人間の不動的性質への問いと探求と実現

人間と自然という構図の下に、自然の採取や加工という生産作業を基調に、協働生産工程や分配における快適性といった欲望が生まれ充足が意図される。動態軸によると短期的な即効性を求める事から中期性の構造的な仕組み長期性の性質に対しての、望み方と実現が意図される。ここでの長期性の性質に変容しづらい共通願望が整う程に基盤の厚みと共に自由度の広がる中期や短期の高度な欲望と充足の仕組みが創り出される。つまり、根本概念という自ら望む変わりづらい制約が作られそれを土台に論理が形成されて同一価値を持つ対話が展開される。この要素を縦横構造(時空概念)で描き骨格となる芯が定まって実感性の高まりに及ぶ。こうして、安定と共に成長の健全な上昇志向の循環軌道が生まれて人類の永続的な活動の可能性が高められ根本的な側面における良質な性質を不動にした平和の道が生み出される。下限規定は比較的に大きな違いが生まれず積極策の在り方に多彩性が現れる。この違いが下限を生みだす要因に成りそれを最小限に抑える為の準積極策とも言う同一的構えを揃える事が下限の最少化と積極策の最良性を導出する想定が生まれます。ここに違和感の少ない万人共通性を作りだせるかが本書の問いであり生命の最大的躍動への挑戦が生まれます。こうした理念とビジョンの実現には堂々とした文化が必須に成り姑息な手法が不信性の感情を作り個別的な利益への過度な反応が健康な気流の妨げとなる。目先の利益から道理を外して信用を失い長期性のビジョンへのエネルギーを阻害される。局所的な利益に拘り管理発想ばかり強めて真理の探究軌道に意識が向かわないと大きな利益を作る事に及ばない。規則性から生み出される各自の性質の違いが各所での行為を分け良好なエネルギーの伸張と阻害要因が特定されてプラスの増を齎す因子が長期的な安定と成長の持続性を叶えられる。欲張りで適当な調和を作られない事がマイナス性の因子と特定される。物性へ過度に偏した不健全な制御感覚は長く見ると健全な人間の性質を破壊し悪性を創り上げる。物性への感覚と抽象観念の創造という両極の偏りに対して、健全な平等感覚を根に適正調和を導出される規則性に良好な感受性が宿り、長く良質な利益を作る人々の連鎖的上昇と循環の系が生まれる。そこには緊張と緩和の優れた感性が内在し長期性のビジョンへ近づけられる活動と見做される。このような理念とビジョンと実現へのポイントが示されその詳細な概念を各種取り上げてまいります。

頭と体と感受性

頭と体と感受性

年齢と共に身体能力が低下する事に対して頭脳の働きは下落せず、自身でやらずに口ばかりが出るようになりやっている人の手助けよりも妨げを齎す事も少なくない。こうした事象を誰もが体験され協働作業の快不快感を抱かれるのが身近な着目点に備わります。「口を出すなら自分でやれば、解ってるなら自分でやれば」という心象を持つ場合と「なるほど、言うとおりだ」という場合もありこれも一長一短のケースと現れる。

この年代と共に現れる自然形成的な事象に対して座学を中心とする知識の吸収が体よりも口先先行の行為に及びまるで年寄りのようなやらずに批判や評価する姿やもっと進んで管理したがり症候群と現れる。物事を作らずに作りだされた事を吸収する受動的な感度が固まり能動的主体性を失われる。そして短期的な結果を求める感覚の進行が繋ぎ合わせの早急な組み立ての創造性を生み、虫食い的な根っこの弱いつまみ食いと走られる。モラルを欠いたいい所どりの生産方式を作られ対人面の不信性を強め物性依存の強引な手法に及び感受性を破壊する因果と映ります。

この潮流に乗っかる事が生存のカギになるような傾向に疑問を抱き冷静な分析を充て重心の取り方に修正を持つ事が心ある人々の自然本能に思われます。身体感覚を用いず頭脳の発達に著しく偏った育成に寄る程に自身でやらずに口先が多発して快適よりも不快感を作りだす事が多いようにも感じます。こうした感覚と頭脳の働きに根本的な問題の焦点が浮かび良好な有り方を見出すのが人と人の関係形成におけるポイントと絞られる。

様々な失敗や成功の体験を積まれて適度な感覚を掴み適正調和の作り方を身につけられる事に思われます。個別ケースで多種多彩な諸条件から何が適正であるのかを一様に謳う困難さが生じるものの積み上げと抽象集約による基本則のような所は浮かび歴史からの教訓や知恵として急所を掴み未来創造における予めの備えに置かれて良好な事象を作る周期で掴みだされます。このような作業から法律や宗教や思想、四字熟語という集約された観念が作られる事を見ると自然科学と同様に心理面における規則性を抽出した科学的な知見の性格を持ち両者を明瞭に区分する困難さと映し出される。

原理に表した感性に同質感の認識や魅力が生まれるとその型枠への意識が強まり事象を生む流れが強まり人間の意思を先行した創造性となる。心理面を中心にした型枠を下に感覚のやり取りというフレームが生まれる。下限則を超えた事には必ず始末を付けて人間が維持される。いかれた人間を必ず止める事が要りここに例外はあり得ない。更に下限則と積極策と間の因果という枠組みを持って観念と感覚の程良い循環による制御から良好な感受性が生まれる。

これを基軸に健康概念を表し裏付けや補足を充て論理体系が作られます。こうして良好な調和形成に資するアウトプットと及ばせる事が本書の課題に絞り込まれます。この健康像こそが不動的なビジョンとして長期性の快適を作る原理となって安定と成長の良質なフレームが作りあげられる。身近に良く起こる焦点と解決の型式が根本の原理に至り大きなビジョンと示されて各種創造に適当な統制が生まれる。肥満体質から精神的な堕落を起こす事に厳しい反応を見せられて楽しい人間世界が作られる。腑抜けたリーダーを選ぶ事の大きな誤りが歴史の教訓と刻まれる。

教育改革のポイント

教育改革のポイント

みっともない大人の振る舞いが教育に良くない影響を齎せている。規格量産の流れが独自の主体性を形成する事への弊害に成り、短変数のライフスタイルから、感受性の痩せ細りに及んで、即効的機能へ偏した関わり方に連なり拝金型の感性が進んで中長期性を持つ正義感や恥の意識を欠いた皮膚感を強められる。金に成れば何でも良い発想の進行と言い換えられ、大規模資本の投下による単純機械性の合理性へと偏り、地域や個人の独自な価値観を失い短変数による感性の貧困化と映ります。この振る舞いが倫理道徳の弱い拝金型の人間を作り、短史眼的な機能性の感度が強まり道理や筋道という進み方の拘りを失い、詐欺や盗みになんら恥を感じない感性に至る。物性依存症の力に振り回された制御のない人格を作る。

教科書の内容云々という要素よりも、対話作法や経済産業の在り方が感性を作り、大人の振る舞いが子供に伝わり自信の弱さを伝染される。指導者的立場を意識されてか、尤もらしい論法を示したがり観念的な妄想に近い推察を御披露されるが、根本原因は恥を感じなくなった感性が悪性の原因と感じます。

指導者自体が、何を求めて良いか解らずに解らないまま適当な論理を何となく示している。相対的指標を持ち出してランキングなどを提示する事自体が根源原理を掴まれていない証左であり日本文化の基盤となる感受性を掴み、そこからのビジョンを描いてそれに資する教育プログラムという道筋に無いと根や背骨の見えない断片的な人間を作りだす。

頭に偏して感覚工程を省略すると実感が高まらず、確信的な根拠を掴まずにふらふらした頭でっかちで地に着く感受性が育たない。整合の弱い原論を示して持続性の弱い探究の姿と現れ、痩せ細りの論理で声ばかりを強めて相手を封じる態度に現れ精神的に不安定な状態の自信の弱い姿と映る。教科書の内容等よりも指導的な立場の筋を外した振る舞いや態度が歪んだ心を作る。哲学的な根本の真理を掴み確固とした筋道を得ることや、頭ばかりでなく感覚を通して物事掴む事、或いは、筋の曲がった手法を用いるほどに自信の持てない否定的な感度が増しダメ人間の自覚が生まれ慢性化して常識感に及び健全な主体性を壊され恥知らずの感度で体質化する。謙虚さは物事の深みある思索に連なり良質な性質となる。空威張り的に根拠の弱い態度は病気を示す。

根本の感受性となる世界観を体から作る事が要り、テクニカルな知識に偏すると精神分裂症のような態度と現れる。相手方の腑抜けぶりによっては致し方ないものの声を荒げて相手をねじ伏せるかの劣った対話作法を見せる。頭に偏した言論者に顕著に浮かぶ歪な性格と捉えられる。

文化の健全性

 

群れて気が大きくなる性質には大きな力を与えられない。個人の時の意識と、権力や物理力を備えた立場での意識に大きな乖離が生まれる性格は、力を利己的欲望の充足に用いられ、力に振り回されたひ弱な感性を露わにされる。これが長期的に見る人間の変容しづらい性格であり、人格の適当な形成過程を経て然るべき配置に就かせるポイントに上げられる。感覚と感受性の循環を経ない観念は血肉化された体質に成らず、頭と体の分断で歪な感受性を生みだされる。ここに、常人と外れた特殊性が現れ過度に力に依存した発想や振る舞いを見せられる。力を投じてどういう感覚や感受性が起こるかの予測が体験工程の積み重ねから経られ仮説と実施に大きな開きを生まない制御感覚が内蔵され実際の倫理道徳観が実感される。

大きな力を慢性的に抱え、いつの間にか世間の常識と離れた感覚に陥り、万人一般に課せられる制約を飛び越え、間違えに相応しい態度が取られず、誤魔化しを重ねられ歪みが深まって当たり前の常識感を作られる。こうした歴史の教訓が予めの基準に反映され資格要件となり適格性の判断が成される。基準自体の設計と適用と定期更新という持続的仕組みに在って健全性が確保される。公共機関や準公共機関や、民間の大規模組織といった影響力の大きな主体に至る程に社会的な要請が強まり、公平公正な中立的性格を持続するだけの責任が課せられる。このチャック機能が弱いか仕組み上の欠陥があるように思い浮かぶ事も少なくない。今日、道徳という事にスポットが当てられる背景にも、こうした社会問題への認識が起因し、頭と体と感受性の適当な働きが求められ、歪な精神性や適正な人格に及ぶ工程の設計へ探究が深められる。また、インターネット環境は間に入る余計な因子を削減させ高精度な情報の対話を作り、より健全な効果の上がる仕組みに連なる。個々人の意見が強まり積極的な主体性の実現環境が整い、この流れが弱まる事は考えづらく良い意味での個人化が促進される。群れて流される事無く堂々と意見を表明し、最も良いものを万人的に選出できる原理創造性が向上する。これを妙な力で塞ぎ込む歪んだ事象が生じぬよう厳正な監視が求められ阻害因子を取り除く働きも欠かせない。共通と個別の価値を変え個々人の自由の広がりと共に相応しい責任が求められ健全な自由が促進される。どんな社会的な立ち位置に在っても、それを動かすのは個人の性質に他ならず、足腰の良質な感性が根っこに在って健全なシステムが作用する。万人共通的な文化の厚みが良質性の基盤に作用する。

いくら多くの知識があろうとも、良好な感受性に基づいた利用に成らねばそれは暴力と成り人々への幸福感を与えるに及ばない。感受性の健全性が創造の第一要件になり、ここの悪性は、あらゆる創造の弊害要素に規定される。根の良質性が人格の第一条件であり、文化論という知の体系が最も重要な学問の一つに思われます。

21世紀の感性と方角

21世紀の感性と方角

単純な所有権の概念に比重を持った価値形成という所から資源の有効利用の概念へと移行する事が、力の概念の更新や健全な心身の人間像に連なり、旧来的支配の概念を超えてアウトプットの付加価値形成力を根拠にした資源の実質的支配という感覚が望まれる。自然環境に線を引き排他的な利用権を宣言し、他者の認知を取って支配権を固定化する静態構造の形成から資源を有効に活用して富を生みだす力の有無という動態性の側面に焦点を合わせる事が不毛な衝突の解決へのステップとなる。

所有から利用、産出の効用に根拠を充てて合理的な価値形成に及ばせ人間の持続的な成長軌道が現れる。つまり、こうしたコンセプトが、生命を活かすや伸ばす事への根源価値による必然的な帰結に及び、所有概念から資源を活かす事の出来るノウハウに重心を取った秩序の形成を進め、物理的力を根拠にした支配力から脱皮する事に連なる。人々への幸福感情を作りだす事の出来る力を根拠にした自然資源の取り扱いという方針で描かれ原理創造型の秩序形成や、ストックからフロー、静態から動態という志向性で健全な心身を備える人間像が創り出される。このような根源哲学を広く世界的に移行させる事が21世紀の構え方にあって単純物性型の争いを回避する道に成り理性の上昇を指し示す。政治という発想が先行し過ぎて、産業経済による富の生産という観点が弱いと、観念先行型の発想に偏り実質面への視点が及ばず、言った言わないや、過去の歴史認識の解釈等という後ろ向きな所へばかりの考えを示される。偏狭な世界観へ陥る事無く、「どうしたら生命が最も生かされるか」に基づく二次三次の原理を作る所に道が開ける。短絡的な利益に固執し守りへの執着から対立が先鋭化して上昇的な解決の案が進まない。未来ビジョンの根幹には、「人や自然の生命を活かす事」に揃え発想を深め次元の高まる人間世界が創りだされる。根源価値の厚みが進み、共通性の国という概念や個別性の概念の中身を変えて新世界を創り上げる事が相応しい。付加価値を生まない人間が過剰な欲望を表し物性に縋った発想で資源を掴もうとされる。管理発想の過度な進行の世界から脱皮するビジョンの形成に文化論が位置づけられ、内実の弱い弁論大会は程々にして健康な感受性に即した論理を高め実質へ目を向けて富を生みだす感性が必須とされる。

余剰資産に罪悪を抱かない感性は、共生感情の弱い反社会的な態度を表し、資源の稼働率から力と責任の均衡を計る事に成り、これが著しく劣っている事が資源を殺している状態であり、天の恵み等を粗末に扱う感性は、地球への背反であり長く生かす価値に及ばない。人と人、人と自然における最良の調和を果たす事が生きる価値であり神からの指令が下される。人や自然に真の利益を創り上げそこに輝かしい光が降り注ぐ。人類共通の普遍原理とされてこの精神を土台に二次三次の原理を作り真の調和が訪れる。貯め込んでどうするのですか?有るのに生かせずに他に目が行きもっと欲しがる。盗んでまで生きようとする。頭大丈夫ですか?これが正しい感性であり、心の病気が他者へも病を伝染され負の連鎖を作られる。ここが悪性の根源原因となりこれを取り除くことが欠かせない。健全な自由の概念を備えられて人間と認められる。民間のエネルギーを盗む事が行政やマスコミのお仕事ではないのでしょう。虫けらは生かしておく価値がない。

文化論のあらすじ

文化論の粗筋

問題の焦点 断言する態度への不快感は極まりなく、他者の生命に関わることに対して言いきれる感覚に無責任な規則性を辿ってこられた過去の軌跡が映し出され、表現者の根本的な人格の欠陥へと疑念が浮かび、到底重要な判断を信託するには及ばない。このような点が共生感情の質実を表し物事への深みある思索を持って表現する体質の有無を見る事に成る。動を静にする重みと言い換えられ生命観の抱き方が出発点に置かれ犯罪感覚やあらゆる創造に反映される。ゴミのようなマスコミの姿としてしばしば現れ人間作りの失敗や出来そこないといっても過言ではないでしょう。

欲望の展開 幸福感情の増進という最大公約数を表す集約観念で実感の統一を図り、共通の原理を備えて納得感を高め、良好な気流の循環を生む調和への志向が根源的な欲望に備わり、これを中心焦点に多種多彩な創造と需要の関係が生まれる。生物物理的な欲望と心理的な欲望と混合的な欲望といった細分化に及び感覚的実感に近づく事象を浮かべて概念の要素分けを取り身体感覚や頭脳の作用と感受性の起こりに客観的な有り方を思い浮かべ価値の整理が図られる。そうして実際の場面で実感を抱き頭で整理された事と感覚や感受性の起こり方との異同を掴み新たな観念の更新が繰り返される。整理する作業は自己の確かな制御感覚を高めたいとする欲望になり一種の安定と安心を求めて、予期せぬ不快を予防する行為となり生命の存続を中心に取られる理性の作用と思われます。その理性に、自身と他者の生命への感覚が生まれ悲観を抱きながら楽観を得る高度な創造へ発展する。個別的な過去の体験から重みづけや関心の程度に異同が生まれ因果の描き方に多彩性が現れる。個別性と個別性との対話から共通性が見出され、同質の因果を揃えた欲望に及んで効果的な実現のプロセスを創る工程へ進化する。これによって共生感情と実態的な協働性が生まれて質感の近い共同体の意識が生まれ生命の持続と繁栄への道筋が共有される。領域感が強まって内外という切り分けを持つか、創造の提供先との連鎖から共同体の拡大的な成長に意識が向かう傾向に現れる。自己の直接的な欲望に関心が向かうほどに外への意識は対立性の感度に及び守りの緊張関係を生み、他者の幸福感に喜びを抱く意識によると攻めの緊張を持つ。相互対話の快不快の経験から意識の割合が生まれて両面の適正を探し好感情の持続性への方策が作られる。これが単純図式化した調和形成を示し多種多様の変数を切り落としてポイントらしき所を取り上げた観念と示されます。個別多彩な形成過程と抽象模型化した頭脳表現に成り、実際の動態を如何に短期で明瞭化させ不快の予防に及ばせるかの手法にも映ります。

健康像 短期性への感度が科学技術の利用から強まる事と中長期の時をかけて創り上げられる自然な形成方法という比較で対置される。この面に対する快不快感が多くの事象の中心的な皮膚感覚に成って表現の強弱を創り、先鋭化と鈍化、急激と鈍足、細部と基軸等々の分化と統合の枠組みにおける感覚の変化が生まれる。これが損得や公平感、平等感という心象や判断に及んで善悪や美醜の判定を導出され行為に連なる。投じたエネルギーに対するお返しの調和という集約で表されその過不足から各種の快不快感に及ぶ。常態的な規則性が皮膚感を創りそれを基準に提供と需要の適正感と固まり基準と許容性の範囲が生まれる。頭脳作業に比重が高まる程に画一的単純化の感度が進み自己への甘い基準と許容性が狭まり、過度な欲望を強要する体質に及び先鋭化や対立への反応が進行し物理性を不快の対処に当てられ早急な欲望の充足を意図される。少ないエネルギーで多くの果実を得る周期性からこの傾向へ深まり適正調和の異質な感度を作る。こうした因果と対処や予防の発想から適正調和に連なる健全図面への探究が進められ人間像が表現されます。

浄化反応 今日現れる問題事象の根源原因に到達する視点とも考えられ、二極化や犯罪、テロや戦争という衝突が発生する根本の仕組みを表し、或いは、これに準じた生産や制度の性格や、感受性とその実態を計り予防や改良へと作用する事に思います。こうした観点が抜本的な施策であり上辺の施策では効用は少なく意図するビジョンの持ち方から現況と方法に違いが生まれる。肥満体質となかなか同一的な基準と適正調和には及ばず、描くビジョンの相違が現れ犯罪感覚にもだいぶ差が見られます。肉を削ぐ決断が遅れるとその感覚が基準と浸透し空間の皮膚感を作る。健康像の取り方が基準に成って描き方や抱き方から各種の事象が発生する。断言等の単純化の進行には生命観の弱まりが見られ、単細胞化した感覚による対立性を深め、物理依存や物理性自体への欲望を強めた人と人の関係に及び、感受性の衰退と感覚的即効性の体質と現れ、画一性が強まり提供よりも奪う事や犯罪への安易な一線を越える制御不能な人格破綻を創られる。この虫けらには明瞭なけじめが不可欠となる。

周期性 問題感覚が生まれ対処の動きが生まれ正常な感覚に修復する大きな周期性とも伺え社会の自然律とも言い換えられる。健康な感受性を根にそれを不動とする大きな周期性であり自然な感性に従って粛々と回す事が普遍の原理に感じます。プラスと捉えて正への流れを落とさずに推し進めて根本の原因を掴む事になり本書の文化論を実感するものと思います。

人格教育とシステム形成 体を張らずに間接性の道具に逃げる発想は精神面の劣りで在って陰でこそこそやる事から問題が複雑化する。アナログ的なひ弱さとなって正道から離れた横道の感性が進んで、これに肥満体質や精神的痩せ細りという性格を充て健康な対話の在り方へ修復するのが適当になる。お金や権力という力に踊らされて、それを制御できるだけの人間面の成長がないとアンバランスな力の利用に至って子供に力を持たせるような事態を招き負の連鎖が広がる。こうした原理を人格形成の初動に置き相応しい社会秩序の太い基軸を植え付ける事が必須となる。ここが固まらずしてはあらゆる創造に歪みが生まれひ弱な人間が多産される。これに照らして実際の社会状態を映すとマイナス因子が比較的明瞭に浮かび上がりそれへの相応しい対処が自ずと導かれる。基軸に在って良い人格と不適格な者とを峻別して適性に合った配置を創り上げる発想がインフラの良質を固め正しいエネルギーの循環系が促進される。物性依存の体質は中長期的にはマイナス影響になり誤った判断を作られ体質に浸透して戻す事の容易でない世界に及んで武力衝突に至り創り上げた物事を破壊して元の地点に逆戻りする。非合理な循環を創り上げ幸福感を増進する事にはならない。

1)中立性と偏向の解釈

主体性の概念を創るに際して、中立と偏向という概念の解釈を示す事がポイントに置かれ、以下にその捉え方を示します。観測者の役割は、健全な動機に根差して観測対象の選定と評価を伝達する作用に思います。健全な動機の解釈は対象に関わる利害関係者への利益の増進であり、需給構造を中心焦点に備えて事象の直接的な範囲と間接性の因果を想定の上に、ここに関わる利害を浮かび上がらせ、正負の影響を推し量り、正は増進、負は削減という意図をもって事象を取り上げ伝達するというフレームが予め備わり適正な動機と解される。

直接事象 間接の因果
プラス マイナス プラス マイナス
5W1H

つまり、予めの世界観が意識的か無意識のうちに備わり、良い悪い、美醜という概念を有して、対象を選択する優先順位を持ち、問題の序列感覚に沿った選定を取りプラスは増へマイナスは減へと自然反応的に論理を構成される。事の重みによって、利害関係の影響が大きくなり、それを想定して利益が最良に成るような図式を描き問題の文脈を創られる。事象の特定に一次評価の要素が含まれ更に焦点を絞って二次評価が加えられ、対策案や予防の視点に触れて良好な提案作用を持つ。健全な動機に基づく行為とは、このような感受性と論理を必然的に生み、観測者に関わらず生産者の一般的な工程と見受けられます。

偏向や中立という概念はこうした思索の上に現れ、特に利害関係の想定の取り方と影響の度合いの掴み方という作為的な操作に寄らない事実の特定における異同が生まれる事と、観測者自体の利益を勘案して意図的に特定の利害関係者に有利や不利な描き方を用いると、著しく中立性を阻害し公平公正な第三者の立場を失い信頼性を損なわれる。事実認識の違いという面と、自己の利益を含んだ評価という面がポイントに成り、本来的観測者の客観的な純粋利益の向上と離れると期待する役割を損なって権威を失墜される。

そして、予めの世界観に見る異同が生まれ良い悪いという感覚が根源的な価値を指し事柄の重みづけの違いと現れる。経済の向上する体系観、人と人との適正な在り方の体系観、人と自然の適正な在り方、及び生命観の抱き方といった根源的概念の認識が各所の価値に反映され、意識的か無意識のうちに評価の適用を成される。この範囲を含んで健全性への在り方が問われて観測行為の質が計られる。人間社会をどのような方向に持って行きたいか、この予めのビジョンを明示して主体性をお知らせした上で生産を執り行う事が対象との真摯な対峙となり、この基本尺度に忠実であることが中立性と表され、公平公正な人格の実感に及ぶ。この事からも観測者というよりも利害を持つ創造者の実態を持ち無人格の純粋な客観性とは異なり主体的な創造者となって健全な主体者の認識が生まれる。厳密にはこの意味からも自己の利益を求めた創造性にある。「偏向している」という評価はこのような論理の上に問題の指摘を限定して問いただす事が適正に思われます。

健康体への道―内股人間の改善

民主主義と自由主義の良好性を高める上では主体性の健全な心身が必須と成り、このマイナス的側面に内向きの体質が指摘される。これを直す論理を取り上げ健全な価値の運用へ連なる事でしょう。

組織に属さないと表現内容や主体性を認めないという数の単純論理は、真摯な原理創造型の感性とは若干異なり、物性へ偏した原理の捻じ曲げや成長への停滞を齎し多数決の不完全な性格と映し出される。しかし、この見方も一種の奢りに映り適正な対象との構えを持つのであれば以下のような面に問題を取り解決の手法が投じられる。

多くの人々は、採決する内容への直接的な判断と物理的な諸条件から見る利害という間接的な要素を含み判断される。平等思想を前提に構えるとどの判断にもケチを付ける事はなく表現者の訴求力や説得力へ原因を求めるのが正しい筋道と描かれます。しかしこの場合でも、平等を達するフレームの形成は最低下限の条件であり厳密性の追求は至極当然でありインフラの健全性が作られる。そして、表現内容と熱意と説得力によって支持や共感を集め数を得て実現へ漕ぎ着け欲望と力と責任の均衡状態の実感が生まれる。

大きな欲望を抱く程に力も責任も等しく求められ実現への道のりは必然的に長くなり早期の判断を得られるような事には及ばず、段階的な手順を持って数が作られる。この結果、組織力に信用が与えられ表現内容と物理力の程度に信頼感が寄せられ判断が投じられる。恐らく、このような論理に多くの健全な感覚が浮かび上がり、理想と現況と方法の図式への信用が与えられる。こうして観念と感覚の実感に近づいて実際の感受性が掴みだされて頭と体と感受性の整合した活動の実感が生まれる。

そして、より根源的健全性を求めるならば、表現があって資源が投じられ、表現から期待する効用への力という論理は崩れる事無く、物理性のみでは意味を持たず、その用いかたによる効用と充足に力が注がれる。原理創造が先行される感性が適当となり物理力に求心力を与える発想は健全な感覚と異なり、物理力が目的化される力の注ぎ方からは豊かで健全な発想を萎ませる。良質な感受性を根にする創造軌道の中で物理性を注ぐ論理は変える事はあり得ない。

この構図に照らして力の過剰な保有や遊休させる非生産性は害悪と成り、或いは物性に偏して逆の用い方という論理のあべこべについては是正されてしかるべきであり、過度な支配願望から物性への志向性が強く効用を生まない状態から不健全な感性が宿りプラス性の力より負の影響が広がり原理創造への熱が萎んで衰退のスパイラルを増進される。何の為の権力や物理性かを問い正し幸福感の増進へ資する配置換えが進められ原理創造と効用充足の実現への流れが増加する。

中央集権という管理システムによる内向き的な弊害が各所に出現し根本的な検証と改善への認識は概ね取られ力の移動や集中すべき事業への統廃合を粛々と実践する段階と見受けられます。こうして調和やプラス性の流れが加速し歪な体質からの発想が改善され健康な主体性が作られる。外へ向けた好作用を齎す力の増進を基調に内から搾り取る因子を削減させ健康体の下落への対処と維持と成長に連なる改革の筋道が適当に思います。

人間力の上昇

歴史の記述は、「いつ、どこで、誰が、なにを、どのようにした、誰に対して」とその結果の評価が取り上げられる。評価尺度には、短期、中期、長期という観点から人々の幸福感を向上させた事が示される。

この尺度の導出に理想と描かれる抽象的人間像が備わり、人間像の概念を「力の概念、主体性の概念、生命観、自然観」等々と要素分けしてここに見る適正な在り方を思い浮かべ内実が見えてくる。誰が偉かったといった記述とその集合を取り、共通の属性を抽出して原理が構成されその原理を受け継いで文化が持続する。

或いは身近な周辺の人々から映る模範的な人物が現れそれを習い自己に吸収して人間形成する実践的な方法が生まれる。そして多様な観点を学ぶ意味からも書物等の記述を読み込み身近な模範像に多様な観点を取り入れ人間像のグレードアップ等が行われ自己の人格へと練り込まれる両用的なアプローチで自己実現への探究が進行する。

この意味から言うと前者のアプローチが本書の文化論の性格に成り人間像の探究と提起を示すものに成ります。こうした事を消極的な受動性で構えるか、積極的に吸収するスタンスに立つかで、押し付けという感覚になるかどうかの線引きが生まれる。根本概念の内実はあまり異なる感覚を抱く事無く普遍的な人間の基本属性と揃えられても指し障りは少ないように思われます。いろいろな感じられ方を否定するものではありませんが、この延長に平等思想や民主主義、自由主義等の価値が現れ、概ね人々の共通常識の実感に及ぶと考えます。

特に本書で強調される概念が心身の健康という在り方を示し、今日的な弊害と浮かぶ頭脳に偏した歪な感受性への予防の視点が加えられ物理依存の発想や体質への修復策が提起されます。これが犯罪への予防や創造の健全性に連なる重要ポイントと感じられこの実感の取り方にも様々な異同が現れる事でしょう。

こうした理想概念の形成に留まらず現実の世界を踏まえて適正な方法を導出するフレームを含め実用的な形で全体が構成されます。この概念を「永続性への道」として示し理想概念へ偏らず現況に照らした方法を考え実態的な応用として生きた人間の調和形成に及び有用な学問体系が作られる。理想ばかりに偏らず実践的な力を養いしなやかで粘り強い人間形成が想定され生きた道徳が生まれる。

雲の上の世界で終始する事無く、物性での強要的な解決という短絡的方式では信用は築かれず、机上的な管理発想へ偏した権力や物理性に縋る未熟な制御によって調和を崩される。人間平等のフラットな感受性を根に畏敬の念を抱き、そこから湧きあがる気持ちに従い真摯な対峙による公明正大な原理創造の志向にあって無限の知恵が導出されここに真の評価点が与えられる。

ちいちゃく纏まる事無く多彩でユニークなアイデアを含んで人間像を描き健全な豊かさが生まれ、腹踊りの一つも見せられて一人枚に思われます。こうして理想と現況と方法や過去現在未来や主体と客体、人間と自然、頭と体と感受性というような細分化させた概念が次第に融和した一体と拡大の実感に及び、動を動で感じて動を生む調和と響き、世界の分断が統合され同質感情を根にする大きな有機体が生み出される。

永続性への道

永続性への道-持続的成長世界、健康な心身の実現世界

有る状態に対してあるべき理念が生まれその適当性が問われる。美醜を持ち美への志向へと及ぶのが正常な欲望の生まれ方であり、それを理想に、現況を捉え相応しい方法を展開するという基本の道筋が生まれる。

1.現況:美醜を併せ持つ人間、自然、

2.理想(理念)生の健全な躍動に本能的な快適感が生まれる。

力が蓄えられ怠慢が生まれ力が減少する自然循環を当たり前に回す事が健全な人間社会の維持と向上に不可欠の要所になり物理性への依存からこの反応が滞ると悪い意味の変化が進行し堕落や衰退の道を辿る。この世界に普遍的な根源性の同一感を備える事が良質な人間界を創り上げる最上位の方針と描かれる。

3.方法:この意味の平等を理念として下限への対処と積極創造を展開する事が基幹原理と抑えられ各種の創造が生まれる。怠慢を起こさない為の論理が以下のように描かれます。これを出来るかどうかに優劣の絶対性評価が付けられる。

理念の展開 (独自的主体性の形成)

・真摯な対象との対峙、フラットな感性の持続、

・犯罪に制御を持てる感覚、良心の堅持、自律心、自制心、

・均衡感覚の欠如に陥らない感覚と頭脳と感受性の適正循環

・不動的感受性を下にした感覚と頭脳の制御

・普遍的志向性:美醜併存を踏まえた美への創造軌道

・原理創造型社会観:理性先行の物理力の利用

・ストック型からフロー型の真理探究欲望の持続

・資源執着体質から外界の幸福感を発生させる事への欲望追求

適正調和形成の要諦

理念に対して対象の状態を鑑みながら適正方法を導出する事が適正調和の作法と成り一様に理念をそのまま展開する事の限界を踏まえて、方法を作り適用する事が健全な感性と示される。しかし基本となる根や背骨はしっかりと備えられて対象の悪性に同化しない主体性の堅持が健全な心身を備える人間性の持続と解されます。多種多様な対象に一様の態度を示す限界を見て段階的な振る舞いを制御して実際的な反応が作られる。このような適正策を示したのが下表に当たります。

犯罪者には犯罪者への対応を粛々と進め、良質な対象には良質な対応を返して適正調和が生まれる。ゴミはごみ、宝は宝となりこの峻別の適正に健全な感性の持続が叶えられる。立ち直りの見込みが望めるゴミにはそれなりの調整を持ち宝に変えるスタンスが寛容性となり極端な反応は少ない事でしょう。

これらの見極めが肝心であり美醜を内在する人間の性格をありのまま捉え美への軌道を基調にした好循環を高める規則性に適正な調和が持続する。犯罪者と関わる事は基本的にあり得ず、更生期間を必ず課して自浄作用を回す事が必要に思います。

根源的な悪性への対処を優先して下流への連鎖が進み合理的な手順を投じて根本からの健全性への軌道が加速する。力に相応しい責任を求める感度の作り方が生まれて個別適正を導出する方法が生まれる。小者をまともに相手にしても無駄な労力になり根っこ(本質)に力を注いで良質な成果が乗数的に作られる。このような基礎的スタンスから太い文化の感性が持続するものと思います。小人は正面に向き合えず基本理念の相違を感じます。