根本にしっかりした観念が備わると、それを原理に二次三次の応用を効かす論理が創り出される。現代の分業生産の進行は、ここで言う三次四次という根元から大分離れた論理に焦点が注がれ、それを声高に訴求するかの言論や生産が生まれる。どこか根元の土台感が伝わらず場当たりの風潮を早急に追いかけ、生存競争に躍起になられ短期的な過敏反応と一喜一憂する体質が科学技術に慣れた生活習慣からの感覚と現れる。時短への志向が増進し早急に効用を期待する感覚が備わり、落ち着いた対象との交流が軽薄化し無機質な合理性に快適感が合わされ、短変数の経済を求める物性感覚の浸透に根本的な人間が求める道と外した焦燥感と現れる。こんなような感覚をどこかに抱えて物事の本質を省みる健全性への装置が働き根源性への問いや欲望が表現される。
自由や開放的な志向性に対して軸足や土台感、大本の価値への欲望が高まり、制約ある自由に制御ある快適性を抱き根源的な共生感情を本能に持つ性格が確認される。有限の生命への実感が無限への発想を呼び、生物物理的な限界を抱いて情緒的な連なりへの無限性を志向される。これが、右肩上がりの直線的向上軌道とは異質の線より面での割合感と上昇循環という世代を跨ぐ不動的な意思の継続性への欲望と及び、大きな時代観や歴史の一部とした大局観の上に良好な働きを担いたいという奉仕性の欲望が表される。
身近な集団や少し大きめの空間といった様々な対象と時間が想定されて、何がしかの痕跡を残したいというエゴに近い感覚や純粋な良心が示され、人間の変容しづらい感受性と感覚の相関を表す抽象観念が描かれる。自己満足的な要素や奉仕性の感情を混在しながら各時代に生きる感性が現れ、変容しづらい人間の叡智や本能と引き継がれる。この面に無機質性とは異質のアナログ的な性格の情緒が現れ土台的な価値を作り二次三次の論理に反映される。個別の積み重ねと定期的な集約の行為が繰り返され、その実感を高める動態軌道が浮かび、正負を同居する実像を踏まえながら正へと向かう光と示される。
無機質な感覚が高まる今日の生活環境に情緒性の側面が強調されて感覚や物性過多の即効性に制御が加えられ変容しづらい人間像が描き出される。こうした習性が保守思想等と集約され良質な種を残す営みが実感されます。今日的には表現の自由といった人間の尊厳を守る実現策についても、一過性の経済策という気の振れた自由の追求からは事象の体験と共に反省への気持が起こり、共生や循環という本能を土台にした二次三次の理念と適用の解釈が生み出される。各種空間における大小の歴史の相違が生まれるものの、はき違えた自由には本来の欲望と異なり健全な道理を踏まえた自由が定まり永続への志向と収束する。一次の経済反応を優先した即効的な判断は自らに同様の行為が返り学習の機会を経て後悔と現れ軌道が修正される。間違いを率直に態度に示す事が溝を深めた二次三次の被害を予防する道理でありこれを逃げる人間の弱さが歴史の汚点と刻まれる。