文化の再生

文化の再生-創造の根っこ

出口の分配による調整は、無機質な合理性という単純機械性の論理を指し対人形成の愚策と成り良好な協働活動には及ばない。この単式の発想に傾く事が物性依存の人格形成を指し入口面に置いて予めの公平公正な尺度の形成と運用の方式に在って健全な感受性を基礎にした合理性が生み出される。歴史の積み重ねから入口面に置いて集約観念が創り出され、そこに在る一定の人格を示す約束が備わり内外に対する意思が表現される。この人間像とその実現に協働作業が生まれ、公明正大な尺度に基づく健全な運用の流れを進められて中長期に渡る対人上の連なりが生まれる。

予めの基盤面が脆弱であると、欲望と力と責任の不均衡による力での支配関係が押し進められ、感受性の劣った物性原理が進行して人格の弱い協働生産関係が作られる。対人形成力の劣ったトップの単純合理性による秩序形成は文化の足腰を弱められ、短変数の経済原理を軸にした社会構造を作りだされる。後で再配分して調整する発想からは豊かな協働性を萎ませ人間概念を軽視した経済性の体質を良しとされる根本的な感性を示される。

感覚や感受性から活動を創り上げられない事による人格形成の劣りは、頭脳的な制御感覚に偏って過程の重要性を見ずに結果の配分で帳尻を合わせるか、もしくはそこにも配慮を持たない非人間的な合理性を進められる。力へ偏した対人形成に慣れた異質な感性という長期性からの見え方に成り、短期的な感度で物事を推し進める歪んだ事象と映りだされる。これが失敗等への当たり前の態度を見せられない力に縋った人間の弱さを表し、平等感覚を欠いた人格を指し、制御性の弱い力に振り回された技術と人格のアンバランスによる不均衡がシステムの性格を作り根源感性から下流の仕組みも反映される。

ミクロ面の人格の劣りのまま、マクロ概念を形成し歪な性質の社会構造や文化基盤を作られる。世襲等の人格形成や感覚と感受性の省略した観念寄りの人間性は、この面に顕著に負の側面が現れ、万人的な躾の備わらない感性の異質性と及び、筋道を外した行為を取られる。この未成熟さが根の悪性や質の低い人間形成と及び成長軌道の歪さと現れる。予めの人間像を基準尺度に公平公正な運用にあって、健康な心身の備わる協働生産活動が創り出される。筋道の劣りは不快極まりなく、この劣りについてボンボンという感性を充て、文化の水準の脆弱な創造を指し示す。格差や出口の調整という事象は社会システムの低レベルの空間で起こる事象であり社会を牽引される人々の感性そのものを指し、これへの異同感覚が根源感性の違いに成り共感や支持への根拠に当たる。単純経済面での判断には及ばず皮膚感覚の違いが協働性への在り方を作り文化感覚の違いが実感される。ここの違いは根の質感の違いになりその上に立つあらゆる創造にズレを起こし良好な創造には及ばない。短期性の利益で利用し合う関係であり躾感覚の違いは犯罪感覚にも反映され、真摯な対峙を欠いた利己的論理を多用する人格への不快感が随所に生まれこうした筋道を外す馬鹿とは関わりを持つに及ばない。これが健全な規則性を重ねてきたまともな感性に思われます。幼稚な人格は修正困難であり予めの教育プログラムの良質な設計と運用が欠かせず、文化の有無や程度が重要な原理と作用する。上っ面の政策ではなくこの観点に重心を見て中長期を見据えた判断が相応しくテクニカルな技術論に偏するとこうした痩せ細りの単純物性型の文化が生み出される。他国のモノマネや他国の型式を自己の優位性を作る道具に用いられる哀れな姿には、主体性は見受けられず、倫理道徳の育て方に大きな欠陥を抱きます。地に着いた規則性を経てこない歪な性質は短期的な結果を出しても中長期的にはマイナスが増し負の存在と規定される。放漫な自由へ偏り根源原理からの論理が生まれず感受性を喪失した人間に映し出されます。これを中心に置いては良質な独自性を失い単純画一の無機質な世界が進行する。うすら馬鹿とボンボンから脱皮する文化の見直しが急務に思います。