貫禄という事も対人形成に置いては重要な要素であり、相手を値踏みして足元を見られ、強い要望を表される事自体がある種の問題であり、平等思想を踏みにじった態度が生まれる因果分析を取る事から適正な人間像を描く事に及び、それへ向けた施策の発案という創造性が生まれる。いずれの側に、歪んだ精神性が見られるか、態度を示す側か、示される側か、なぜ、その態度が生まれたか、どんな方程式を備えられているか、
人間像のタイプ分けから、適正調和への個別的な施策の発案と実施という教訓に反映されて体験からの学びが実践される。これを演出というかは別にして、多くの人が現実の場面で取り入れられている振る舞いであり、生存本能を根に守りと攻めの適正な感性をいつどこで誰に対してどのような言行で表されるか、
このような焦点が人間学の実践的な応用として現れる。この観点での知的集積と体系化を創り上げる事が、文化論からの専門性の進化になり知的価値が形成されるか、生身の実践から吸収する機会を奪う事に成るか、両面を考慮して真価が計られる。過剰な先入観を作りだすか、有益な予備知識を提供する事に成るか。
しかしながら、過去の規則性の集約的なデータを表す事にも正負の作用が生み出される。先入観をあまり備えずに、自身の論理で場と交わり、能動的な前進性の動態性から実質的な事象を生みだし、予備知識が動きへの制約と働いて動きを鈍くするという面が多分に現れ、ストック的な過去の知識を吸収する事にもプラス・マイナスの側面が映し出される。
感覚側からの体験を先行してきた規則性と、頭脳寄りの吸収を重視されてきた規則性といったタイプで区分される。こうした想定の上で、適度な動態を創り上げる人間像が描かれて、大きな危機への回避と同時に創造性を達して欲望と充足の動態を築く事によって心身の適当な状態を持つ主体性が生まれる。
中小の失敗は学びの機会となり生きた知恵と用いられる。この感覚を基礎に添えた活動の軌道に停滞感に陥らないフロー型の規則性が備わり機動的な筋肉質な発想や行為が現れる。問題を過剰に引きづらない前進性の発想や焦点へ視線が及び体験型の一次情報を創り上げる。
現代的な頭脳過多の体質は問題への過敏反応が生まれ、準備ばかりにエネルギーを注がれ、やりながら身につけるスタイルを欠いた守り的な志向性が多々浮かび、皮膚感覚の弱まりとも指摘される。細分化した感覚と失敗への免疫力の低下という面に焦点が生まれてこれを踏まえた適当な人間像による活動性を作るというコンセプトから表される観念体系が日本文化原論の基調と示されます。
マニュアルがないと出来ないという感性が意外に多く見受けられ、これに染まった受動的な感性を頭脳過多体質からしばしば感じられます。この性質が現代社会の中枢的な所に備わりその弊害が各面に現れているようにも思えます。根本的な原理を備えると自主内発的な創造性へと応用が生まれる。体から創り上げられた根幹原理であるほどに汎用力が備わり力強い動態が表される。