1)中立性と偏向の解釈

主体性の概念を創るに際して、中立と偏向という概念の解釈を示す事がポイントに置かれ、以下にその捉え方を示します。観測者の役割は、健全な動機に根差して観測対象の選定と評価を伝達する作用に思います。健全な動機の解釈は対象に関わる利害関係者への利益の増進であり、需給構造を中心焦点に備えて事象の直接的な範囲と間接性の因果を想定の上に、ここに関わる利害を浮かび上がらせ、正負の影響を推し量り、正は増進、負は削減という意図をもって事象を取り上げ伝達するというフレームが予め備わり適正な動機と解される。

直接事象 間接の因果
プラス マイナス プラス マイナス
5W1H

つまり、予めの世界観が意識的か無意識のうちに備わり、良い悪い、美醜という概念を有して、対象を選択する優先順位を持ち、問題の序列感覚に沿った選定を取りプラスは増へマイナスは減へと自然反応的に論理を構成される。事の重みによって、利害関係の影響が大きくなり、それを想定して利益が最良に成るような図式を描き問題の文脈を創られる。事象の特定に一次評価の要素が含まれ更に焦点を絞って二次評価が加えられ、対策案や予防の視点に触れて良好な提案作用を持つ。健全な動機に基づく行為とは、このような感受性と論理を必然的に生み、観測者に関わらず生産者の一般的な工程と見受けられます。

偏向や中立という概念はこうした思索の上に現れ、特に利害関係の想定の取り方と影響の度合いの掴み方という作為的な操作に寄らない事実の特定における異同が生まれる事と、観測者自体の利益を勘案して意図的に特定の利害関係者に有利や不利な描き方を用いると、著しく中立性を阻害し公平公正な第三者の立場を失い信頼性を損なわれる。事実認識の違いという面と、自己の利益を含んだ評価という面がポイントに成り、本来的観測者の客観的な純粋利益の向上と離れると期待する役割を損なって権威を失墜される。

そして、予めの世界観に見る異同が生まれ良い悪いという感覚が根源的な価値を指し事柄の重みづけの違いと現れる。経済の向上する体系観、人と人との適正な在り方の体系観、人と自然の適正な在り方、及び生命観の抱き方といった根源的概念の認識が各所の価値に反映され、意識的か無意識のうちに評価の適用を成される。この範囲を含んで健全性への在り方が問われて観測行為の質が計られる。人間社会をどのような方向に持って行きたいか、この予めのビジョンを明示して主体性をお知らせした上で生産を執り行う事が対象との真摯な対峙となり、この基本尺度に忠実であることが中立性と表され、公平公正な人格の実感に及ぶ。この事からも観測者というよりも利害を持つ創造者の実態を持ち無人格の純粋な客観性とは異なり主体的な創造者となって健全な主体者の認識が生まれる。厳密にはこの意味からも自己の利益を求めた創造性にある。「偏向している」という評価はこのような論理の上に問題の指摘を限定して問いただす事が適正に思われます。

健康体への道―内股人間の改善

民主主義と自由主義の良好性を高める上では主体性の健全な心身が必須と成り、このマイナス的側面に内向きの体質が指摘される。これを直す論理を取り上げ健全な価値の運用へ連なる事でしょう。

組織に属さないと表現内容や主体性を認めないという数の単純論理は、真摯な原理創造型の感性とは若干異なり、物性へ偏した原理の捻じ曲げや成長への停滞を齎し多数決の不完全な性格と映し出される。しかし、この見方も一種の奢りに映り適正な対象との構えを持つのであれば以下のような面に問題を取り解決の手法が投じられる。

多くの人々は、採決する内容への直接的な判断と物理的な諸条件から見る利害という間接的な要素を含み判断される。平等思想を前提に構えるとどの判断にもケチを付ける事はなく表現者の訴求力や説得力へ原因を求めるのが正しい筋道と描かれます。しかしこの場合でも、平等を達するフレームの形成は最低下限の条件であり厳密性の追求は至極当然でありインフラの健全性が作られる。そして、表現内容と熱意と説得力によって支持や共感を集め数を得て実現へ漕ぎ着け欲望と力と責任の均衡状態の実感が生まれる。

大きな欲望を抱く程に力も責任も等しく求められ実現への道のりは必然的に長くなり早期の判断を得られるような事には及ばず、段階的な手順を持って数が作られる。この結果、組織力に信用が与えられ表現内容と物理力の程度に信頼感が寄せられ判断が投じられる。恐らく、このような論理に多くの健全な感覚が浮かび上がり、理想と現況と方法の図式への信用が与えられる。こうして観念と感覚の実感に近づいて実際の感受性が掴みだされて頭と体と感受性の整合した活動の実感が生まれる。

そして、より根源的健全性を求めるならば、表現があって資源が投じられ、表現から期待する効用への力という論理は崩れる事無く、物理性のみでは意味を持たず、その用いかたによる効用と充足に力が注がれる。原理創造が先行される感性が適当となり物理力に求心力を与える発想は健全な感覚と異なり、物理力が目的化される力の注ぎ方からは豊かで健全な発想を萎ませる。良質な感受性を根にする創造軌道の中で物理性を注ぐ論理は変える事はあり得ない。

この構図に照らして力の過剰な保有や遊休させる非生産性は害悪と成り、或いは物性に偏して逆の用い方という論理のあべこべについては是正されてしかるべきであり、過度な支配願望から物性への志向性が強く効用を生まない状態から不健全な感性が宿りプラス性の力より負の影響が広がり原理創造への熱が萎んで衰退のスパイラルを増進される。何の為の権力や物理性かを問い正し幸福感の増進へ資する配置換えが進められ原理創造と効用充足の実現への流れが増加する。

中央集権という管理システムによる内向き的な弊害が各所に出現し根本的な検証と改善への認識は概ね取られ力の移動や集中すべき事業への統廃合を粛々と実践する段階と見受けられます。こうして調和やプラス性の流れが加速し歪な体質からの発想が改善され健康な主体性が作られる。外へ向けた好作用を齎す力の増進を基調に内から搾り取る因子を削減させ健康体の下落への対処と維持と成長に連なる改革の筋道が適当に思います。