こうした世界観を実際の社会事象に当て嵌めて、持続的に向上させる活動が展開されて、良好な有機体の姿が創り出される。今日的には、「考える道徳」等という言葉が生まれ、根本的な観点から問題を再構築する機運が高まりつつあるものと感じます。
何が不快か、「価値の押しつけ」という面を取り上げるのが多くの人の反応に思われます。この場合の、価値とは?おしつけとは?という事の詳細な吟味が加えられて、絞り込んだ事象の限定を持たせぬ事には、抽象性が高く、なんとでも解釈される。
例えば、行政の業務運営上の裁量に、不可解な点が度々生じ、法律の解釈を巡って衝突が生まれる。多くの場合、法律の趣旨や背景、権限と責任が規定される。「いつどこで、誰が、何を、どのように、誰に対して、」が論理の筋道に置かれ、「何を、どのように」について、詳細化され、運用規程が設けられる。
この細分化の程度に対して、どの程度事前に明文化するか、共通的感度に及ぶであろう感覚の実感点が要件と示され、業務執行時にサービス需要者へ適用される。この適正を当事者間で感じられれば問題は生まれず、違和感、不公平感、疑問点が現れて、広く問題という認識が生まれると、運用の見直しや法規の改定に及ぶ。こうした例を持って、「押し付け」という概念を充てられる事も含むように思われます。
一方向的な都合の良い規定や解釈が生まれると、何の為の規定であるのかに疑問符が生まれ、需要者サイドの利益と離れた規定や供給者の為の規定といった実感に及び、市場のように自由選択の原理と異なった所での、一方向的な強要性を持つ事象に不快感が生まれる。選択の余地が法によって限定され、自由意思の幅は狭まり、そこに不明瞭な運用が見られると、平等思想を欠いた事象となり、民主主義の根本を歪められ法治自体への不信性が高まり、行政自体への存在意義を問い正し、法で規定された内容の縮小や撤廃への要望が増進される。
自由選択の原理が需給関係の基本であり、そこに限定性を設ける事への理由がはっきりしないものへは、改定や更新が取られて、偏った供給者の過保護な規制は取り払う事が適性に成る。こうした不平等性から精神的な荒廃が生まれ、社会的に影響力を持つ程にその異質性が連鎖し歪んだ秩序が蔓延する。
こうした観点からの改革によって個別性と共通性の割合や有り方が変えられる。根本的な価値観に沿った変革を時々の人々の意識から執り行い、不快は改善へ、快適は増進へと、自然な反応を違和感なく示し、良好な創造空間が作られる。「価値の押しつけ」を改善して、公明正大な価値の形成にあって健康なエネルギーの循環が促進される。考える道徳とはこのような活動を含むものと思われます。徹底して行政運営や行政に準じた機関に対して考えを進めて道徳が実践される。良い事だと思います。
| 基準と運用の基本形 |
| 各種規定:上位規定と当該規定
既定の趣旨、背景、適用範囲、権限、責任、 手順書 いつどこで、誰が、何を、どのように、誰に対して 手順の分化:分業工程(要素と要素間関係) 指示書:個別工程内作業 (要素内) 記録:各種実施記録、保管、公開範囲、 監査:検証、改良点、改定更新、 運用プロセス:作成・協議・承認 |