真の文化改革

気ばかり焦って結果を得たいとフラットな立ち位置から知らず知らずに前のめる事は多くの人が体験される。民間企業でも契約欲しさに過剰な期待を持たせたトラブルがしばしば生じ、業務管理と営業と顧客との間で責任問題へ発展し身銭を切って対処する等という事がある。こうした経験から次第に適正な構えが作られ、聞こえの良い表現を控えて出来る範囲の能力を鑑みて過不足の少ない説明や勧誘が執り行われる。事業の萌芽期などでは尚更、権限責任も曖昧で社内体制も整備されず、最前線の営業が力技で対処する場面が多々生まれる。大手のような分業体制が整備されない所での経験は多様な業務を吸収し柔軟さや応用力が積み重ねられ後々経験が活かされる。大手の育ちは温室化し柔軟な振る舞いや対処を取られず循環の周期が低速で縦割りの頭でガチガチの歩き方を覚えられる。

欲望から対象を見たいように見るのが人間に内蔵された習性であり、客観的なつもりが欲望からの焦点化を忘れ事実を捉えたかの規則性が進み対象の現象化への感度が深まり自己を見ずに、要望ばかりを強めるのが今日的な傾向と現れる。当該空間に培われた伝統的な主客重層の認識による自己と外界を見る自己を映す調和形成の習慣を身につけ、気の流行を鎮めて着実な前進を見出し健康な心身が創り出される。人からの指図では右から左に抜け中小の失敗を肌身に着せて実に成り、次第に適正感が作られて、ここぞで投げ込む機会を掴まれる。マージャンにも例えられ、引く所と走る所の見極めが肝に成りこうした嗅覚が動を動で感じて動を作る調和性の優れた野性感を指し、頭に偏せず体全体のしなやかさと、時に鋭敏な皮膚感を持ち市場を先導する主体性が作られる。行く所と引く所の優れた見極めが狙った獲物を適時に仕留めるアナログ感と育まれ過剰な道具に依存した生活習慣から再生を果たす事が欠かせない。身体の未利用が研ぎ澄まされた神経を弱体化し断片的な静態図面の粗雑な物性的乱用が多発し、性質の良い野性感を劣らせる事への警鐘が鳴らされる。感覚面に留まらず感受性にも派生し無機質な規則性がガサツな衝突を招かれる。

こうした体質から顕著であるのが国際派なる肩書を強調して、根や幹が定まらない情緒不安定な言動であり、根なし草や寄生虫に映りだされる。根源の精神性が育まれずに世界を知ったような立ち居振る舞いは誠に性質が悪く、付加価値を生まない負の発生源となり外界を掻き乱す。これが意外に多いのが現代社会の実像であり表層に振り回されずに盤石な根や幹を作る事が何よりも重要であり支離滅裂な人格破綻を回避する文化の所在が欠かせない。根源からの評価軸が事象の的確な現象を呼び起こし表現に健全な規律を与え確かな取捨選択を導き、夢遊病者への箍と及んで健全な発想や足取りを軽やかにさせる重軽の間違わない社会秩序が醸成される。以上のような現代社会の焦点と良質化策として文化論が作られました。時を嗅ぎわける鼻を持ち、亀のような忍耐力を備え、そしてライオンのような瞬発力を鍛え、鷹のような爪を磨き、猿のような身のこなしに及んで人間が作られる。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください