文化論の性格

文化論の性格

循環への志向は、生滅概念を根にした感受性からの自然な反応であり、悲しみを喜びへ、苦痛を安楽へ、停滞を成長へと導出する活動へのエネルギー質量に現れる。つまりマイナス性の事象に対してプラス性に転換したいとする理由の及ばない人間の本能を表す事に成り、外界から察知される感度を起点に生まれるエネルギーと示される。外界への奉仕性の感性が注がれてその感謝への気持が大きくなるほどにお返しのエネルギーが回り、好循環による富みが蓄積される。この果実に振り回されて、自己へのエネルギーへと回すほどに、外界からのマイナス事象の感度が低下して、貢献へのエネルギーが萎み、回ってくるエネルギーが減少する。これに至っては、外界から受けるマイナス性への対応という意識が深まって閉鎖的な構えに陥り、奉仕よりも守り、提供するよりも奪う発想が増し、詐欺や盗みという行為へと堕落して人格の壊れた体質と現れる。大凡、こうした規則性についての同質的な見解が揃うように思われます。

この堕落性の活動則の認識から対処や予防の観点が生まれ文化という長期性の人間像が描き出されて、マイナス的な性格に陥らない模範像を固め、良好な発想や体質を備えた外界との交わり方に及び、適正な個別事象を積み重ね健康な心身が持続する。以上のような焦点が文化論の中心的な観点となり、基礎的動作や在るべき自然観や人間観への探究と実践の活動が展開される。

長期に渡る特定領域の生産には、上述のような性格が含まれて、持続的な存続を果たされているという仮説に立つのが適当な論理と示されます。しかしながら、事象の多角的な因果をもって良質な活動であっても、物性の大きな趨勢から先細り、衰退への道を辿る事象が生まれる。これについての根本的な観点へと思索を充てミクロの事象をミドルやマクロの観点から冷静な分析を加え、根本的な価値を省みて良質な軌道を確保する二次的な文化政策の焦点が生み出される。

表面的な焦点で文化観念を捉えて、物事の真相と外れた点から、いくら訴求を取られても実際的な真価への実感が生まれず、事柄を掴み取る嗅覚の相違から論理の組み方も様々に現れ、文化という言葉の取り方に異同が生まれる。人間の性格や生活の深みある捉え方を起こし根源的な思索をもって文化観念を構成して描き出す事により、実際的な人々の感性に届く文化政策の意義が生み出される。歌舞伎や相撲、能等という特定領域に見られる表現を持って文化とする一方で人間の全般的に渡る焦点から文化観念を取りあらゆる事柄の根本と描き出す文化体系に意義の高い生産性が現れるように思います。哲学や根本思想、健康論、人間論という基軸で捉え、骨太の人間の性格を創り上げる文化活動と設定して論理体系を表すのが本書の性格になります。

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