中心概念

「すいません。」と口癖にように用いるのが日本人の性質に見受けられ、実直な反応を見せる良質性の一方で、責任意識の希薄な人間と映し出される。「すいません。反省します。」と述べられ中身への思索と実践と記録を見せるという誓いがあって最低下限の態度が表され、その場凌ぎの堕落では話にならず子供として見下ろす態度が妥当に成り深化発展には到底及ばない。海外で「アイムソリ―」という用語を多用され素直な人格と受け取られるか、中身の弱さの不信が強まるか、両面から事柄や自他を計り感受性の質実が実感され誤った心象を与えない心持が必須とされる。

感覚と頭脳で区分される生産の規則性から感度の相違が広がり、ミクロ的作業とマクロ的操作の皮膚感が広がり対話の温度差に現れ不快が生じて感受性の乖離に及び不信が強まる流れが不調和の筋道で在り、生産の立場を固定化する弊害と現れる。良く用いる言葉が規則性から集中し、しかし温度や感度という面での割合感が作られ同じ言葉でも性質によって解釈が広がる。どんな文脈で用語を配置するかで用語の生きた実質が生まれここに行為の性格が現れる。言葉と行為の明瞭な区分を取る安直性とも言い換えられ、これらの根に感受性の質が取られて表面の形式と表される。

大きな過ちはまずはどけ座して額を地面に擦りつける態度に反省の姿が映り、そして損害を速やかに支払いマイナスが補填され修復の軌道が生まれる。これを逃げて言い訳のような自己肯定を表すほどに亀裂が深まり金銭では補えない憎しみに及び、生命を奪うような感情へと進行する。これが100対0の被害と加害の基本構造と浮かびます。実際にはこの構造は稀であり相互的な権利義務と過失の程度から応じた態度を探し調和に漕ぎ着けるケースになり、そしてこの割合感覚に生産の規則性からの感度差が生まれ折り合いが付けられず訴訟に発展し第三者による客観性を示して妥当性が図られる。

これにかけるコストを勘案すると、感度を予防する規則性へ焦点が向かい、管理的作業と感覚作業の両面を経る工程から適当な体質が形成される。そうして表される観念体系に質実の良く取れた感受性からの表現が生まれスッーと入り込む納得感の上がる言葉や文脈が作られる。プロとしての健全な心身はこれらの観点が欠かせない基盤面の同質化に上がり文化への探究が人間作りの基礎と備えられ、これの弱い専門性や技術には片手落ちの創造が生まれる。

所得格差等の事象には二次三次の副作用が現れ長い視点を取ると負の事象が想定されそれを見越した事前型の発想や行為に知恵のある人間像が示される。短絡的感度の進行による浮足立った感性は正常さを喪失した脇道へのズレと成り、物事の中心には健全な感受性を表す原理原則が配されて長期に渡る安定と繁栄の軌道が生まれる。大都会、大都市、大会社、大規模、大国等々の物理的尺度に寄った思考の規則性はビジョンという向かうべき未来像にはなく人間の良質な感性を構図の中心に取って適正な世界観が描かれる。理想図、現況図、方法図で動態的な実相を掴み理想図には普遍の真理を表して人間への道となる。中央集権という概念にも真価を見据えた感性の更新が良質な創造の第一歩と浮かび上がります。どこか、地から離れたスター気取りの匂いが漂います。

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