健康体への道―内股人間の改善

民主主義と自由主義の良好性を高める上では主体性の健全な心身が必須と成り、このマイナス的側面に内向きの体質が指摘される。これを直す論理を取り上げ健全な価値の運用へ連なる事でしょう。

組織に属さないと表現内容や主体性を認めないという数の単純論理は、真摯な原理創造型の感性とは若干異なり、物性へ偏した原理の捻じ曲げや成長への停滞を齎し多数決の不完全な性格と映し出される。しかし、この見方も一種の奢りに映り適正な対象との構えを持つのであれば以下のような面に問題を取り解決の手法が投じられる。

多くの人々は、採決する内容への直接的な判断と物理的な諸条件から見る利害という間接的な要素を含み判断される。平等思想を前提に構えるとどの判断にもケチを付ける事はなく表現者の訴求力や説得力へ原因を求めるのが正しい筋道と描かれます。しかしこの場合でも、平等を達するフレームの形成は最低下限の条件であり厳密性の追求は至極当然でありインフラの健全性が作られる。そして、表現内容と熱意と説得力によって支持や共感を集め数を得て実現へ漕ぎ着け欲望と力と責任の均衡状態の実感が生まれる。

大きな欲望を抱く程に力も責任も等しく求められ実現への道のりは必然的に長くなり早期の判断を得られるような事には及ばず、段階的な手順を持って数が作られる。この結果、組織力に信用が与えられ表現内容と物理力の程度に信頼感が寄せられ判断が投じられる。恐らく、このような論理に多くの健全な感覚が浮かび上がり、理想と現況と方法の図式への信用が与えられる。こうして観念と感覚の実感に近づいて実際の感受性が掴みだされて頭と体と感受性の整合した活動の実感が生まれる。

そして、より根源的健全性を求めるならば、表現があって資源が投じられ、表現から期待する効用への力という論理は崩れる事無く、物理性のみでは意味を持たず、その用いかたによる効用と充足に力が注がれる。原理創造が先行される感性が適当となり物理力に求心力を与える発想は健全な感覚と異なり、物理力が目的化される力の注ぎ方からは豊かで健全な発想を萎ませる。良質な感受性を根にする創造軌道の中で物理性を注ぐ論理は変える事はあり得ない。

この構図に照らして力の過剰な保有や遊休させる非生産性は害悪と成り、或いは物性に偏して逆の用い方という論理のあべこべについては是正されてしかるべきであり、過度な支配願望から物性への志向性が強く効用を生まない状態から不健全な感性が宿りプラス性の力より負の影響が広がり原理創造への熱が萎んで衰退のスパイラルを増進される。何の為の権力や物理性かを問い正し幸福感の増進へ資する配置換えが進められ原理創造と効用充足の実現への流れが増加する。

中央集権という管理システムによる内向き的な弊害が各所に出現し根本的な検証と改善への認識は概ね取られ力の移動や集中すべき事業への統廃合を粛々と実践する段階と見受けられます。こうして調和やプラス性の流れが加速し歪な体質からの発想が改善され健康な主体性が作られる。外へ向けた好作用を齎す力の増進を基調に内から搾り取る因子を削減させ健康体の下落への対処と維持と成長に連なる改革の筋道が適当に思います。

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