管理運用能力の正しい測定

指示命令関係にみる適正の計り方も一面的な尺度にはあらず、指示者への問題か指示を受ける側に見る問題か、その上位で対象を作る側の問題か、局所と中局と大局の観点から個別事象の分析が取られて責任の割合と改善への焦点が浮かび上がる。

直接的な指示命令関係は、上位のシステムから局所の工程への任務が与えられ、それを基準として細分化された実現工程が作りだされる。頭脳的な経路の設計とその納得性から熱の入り方にも相違が生まれ、或いはそれまでの歩みに見る信頼性がシステムを稼働する力に転嫁し、頭と感覚と感情の統合で実際の生きた運動が生まれる。感覚と頭という物性的作用のみならず過去の規則性における感受性の起こり方で仕組みや運用の検証が取られ、そこでの不調和や適正が積み重ねられて、指示命令関係への円滑性や熱の投じられ方に反映し実質の成果と現れる。

現象が途切れる事はなく動的連なりの因果の止まらない状態に在るのが現実の世界であり、細かで多数の変数を感じながら所々で大きな作為が描かれ動態へ静態を与える図式にあり過去の連鎖と未来の創造で捉えられる。単純図式化の感度が進行して、頭脳寄りに陥る程に実情と離れた操作が進み、動への力んだ静を取る程に思うような静の実現には及ばず形骸化と知覚される。指示者からの熱と現場の意識が空回りするか、或いは現場の怠慢という認識に及ぶか、内部と外部への利益との適正等がポイントと備わり、提供力と対価の適正が測定されて力の強弱に反映される。

これらの大本に大局で見る現況の認識が備わりここがズレるとあらゆる場面での感度が相違し全体図面と部分工程の役割が揃わずにどこかの停滞が全体への停滞と及んでスムーズな進行を妨げる。エネルギーを投じる方向の差が生まれ全体と想定する働きと異なった動きに及び、部分への適正な対処が取られないと負のエネルギーが放置されて全体工程に影響を齎せる。利己的な願望を強められ大きなビジョンに反した動きへの適正対処が取られずに部分性の利益に偏った事業活動が生まれる。この因子を除去する判断が管理責任者の責務で在って保有するビジョンの取り方が判断への適正を作りだす。

体から作られない空のビジョンは適正な熱が投じられず、絵ばかりが煌びやかで感受性の弱い鈍感な判断で留まり実感に漕ぎ着けられない。こうした実相に突っ込んで対象を探り温度を掴み真相に近い認識が描かれる。上から見下ろすような感覚が強いと中身を見る目線が生まれず、型どおりの表面を取り内外の激しい差と現れ観測の劣りを生み事実を掴みきれず大きな問題事象として突如現れる。

取り返しのつかない失敗を生みだす因果となり一体的な皮膚感が弱いと感受性の分断した状態から予期せぬ事態を招き、低い能力という客観的な事実が露わになる。利己的性格の上っ面の取引が悪性を生むという認識が劣ると、無能な管理者が居座る集団が生まれ現場と意思疎通が図られず、強権的な対処を取る劣ったマネジメントが生まれる。投資家や資本家、体からの頭づくりに及ばない人との関係形成力の弱い感性が物性へ偏した金もうけに走り歪な発想や行為を生み大きな失敗を招いて関係の弱い所へと被害を付け回す。このような歴史の教訓が至る所にあり、それを実践出来ない傲慢な姿に厳しい反応を取る事が他者の利益と同時に自己の利益に連なる。

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