理念は、思考や行為に反映され主体自体が望む自己への制約となり人格が作られる。そこから外界が映し出されて理念に対する快不快の感覚が生まれて、快は増進、不快は削減への反応が生まれる。つまり、外界へ求める以前に、主体の性格として実態を持ち主客の適正調和に至る大前提となり、ここが表現への基礎的根拠や正当性と備えられる。
理念として思われる事と行為との整合がない状態は、人格の破綻や心身の喪失と見られ、意思と行為の制御不能な状態からは外界への要望等を訴求するまでに及ばず、表現は理念と実質的に染み込んだ体質と外界への反応が一貫して健康な意思を備える主体性の認識が生まれる。現代的な歪みは、自己へ課さずに外界への過剰な要求と現れ他者への強要の向きが強まり、物理的な諸条件から力の乱用が生まれ人格破綻と伺える。
このような側面を持って自由主義等を訴求される異常さは適正調和を作る基礎的な平等感覚から不快事象の代表的な面として掴まれる。改革という行為は、基礎的な標準に対するマイナス性の是正と標準を満たしている状態からの更なる上昇と区分し、前者が少なくとも正常であって後者の面へと視線が及ぶ。言い換えると最低下限の人格要件が満たされ、より高まる軌道への追求に肯定感が生まれる。
一部領域での破綻や乱用と見られる異常な性格からの二次三次的な被害を抑える事がインフラの堅持に欠かせない改革に成る。単純経済性の感覚が進行して価値の偏狭性が進み、外界への過剰な要求や画一性の強要や力の乱用に及ばない自律が在って、同様の要求を外界へ求める人間概念の資質が生まれる。こうした焦点がいつの時代にも不動的な下限的な骨格となり健全な社会の平等を基盤に揃え、同質の感性が堅持されて制約の上に自由を得る構造が生まれる。基礎的犯罪への制御が出来ない主体性は初歩となる人間形成の準備不足で在り、欲望と力と責任の不均衡という規則性の異常さの自覚を持ち、自ら修正されずには、外界からの強要によって秩序を乱す不法者を縛る事が欠かせない。
基準を満たさない劣った振る舞いは容赦せずに当たり前の躾をもって社会に参画する道筋を強調させ、はき違えた自由主義を制御する現代の課題と浮かび、基礎や基盤の崩れに深刻な反応を見せ健全な理念の所在が確認される。この第一ステージと基準を上回る向上策の区分や割合感覚を持って全体を掴むのが、長期性の目的設定に適当であり、より絞り込んだ観点へと展開されて良好な連鎖を増進させる根本の構えが示される。文化と経済と政治という長期の性格と短期の反応と中期の構造という多重層の人間像を描き、基礎的性格を不動にした正しいベクトルと量の拡大の道筋が良い成果を生みだす軌道とされる。
崩れた人格からのエネルギー投入は道を外した悪性の成果に連なり、ベクトルや方角の良質な観念のない前進はマイナス影響と知覚される。各種主義や思想の根底には不動的な根源の共通感性の認識を強め、健全な基準の確立と細かな相違への寛容さと尊重に連なり、文化の焦点となって明瞭な表現への試みが取られます。この道筋を通らずに、歪んだ人格から小手先発想によるとすぐに壁が現れ下の地点に帰り道筋の修正を余儀なくされる循環が長い歩みから作り出された感性や理念であり物性依存の感性を修復する基本的な性質と内蔵される。
表現の自由が強調される以前に健康な表現の意識が上流に備わり、商業的な意図からの暴走には赤信号が灯り、はき違えの自由には冷静な判断によるタガをはめて健全な道筋が守られる。基礎的感性の崩壊に及ぶ事なく共生感情や平等思想が文化文明の礎となり、物理的な力の趨勢で流される事なく良識ある感受性が根幹に組みこまれて物性の正しい用い方に変わらない人間の性格が表されます。
目先の利益を求め普遍的な原理を蔑にしては長期の利益を損ね人間性が破綻する。この領域の価値が堅持されて公私に渡る一貫性の実現に方角が定められ持続的成長の軌道が守られる。こうした根源観念と時々の共通価値と個別性で全体観を持ち文化と政治と経済という構造と循環を描く事が、根を持った創造活動と表され、マクロ指標に偏して中身を吟味せずに進行させる弊害が予防されて健康な人間の成長軌道が創り上げられる。