二重人格の歪性
馬鹿丁寧な振る舞いで上品を気取り、やる事がえげつないという方が、性質的には悪性であり、どこか逆の感性に嵌まっているかの事象も少なくない。表面と実態とを良く整合させて質実を掴むのが健全な感性であり、言葉への過敏反応は健康体から離れた異質性とも浮かび上がる。
今日的な頭脳寄りの体質に浮かぶ利己的な振る舞いは、表面が当たり障りなく、裏でこそこそ言葉と異なる働きを見せる事であり、言葉が多少荒くても実直な態度を表すのが健康で在って、妙に表向きばかりで安直な評価に及ぶ所が、感受性の劣った姿と映ります。
これが、形式上の窮屈な世界を生んで、内実の萎んだ人間像と表され、世渡り上手の小手先的な発想に及び、平気な裏で盗みや工作を用いる歪な二重人格を作りだす。道具に依存した物性感覚の進行は、アナログ面をやせ細らせ、衝突への免疫が劣りちょっとした事で過敏なヒステリーを見せられる。教育プログラムの偏りが、生身の対話を窮屈にさせて、精神的な弱さが、実直な対話に向かわずに、細部に偏した基軸の弱い人格を創り上げる。
この向きへ行き過ぎのような感じに映り、それが表面ばかりの美感によって、実態は人種差別のような行為を平気で取られる精神と感覚の分離した姿と及び、精神的な健康さを欠いた神経質な体質を深められる。教育や社会秩序の是正するべき根本の焦点であり、文化論の中心的な関心と浮かびます。