動物を玩具にするような感性は不快感が現れる。自分よりも弱い対象を気ままな欲望から自由に従わせ楽しむような態度に根本的な精神の堕落や奢りといった醜さが映し出される。頭の操作に偏して体を用いて生産する習慣と離れた感性には、どこか歪で異様な趣味の悪い姿と映される。
情報や知識という無形財の生産を生業にする第三次産業の規則性から出現する生命観の劣りが醜さを生む原因であり、道具の発展と多用や精度の劣る曖昧なノウハウを売る騙し的な生産の安直的な財の入手の形態が身体感覚の活用を縮小させて精神面の歪みを作られる。近代化という原理の行き着く負の側面となり犯罪感覚や美感の劣った状態と出現する。
この軌道に対して抜本的な変化を見出す時期に在るのが、大きな時代観と捉えられ堕落からの失敗に必然の態度を表し自然浄化の循環を促進して健全性が修復される。物性を物性で守るような歪な感性の深まりに及ばせる事無く、健康な感受性に従った自然な良心を推し進める力の投じ方が正しい感性の現れであり、これを弱める事無く根源の理性に正直な反応を見せる事が現代に課せられた基本的な未来への道筋と浮かび上がる。
物的一面性の進歩史観からの脱却とも言い換えられ、この利便性や機能性の偏った成長原理に適正を与える発想が増して、作りだす事柄を総体的な観点から割合を整える大局観が望まれる。このような性格の未来志向性にあって持続的安定と成長の健全な筋道が現れ、基礎教育や社会秩序へ価値を浸透させる施策を投じて健全な人間作りというコンセプトの設定と実現に及ばせる活動が現代社会の基軸や主流と位置づけられる。物性に依存した流れを好むか、健全な主体性を作る発想を進めるか、この根本的な志向性の違いを対立軸に置き勢力の分布を作り欲望と充足の大きな図式が整えられる。