文化論の根源

2)文化論の根源

積極的創造策という理想に向けた生産を抱き、自己実現へのエネルギーを投じる中で多くの人々と交わり、実際的な学びを吸収して、多彩な観点を備えた思考や行為が生み出される。自身の生産から影響力が増産されるほどに多くの利害関係者が生まれ要望が課せられる因果から理想となる要素が膨らみ現況を鑑み要望への対応を成し理想の実態軌道が現れる。この動態が実際的な理想と現況と方法の図式と描かれ、欲望と力と責任の均衡を目安に持続的な外界との適正調和が創り出される。理想という概念は空論で留まらない質実を作る工程に備えられ、力の増大と共に自然に人々からの要望も比例し、それに応える活動として現実性が備えられる。これが生きた理想の概念になり活動の水準や動態に則した自己制御力の増進に成長概念が当てられる。多くを望む事は多くを課せられる社会の自然律と生まれ、影響と責任の均衡という生滅の感性が人々の本能と生み出される。理想論に適正感を備えるとすればこうした図式で実際を掴む事に成り、健全な夢と現実の歩みが果たされて質実を持つ人格や人間像が現れる。どれだけ自身に目標を課すかは外界からの要望と自己の勘案で自主的な目標が設定され目標に対して自他から過不足の少ない適正に、調和が生まれる。実現可能な妥当性をもつ目標であって空の理想に留まらない実態が生まれる。この判断が健康な感覚と頭脳と感受性によって導出され、頭脳と身体の有機的な作用から適正な水準が計りだされる。出来そうもない基準を掲げて外界に明示して信用を失う事のない自己評価を掴む所に客観的な認識が現れる。正負を内蔵する人間観に立脚する根源哲学が外界との適正を生む原理と成り嘘や詐欺、盗みへの不快感から導出され自己へ規律を与え外界への態度と現れる。空の美性は実施するつもりのない外観美に偏し内実が伴わず、主客重層から内外の一致を見出す感性に健康な美性が現れる。肥満な体質から過剰な外観美を求めたり、自己陶酔的な感性に至っては要望と自己の目標設定に乖離が生まれ調和を乱し持続的な活動の痩せ細りを招かれる。美感の適性が活動の根源になり適当な美を表す思想の表現や保有が重要な作用を齎せる。以上は標準的な完結性を持つ活動における適正な美感を示すものになり、部分性の美感や異なる意味の美の概念を否定するものではなく、本書の中心コンセプトと設定される健康な心身を表す美の概念に成りこれを根源に各種の文化ビジョンが生み出されます。正直や誠実という概念と同義に配され歪んだ支配願望の先行する論理は過剰な力みになり正のエネルギーを齎せず負の連鎖を回される。

 

健康思想の定着

健康思想の定着

共生志向を表す態度には、自己について真摯な情報を伝達し他者からも情報を伝達される両方向のフェアな対話が創り出される。自身について閉鎖的な態度をとり、他者の事ばかりを知りたがる行為は、しばしば品の悪い営業マンに見受けられ、相手方の要望を汲み取って適する方法を投じる意味では自然な在り方と捉えられるものの、相互的な創造に在っては、自己の性格を案内して興味を抱かれる人々が要望を申し出られ、自由選択性を踏まえた意思が形成される。選んでもない人が不正な手法で情報を入手し自己の欲望を充足する行為からはまともな関係は生まれない。

主体性を明確に示さずに一方的な制御や管理欲望を表す異常な性質となり健康な精神を欠いた人格と見做される。これが、俺俺詐欺やサイバー犯罪という今日的な悪性の根深い病の本質で在って、自身の身元を明瞭に示さず相手を観察して意図する制御を取る一方向の歪んだ欲望と現れる。管理発想に偏するほど一方向の意思を通す発想が深まり協働性を欠いた盗みが生まれ人間概念を崩した倫理道徳の弱い振る舞いが進行する。対象との融和よりも距離感を好み相手の意思を聞く事なく自己の意思を充足する異質性と現れる。こうした感性が各種事象の根底的な焦点になり人間の異質な変容による欲望過多の責任不足といった歪んだ感受性から生み出され物的感度の偏向した姿と認識される。平等思想という根源価値を観念ばかりで保有されて感覚工程の実践に及ばない頭脳寄りの体質を露わにさせ人格の歪んだ人間と映し出される。マスコミ、政治行政、財界という領域の一部に土台的な感性を崩して欲望を通そうとされる異常な姿が見受けられ、この性格に力を与えるほど歪んだ社会秩序が創り出される。改革の根源には人間の狂いに焦点を絞って、対処や予防の施策を講じ根元の良質化と幹や枝葉の健全な体質の回復が意図される。規則性の特殊性が身体の脆弱性を生み精神的な病理と及んで特異な現象を生みだされる。これがマイナスの除去とプラスの増進に連なる抜本的な改善でありミクロ的な個々人の性格や特定集団に見られる非社会性や、マクロ観点からの利益創造を作る肝と成り、表層に現れる生産や制度、法規の基本的な性格を与える動源となり、上流を改良して下流に反映する構造で捉えられる。政治行政という共通性の高い欲望と充足の中心的な視座に成り教育の在り方に反映され、健全な人間像の下に各層の制度や仕組みの体系的な取り組みと示される。つまり根本はミクロ的な個々人の性質であり、対象との適正な構えを創り上げる所から、各種生産の質が変わり健康な人間像を尺度にした全般的な良質化への取り組みが生まれる。日々のニュースから、こうした路線の改善策が随所に展開され、この流れを留めずに個々の事象へ対処するとともにシステムの再構成との両輪で、意識の変革と制度に及び、その集約を観念体系で纏めて認識を強めるビジョンに内部からの変革を含んだ未来図面が示されます。これらの動力は一人ひとりの感性にあり、健康な人間像の強まりが発想や行為、志向性に及び、個々の場面での意思や選択を創り上げる。盗み癖の改善や物性依存から健康な感性による感覚と頭脳の用い方や、システム的な肥満の是正へ関心が強まり筋肉質な体質に及んで、良好な精神が形成され、下限的な不快の減少と積極創造策の増進を叶えるものと思います。大きな利益に連なる抜本改革と力強い歩みには本書の思想が有用に思われます。

 

表現・創造

2)表現・創造

メディア:メディアという性格は事実を知らせる、事実を評価する、事実を作りだす方法という何れの言い方も含まれる。「どんな思想を持ちどんな尺度と適用であるのか」という点から自己の性格の認識を持ち、外界へ示す事が良好な対話作法に思います。縦割り区分でのメディアという規定に限定されず、広く人間の創造活動全般に当て嵌められる概念であり、上述の道筋やポイントで主体性の認識をとり、自他との良好な協業によって人間像を掴むのが人間ビジョンと適用の概略を示し思想という認識が生まれます。

表現:表現は生の増進という捉え方と、外界との対話の機会を得る為に自己を伝えるという二面の見方が現れる。前者に於いては他者の生の機会を減少させる感覚を備えて、利己的な欲望に偏した表現は外界から受け入れられず、他者の利益を含んで一定の理解や共感が生み出される。後者は他者の考えを伺うには自己の考えをまず明らかにするのが利益を得る為に相応しい作法と解釈される。これらの若干ニュアンスが異なる表現の捉え方が置かれて直接表現にかかる意図する動機が合わさって表現の質実が計られる。外界との良好性を意図する善意型の表現か、悪意性の強い騙しという性格か、自己の真意と受け手からの一致によって歯車の回る円滑な対話に及ぶ。前段に良い印象がないと直接表現を真っ直ぐ受け取られず歪んだねじれを齎せる。

体質:平等思想と実践の態度が伺えて信義誠実な心持の有無が表現への真摯な認識を生む。全人格的な側面が分母に置かれて時々の表現を分子に配し理性的な把握が生まれる。部分を切り分け静態認識を取る粗雑さの認識と成り、動態的な事象の上に静態論理との性格が掴みだされる。表現者の歩んでこられた行為の沿革に繰り返し現れる動機や発想の質が現れ、時々の表現の意図が見えて、動である対象を動で把握し真実に近づけられる。小手先の着飾りは表現者の利己性の強い性質を表しテクニカルな欺き体質が直接表現に現れ隠しきれない習慣や発想の性質が掴みだされる。生産の性格が自己の性質に奥深く浸透し表現や行為の質となり思想という纏まり在る人格として把握される。或いは思想から生産の在り方が創り出される。力の用い方に性質が現れ糧を得る方法への良否が計られる。肥満から発想が崩れ体と頭の用い方に連なり感受性の実質が掴みだされる。

こうした体質という反復的な規則性に上述の前段という言葉が当てはまり感性の基盤的な異同感覚が生まれる。快適な型式に持続性が生まれ、健康な心身への欲望が根源的な関心になり、どんな体質を意図するかが主体性を作る中身になり二次三次の創造の性格に反映される。

人間力の低下:こうした表現作法が対人形成の質に現れる。共生感情という健全な動機を根にして無秩序な自由を求める事に及ばない箍が掛かり外界との良好性を求めて適当な表現へと整わせ不快現象の予防となり、下限的制約を生じさせないプラス・マイナスの配慮が加えられ、マイナスを上回るプラスの創造へ力が与えられる。商業主義が進んで物的感覚による感受性の壊れた創造が作法の質を下落させる。人間の劣りに及ばせない為にも良質な思想や自己規定を持ち基盤の安定の上の自由を作る事が必然に思います。物性に偏して人間性の劣りに及ばせない骨太の観念が文化理念となり各種ビジョンが生まれます。