長期性の観点からすると、改革を進める中身の規定で最も根本的な事は盗みをしない事であり人間の基礎動作の欠陥からは力強いエネルギーが生まれない。ミクロの感性が根本であり、これを外した積極的な創造は肥満体質やもっと言うと精神的病であり、はき違えた感受性からは健全な人間像と離脱した姿と映し出され、中長期的な骨太の軌道を持たない迷走と浮かび上がる。
この初歩の部分が示され、欲望と責任の均衡という欲望の堅持と充足が理性の上昇と映り人間性に価値を持つ自律が強まって制御の高まる主体性が作られる。前者は下限でありここがぐらついては後者には到達しない。こうした人間像と実践が持続的成長概念の中軸に備わり土台無く目先の経済を追っかけて理性を崩した感覚面への追求や歪んだ手法を用いる感受性の崩れから人間が崩壊する。
歴史からの学びで理論が形成されて、活動からの成果という付加価値が生まれ、それを下に歴史を作る動態が強まり未来創造型の前進性に及ぶ。個別的な利害から特定の歴史に価値を取るのは保身的な感性であって、ストック的な依存に陥りフロー面が脆弱化する。普遍的原理の志向から固定概念が更新され万人的な価値の上昇軌道を持続させる理論と集約されるのが、知恵の向上軌道を表す。
理論化出来ずに、個別性の利益に偏した歴史観からは強い正当性が現れず、実質的な効用を見出せずに特権的な立場で相互的な需給構造と離れた理に合わない論理を作られる。この意識が万人共通の制約を守らずに歪んだ意識を増強させ違和感の強い存在と現れる。これに至っては不信が強まり耳は傾けられず、お飾りの形骸化と認識され良い影響の主体性という認識は生まれない。
どれだけ付加価値を生む理論を創り上げられるか、個別の利益を超えて大きな利益を導出させられるかに求心力が生まれる。
保守を限定性の高い保身と運用される事象も少なくなく、未来型のパワーを停滞させ力と責任の不釣り合いを招き人間の成長を阻害する。
こうした論理に健康な感受性による規律ある自由の観念を充てるのが本書の立場であり、他利を提供して自利を得る健康な感受性を根にした創造者の基本的な性質と規定され、良好な感受性を不動にして向上心を常態させてエネルギーを放ち続ける。こうしてみると、保守と自由は健全な感受性の上の自由の獲得という意味で統合され、適正な生態系への志向を持ち探求し続ける活動に持続的成長のビジョンが描かれます。
まやかしの論理は人々の納得性に及ばず違和感が消しきれず存在への陰りを強める。自然な感性を伏せるような所に強い自主性のエネルギーは生まれない。改革への欲望と現れ納得感の高まる在り方へと変更させるのが自然律であり、この繰り返しによって過去に偏しない未来構築型の歴史が作られる。良質な伝統文化の神髄をこうした前進型の性格で規定してストックとフローの適正が生まれる。あらゆる事に聖域はなく根源理を下にして、維持と変化の判断を持つのが健康な心身の実践に映ります。健康さを感じない論理は放置せず共生感情を出発点に平等の適用へ及ぶ論理へ更新し、気持ちの良い自由を掴み取るのが本書の思想に至ります。特権等が許される時代は過ぎ下限則に反する事は例外無く対処する事が情緒性の欲望と充足に成り、需給構造に真摯に向き合う人間像が標準と描かれる。影響力と共にこれらの性格が強まって、実際的な動態に即した成長と描きだされて、無理の少ない個別性や多用性の中での規律が生まれ、質実を合わせる健康や成長と解される。
以上の事から、自由と保守は一体の概念になるのが普遍性への道と浮かび上がりこの動態自体に健康像が示されます。代々長く続いている面のみを取って価値があるという解釈にはならず、実際的な効用があって不動の規則性や普遍の理論に高まり、理に合った創造軌道が確認される。歴史の重なりから生み出された理念となる理論を示し、個別を重ね、そして、更に根源理論に磨きをかける軌道に在って健康な文化が持続する。ストック過剰で向上心が途絶えると肥満に陥り下限の感性を見失う。動静的、内外的、質実的な表裏一体への志向を抱き矛盾を解決する探求の持続から、多用な観点を取り込んだ価値の上昇を叶える理論が作られ求心力が与えられる。ギャップに不快が現れ不快への改善へと自然な反応が現れる感受性の所在が健康な心身の証と思われます。弱まった感受性の正当化に陥り文化の衰退が深まり物理依存の性格が進行する。人間の感性があらゆる動源であって、ここが腐るとそれが表に現れ内外のギャップが検証される。強い良質なエネルギーを生み続ける方法が健康論であり、そこに欲望を備えた歩みに幸福の増進が実感されます。何を望むか、充足するか、への思慮を踏まえて、生産概念や経済概念が作り込まれて正常な成長軌道が生み出される。人間像の弱い単純な方程式による貨幣の獲得に比重を持つと哀れな結末に至り幸福感は実感されず、焦燥感や孤立感を抱かれ精神面の豊かさを失った世界観で外界を映し関係を取られる。本来的な思考が停止して、単細胞が進行する事に対して、振り返らない感性には、人間の本質的な性格が映りだされず、糸の切れた凧のごとき、制御を失い迷惑な影響を広げられる。精神的な幼稚さと映る者に力を与える事のない成熟した文化を目指すべきに思います。