健康な人間の感性は、「ごちゃごちゃ言わずにやってみろ」であり、これを基礎に質実を見る感覚が適正と映し出される。やり方を「ああだこうだ」説明する意識へ向かい、実際に出来ずに説得力のない姿には表現の価値が与えられず、自身でやってみて感覚を通した観念が現れてピタリと合った表現に及び内外の一致した正常感覚が生まれる。この筋道を基盤にもって物事の真価を付ける秩序に持続的安定と成長の理念を実現する方法が現れる。この前段に欲望と充足の構造が備わり何を望むかが予め定まる事と、やりながら生まれる欲望の発見や出来る事の発見が実施工程の中で浮かび上がる事に分かれ、動態状態で特定の静態が浮かび動態で実施する実像が描き出される。
これと乖離して頭に偏した説明先行に実際と離れた観念が表され感覚と頭脳の分断が生まれ違和感が生じる。頭に寄り過ぎず体を軸にする活動に適正が作られる因果と示され現代的な不調和の原因に是正が加えられ欲望過多の創造に調整が取られ健康な感受性へと修復され適当な表現者の姿になって不適当な対価を要求する感度の不調和が是正される。原理創造型の純粋性が高まる程に価値の根源へと辿り着き事柄の真価の正しい序列が生まれ質実の健全な感性が内蔵され、得る事への執着から創り上げる過程の適正さに焦点が及びストックとフローの適正な工程が生まれる。
このように体から創り上げる事への適正という面が示されて実の高まる職域や領域に連なり感覚と観念の整合と良好な感受性をもつ人間が作られる。対象範囲が広がる程に体と頭の開きが生まれそれを補う為に分業が取られ質実の合うサイズを持ち工程内の役割が明瞭になり工程間の連なりで全体のアウトプットが完結する。これがシステム概念と表され有機的な状態が整って一つの領域の生き物としての性能が計りだされる。有形財のみならず無形財という概念も適正に整える必要が生まれ体と頭と感受性に見られる健全な姿を原理にアウトプットを想定して変換工程とインプットの状態から適正な創造が表される。頭から創り上げる弊害への認識を強調しこれらの概念が自然と皮膚感覚に内蔵され適当な感性を備える人間が作り込まれる。これとの乖離から犯罪感覚の劣った行為が多産し負の影響を広げられる。
盗みを盗みと思わない歪んだ常識が負の根源であり、こうした感度の劣りに適正な反応が生まれないと、負の慢性化と被害の進行に箍が作られず、悪性の文化へと堕落する因果と示されます。以上のように、創造の基本原理、対象範囲の広がりと分業、無形財の生産規定、悪性の因果といった点が抑えられて活動の適正と人間の健全性への肝が示され、原理創造型の世界観の実現工程と言い換えられます。つまり創り上げる物事と方法と検証で実感に到達する表現に価値が生まれる。
このような表現を求められる人々も少なくないように感じられます。一つの潜在的顕在的なニーズに対するアウトプットとして適正な観念を作り実際との整合へ及ばせ、投じるエネルギーへの適正なリターンが生まれて納得感の高い調和に至って平和への道と描き出されます。抽象観念に留まらず実質的な質感を抱ける文化活動であって実りのある表現へ及び行動原理と固められます。腑抜けに過剰な報酬を与える事無く適材適所の配置を取れないリーダーは引きずり落とす事が欠かせない。