教育改革のポイント

教育改革のポイント

みっともない大人の振る舞いが教育に良くない影響を齎せている。規格量産の流れが独自の主体性を形成する事への弊害に成り、短変数のライフスタイルから、感受性の痩せ細りに及んで、即効的機能へ偏した関わり方に連なり拝金型の感性が進んで中長期性を持つ正義感や恥の意識を欠いた皮膚感を強められる。金に成れば何でも良い発想の進行と言い換えられ、大規模資本の投下による単純機械性の合理性へと偏り、地域や個人の独自な価値観を失い短変数による感性の貧困化と映ります。この振る舞いが倫理道徳の弱い拝金型の人間を作り、短史眼的な機能性の感度が強まり道理や筋道という進み方の拘りを失い、詐欺や盗みになんら恥を感じない感性に至る。物性依存症の力に振り回された制御のない人格を作る。

教科書の内容云々という要素よりも、対話作法や経済産業の在り方が感性を作り、大人の振る舞いが子供に伝わり自信の弱さを伝染される。指導者的立場を意識されてか、尤もらしい論法を示したがり観念的な妄想に近い推察を御披露されるが、根本原因は恥を感じなくなった感性が悪性の原因と感じます。

指導者自体が、何を求めて良いか解らずに解らないまま適当な論理を何となく示している。相対的指標を持ち出してランキングなどを提示する事自体が根源原理を掴まれていない証左であり日本文化の基盤となる感受性を掴み、そこからのビジョンを描いてそれに資する教育プログラムという道筋に無いと根や背骨の見えない断片的な人間を作りだす。

頭に偏して感覚工程を省略すると実感が高まらず、確信的な根拠を掴まずにふらふらした頭でっかちで地に着く感受性が育たない。整合の弱い原論を示して持続性の弱い探究の姿と現れ、痩せ細りの論理で声ばかりを強めて相手を封じる態度に現れ精神的に不安定な状態の自信の弱い姿と映る。教科書の内容等よりも指導的な立場の筋を外した振る舞いや態度が歪んだ心を作る。哲学的な根本の真理を掴み確固とした筋道を得ることや、頭ばかりでなく感覚を通して物事掴む事、或いは、筋の曲がった手法を用いるほどに自信の持てない否定的な感度が増しダメ人間の自覚が生まれ慢性化して常識感に及び健全な主体性を壊され恥知らずの感度で体質化する。謙虚さは物事の深みある思索に連なり良質な性質となる。空威張り的に根拠の弱い態度は病気を示す。

根本の感受性となる世界観を体から作る事が要り、テクニカルな知識に偏すると精神分裂症のような態度と現れる。相手方の腑抜けぶりによっては致し方ないものの声を荒げて相手をねじ伏せるかの劣った対話作法を見せる。頭に偏した言論者に顕著に浮かぶ歪な性格と捉えられる。

文化の健全性

 

群れて気が大きくなる性質には大きな力を与えられない。個人の時の意識と、権力や物理力を備えた立場での意識に大きな乖離が生まれる性格は、力を利己的欲望の充足に用いられ、力に振り回されたひ弱な感性を露わにされる。これが長期的に見る人間の変容しづらい性格であり、人格の適当な形成過程を経て然るべき配置に就かせるポイントに上げられる。感覚と感受性の循環を経ない観念は血肉化された体質に成らず、頭と体の分断で歪な感受性を生みだされる。ここに、常人と外れた特殊性が現れ過度に力に依存した発想や振る舞いを見せられる。力を投じてどういう感覚や感受性が起こるかの予測が体験工程の積み重ねから経られ仮説と実施に大きな開きを生まない制御感覚が内蔵され実際の倫理道徳観が実感される。

大きな力を慢性的に抱え、いつの間にか世間の常識と離れた感覚に陥り、万人一般に課せられる制約を飛び越え、間違えに相応しい態度が取られず、誤魔化しを重ねられ歪みが深まって当たり前の常識感を作られる。こうした歴史の教訓が予めの基準に反映され資格要件となり適格性の判断が成される。基準自体の設計と適用と定期更新という持続的仕組みに在って健全性が確保される。公共機関や準公共機関や、民間の大規模組織といった影響力の大きな主体に至る程に社会的な要請が強まり、公平公正な中立的性格を持続するだけの責任が課せられる。このチャック機能が弱いか仕組み上の欠陥があるように思い浮かぶ事も少なくない。今日、道徳という事にスポットが当てられる背景にも、こうした社会問題への認識が起因し、頭と体と感受性の適当な働きが求められ、歪な精神性や適正な人格に及ぶ工程の設計へ探究が深められる。また、インターネット環境は間に入る余計な因子を削減させ高精度な情報の対話を作り、より健全な効果の上がる仕組みに連なる。個々人の意見が強まり積極的な主体性の実現環境が整い、この流れが弱まる事は考えづらく良い意味での個人化が促進される。群れて流される事無く堂々と意見を表明し、最も良いものを万人的に選出できる原理創造性が向上する。これを妙な力で塞ぎ込む歪んだ事象が生じぬよう厳正な監視が求められ阻害因子を取り除く働きも欠かせない。共通と個別の価値を変え個々人の自由の広がりと共に相応しい責任が求められ健全な自由が促進される。どんな社会的な立ち位置に在っても、それを動かすのは個人の性質に他ならず、足腰の良質な感性が根っこに在って健全なシステムが作用する。万人共通的な文化の厚みが良質性の基盤に作用する。

いくら多くの知識があろうとも、良好な感受性に基づいた利用に成らねばそれは暴力と成り人々への幸福感を与えるに及ばない。感受性の健全性が創造の第一要件になり、ここの悪性は、あらゆる創造の弊害要素に規定される。根の良質性が人格の第一条件であり、文化論という知の体系が最も重要な学問の一つに思われます。

21世紀の感性と方角

21世紀の感性と方角

単純な所有権の概念に比重を持った価値形成という所から資源の有効利用の概念へと移行する事が、力の概念の更新や健全な心身の人間像に連なり、旧来的支配の概念を超えてアウトプットの付加価値形成力を根拠にした資源の実質的支配という感覚が望まれる。自然環境に線を引き排他的な利用権を宣言し、他者の認知を取って支配権を固定化する静態構造の形成から資源を有効に活用して富を生みだす力の有無という動態性の側面に焦点を合わせる事が不毛な衝突の解決へのステップとなる。

所有から利用、産出の効用に根拠を充てて合理的な価値形成に及ばせ人間の持続的な成長軌道が現れる。つまり、こうしたコンセプトが、生命を活かすや伸ばす事への根源価値による必然的な帰結に及び、所有概念から資源を活かす事の出来るノウハウに重心を取った秩序の形成を進め、物理的力を根拠にした支配力から脱皮する事に連なる。人々への幸福感情を作りだす事の出来る力を根拠にした自然資源の取り扱いという方針で描かれ原理創造型の秩序形成や、ストックからフロー、静態から動態という志向性で健全な心身を備える人間像が創り出される。このような根源哲学を広く世界的に移行させる事が21世紀の構え方にあって単純物性型の争いを回避する道に成り理性の上昇を指し示す。政治という発想が先行し過ぎて、産業経済による富の生産という観点が弱いと、観念先行型の発想に偏り実質面への視点が及ばず、言った言わないや、過去の歴史認識の解釈等という後ろ向きな所へばかりの考えを示される。偏狭な世界観へ陥る事無く、「どうしたら生命が最も生かされるか」に基づく二次三次の原理を作る所に道が開ける。短絡的な利益に固執し守りへの執着から対立が先鋭化して上昇的な解決の案が進まない。未来ビジョンの根幹には、「人や自然の生命を活かす事」に揃え発想を深め次元の高まる人間世界が創りだされる。根源価値の厚みが進み、共通性の国という概念や個別性の概念の中身を変えて新世界を創り上げる事が相応しい。付加価値を生まない人間が過剰な欲望を表し物性に縋った発想で資源を掴もうとされる。管理発想の過度な進行の世界から脱皮するビジョンの形成に文化論が位置づけられ、内実の弱い弁論大会は程々にして健康な感受性に即した論理を高め実質へ目を向けて富を生みだす感性が必須とされる。

余剰資産に罪悪を抱かない感性は、共生感情の弱い反社会的な態度を表し、資源の稼働率から力と責任の均衡を計る事に成り、これが著しく劣っている事が資源を殺している状態であり、天の恵み等を粗末に扱う感性は、地球への背反であり長く生かす価値に及ばない。人と人、人と自然における最良の調和を果たす事が生きる価値であり神からの指令が下される。人や自然に真の利益を創り上げそこに輝かしい光が降り注ぐ。人類共通の普遍原理とされてこの精神を土台に二次三次の原理を作り真の調和が訪れる。貯め込んでどうするのですか?有るのに生かせずに他に目が行きもっと欲しがる。盗んでまで生きようとする。頭大丈夫ですか?これが正しい感性であり、心の病気が他者へも病を伝染され負の連鎖を作られる。ここが悪性の根源原因となりこれを取り除くことが欠かせない。健全な自由の概念を備えられて人間と認められる。民間のエネルギーを盗む事が行政やマスコミのお仕事ではないのでしょう。虫けらは生かしておく価値がない。