二重人格の歪性

二重人格の歪性

馬鹿丁寧な振る舞いで上品を気取り、やる事がえげつないという方が、性質的には悪性であり、どこか逆の感性に嵌まっているかの事象も少なくない。表面と実態とを良く整合させて質実を掴むのが健全な感性であり、言葉への過敏反応は健康体から離れた異質性とも浮かび上がる。

今日的な頭脳寄りの体質に浮かぶ利己的な振る舞いは、表面が当たり障りなく、裏でこそこそ言葉と異なる働きを見せる事であり、言葉が多少荒くても実直な態度を表すのが健康で在って、妙に表向きばかりで安直な評価に及ぶ所が、感受性の劣った姿と映ります。

これが、形式上の窮屈な世界を生んで、内実の萎んだ人間像と表され、世渡り上手の小手先的な発想に及び、平気な裏で盗みや工作を用いる歪な二重人格を作りだす。道具に依存した物性感覚の進行は、アナログ面をやせ細らせ、衝突への免疫が劣りちょっとした事で過敏なヒステリーを見せられる。教育プログラムの偏りが、生身の対話を窮屈にさせて、精神的な弱さが、実直な対話に向かわずに、細部に偏した基軸の弱い人格を創り上げる。

この向きへ行き過ぎのような感じに映り、それが表面ばかりの美感によって、実態は人種差別のような行為を平気で取られる精神と感覚の分離した姿と及び、精神的な健康さを欠いた神経質な体質を深められる。教育や社会秩序の是正するべき根本の焦点であり、文化論の中心的な関心と浮かびます。

マクロ的な健康ビジョン

個人が抱く思想やビジョンと実現する工程が区分されて、欲望と充足の構造が生まれる。欲望に大小が現れ比例して実現工程のボリュームが生まれ、叶えるまでの期間に反映されると共に、多種多彩な利害が生じて、それへ応える人員や資源が増え欲望と力と責任の均衡尺度からプラス・マイナスの測定に及び調和が作られる。この直接的な創造原理を基本に測定作用が生まれて適正を導出する持続的活動に及んで健全な感性を叶える完結的な全体系が掴みだされる。これが活動の全容でありどんな理念や思想を持ち、技術や需要者という焦点を限定し生みだす工程と利害が現れ、内外の調和を作り安定した生存と繁栄の軌道が生まれる。各種生産者はこの内外関係を把握し必要に応じて外部との対話を持ち要望と対応が取られる。工程の全体図を描き出し優先順位と資源を割り振り全体と部分工程の相関を掴み制御が果たされる。

文化との接点は健全理念や思想と特定生産者の活動との相関であり人々の幸福感情とそれを適正に叶える為の筋道という観点で抽出される。その評価軸が「日本文化原論」で取り上げられ、各種観点と特定領域とを比較適用して程度を掴み、負は改善、正は増進という施策が想定されます。評価軸への共感から各種領域の指針と用いられ、二次三次の創造が生み出される。このような重層的な連鎖性の関係で思想と分化によって観念と感覚の多段性が現れ、各層での実感が取られ評価や改善と循環される。このような社会的分業関係が暗黙的・明示的に執り行われ適正調和の活動と掴みだされる。

抽象                    感覚

思想、ビジョン

特定領域1

特定領域2

思想家

哲学者

芸術家

教育者

政治家

法律家

経済人、等

各種技術者

分業構造を鑑みて全体の利害関係が把握され、各立ち位置から見る全体と個を掴み適当な要望と対応の関係が生まれる。こうした感性から健全な心身が宿り個人と集団という概念を浮かべて、自立や協働、自由や制約、自律や協調という概念が備わり社会人や文化人の一員と認識される。

各種領域に対して欲望と力と責任の尺度から過不足のない健全な要望と対応を創り、活発な意見交換や発見を生み、或いは問題点が現れて良好な改善を見出し社会活動が執り行われる。各種領域において抽象性と感覚性の創造特性が生まれ、感覚と観念の有機的な連なりに在る健康な人間像から各分野の意義が把握され、相互尊重の調和に有ってバランスの良い成長軌道が持続する。恩恵を受けていながら、タダ乗りするかの無節操な態度に歪な感性が広がり適正な成長を阻害する。客観的に活動を捉える主客重要認識をもつ文化基盤が良好な主体性を創り健全な感受性を整えた根源感性の良質性に及ぶ。

物性に偏した欲望と力と責任の不均衡に対して粛々と要望を課し適正な対応を求めてしかるべきであり、この不均衡を自他から常に測定する関係に在って一定の緊張が齎され、相互の健全な感性が作られる。以上のように健康志向という理念の意味を捉え上位の普遍則と備え万人的な共通価値と固め確かな展開を結び人間の健全性が確保される。あまりに部分に偏した感性は良好な精神状態を崩された姿と映し出されこうした全体図を少なからず抑えた個別性によって適当な社会観の実現に及ぶ。こうした志向性に社会主義等という名称を充てるかは別にして当該ビジョンと実践から各種犯罪の予防と、良好な協働や共生に連なると思われます。

自身成りに中身の組み立てをされずに二次三次的な加工度の上がる観念をそのまま用いられて、事柄の本質を欠いた表現が多産される。ゼロベースからの論理に及ばないと抽象観念ばかりが一人歩きして対話の噛み合わない世界を作りだされる。感覚的な面から一次体験的な思索をへて抽象概念に纏める事が必須の概念形成作法に思われます。知ったようなつもりなって粗雑で横柄な態度を取られる所に、感覚的な体験工程の弱さが映り自利に偏して他利を提供するエネルギーの脆弱な主体性に及ばぬ振る舞いが求められる。同業者間のみならず誰もに通じる表現へ変換出来て健全な生産者や生活者としての質が上昇する。