ及ぶ。物性に過度な依存をした調和策では、万人的な納得感は得られず、良好な理性の実感に至って支持や協力、協働や共生の適正が進められる。独り善がりの物性へは、確固とした理性を持って反応する人間性が生まれ下限的な規定を守る力が進む。自主内発の良心を求める本能が短絡な力に回らない人間の背骨と備わり普遍の原理と固められる。馬鹿は必ず報いを受ける因果応報の原理が強化される。