1-2問題の焦点と基礎教養概念の重要性

市場原理主義という表現も根源的な人間の欲望への思索を経て創り上げられた概念とは異なって見えます。市場は物理欲望のみならず情緒性の欲望も備わりこれらを充足する自由な選択性の下に対話が作られる場所と方法が市場原理という概念でありどこか片手落ちの完成度の弱い観念構成という感を受け頭脳的な学者先生による実像と離れた表現と映ります。どこの原理を出発点とするかが起源になり、二次三次の加工度の高い観念を下にするほどに一次体験面の事象を飛び越えた概念と法則が描き出され真相と離れた表現が生まれる。このような意味の基礎教養の厚みが弱いと歪な専門領域が生まれ、人間への根本的な取り違えを前提に領域の概念形成が進み供給の利己性へと偏して他利の提供よりも過剰な自利への願望という姿と現れ、不快や不調和を招き健康な気流を停滞させる。総合基礎教育の丁寧な充実が良好な根や基盤を作り一見遠回りのようで着実な前進を齎せる。人間の深みある思索を経ないと分化される概念に、精神的不安定な地に着かない論理が現れ言葉ばかりが踊り歪な態度を表される。基盤面の不確かさは二次三次の原理の欠陥を作り領域の痩せ細った性質と現れる。経済や政治という概念と人間の根源性の相関をしっかり掴みだす土台と基幹論理に至って枝葉や実という成果に及ぶ規則性が生まれ、根の不良は力んだ創造を齎せる。基礎教養としての文化論の良質性が良好な専門性へと反映される。現代的な物性依存や過度な管理志向や頭脳寄りの体質から精神面の歪みが醜さや不快を齎し小手先の改善では留まらない根源的な人間の修正への焦点が生まれます。へんてこな学者や政治家、マスコミというバッタモン同士の空騒ぎ目に余ります。

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