主体性の良質化

人の評価ばかりをされて生活の糧を得られる生産には不快感が強く現れるのが率直な反応と成り観測者や評論家の性格には人間の醜さが映し出される。野次馬的な根性で虫食い的に人の善し悪しを好き勝手に論じて広く伝達して興味や関心を集め自身の評価を得る構造自体への歪みが映りだされる。この負の側面に有用性の認識を与えるには生産者の明瞭な尺度を作り公平な比較を持って事象を取り上げる均衡感覚を備え、意図するビジョンへの方法という構造にある事が当事者性を帯びる生産に及び、他者を食い物にして糧を得る歪んだ精神性が減少する。どんなビジョンを備えられるか事前に表す態度から良好な観測や批評への検証が生まれ、虫食い型の性質と建設的な活動との峻別が取られる。視聴者に在っても同様の原理が適用され、備えられる理念やビジョンの程度と適用の図式が、外界に映る事柄への客観的な認識と評価を叶え、対象との良質な交わりを創り上げる作法と現れる。

このような基準を個別的体験の積み重ねから肌感覚や自然な感性に備えられて、実質的な人格が生まれ善悪や美醜について定見と至り、八方美人的な醜態が回避されて顔の見える主体が認識される。利己性の進行や未成熟な時点では根本や背骨が伺えずどっちつかずの曖昧性と成り単純な利益を追い求め虫食いの性格を表され、程度の悪いマスコミという姿と現れる。金目の事に平気で理性を売り犯罪への制御も効かない行為を生じさせる。これに至っては人間と扱われず長期的な信用や信頼等は間違っても与えられず、根なし草や人格破綻者という認識が作られる。

感情が起こるとは人格の反映であり、基準や理想となるビジョンへのエネルギーであり、短絡的な利己性の感情に偏するものは物的欲望の現れを示し、この性格の異なる感情の峻別を取るのに中長期の規則性が個別的態度への性格づけになりどんな主体の性格かを判断する視座を与える。感覚と感受性の体験から創り上げられる当事者性の生産者と備わる血肉化された性格が、中長期の規則性の実態になり、局所の事象を分子に備えて部分的な直感に寄らない真意を映し出す事に成る。発想や行為の規則性から人格の性質が実感され正しい対象の把握が生まれる。それをとって体質や感度、習性や文化等という観念を充て感情の性格が掴まれる。

人と人との真摯な対峙を持ち、感情の衝突を起こせる相手という判断に及び、一定の質が見られてまともな感情を表す対象との区分が生まれ虫けら的な性格は除外される。健全なベクトルを備えた活動とエネルギーを投じる積み重ねから良質な基準が固められ健康な発想や態度が形成され文化人への道と示されます。

下品なマスコミ、政治家や行政マン、財界人という性格と健康な感情の衝突には及ばず下限の制約さえ守れない無人格の虫けらに陥る事のない、良質な人格者との健全な感情に、喜怒哀楽というプラスマイナスのいずれにも肯定的な質感が形成される。こうした人間の峻別や人格形成の作法として根源的な利益を求め創る活動が生まれ文化論や文化活動という括りの生産体系が纏められます。

この焦点があらゆる事象の根本原因であり良いも悪いも主体性の持ち方から生まれ、発想や行為、創造が生み出される。その悪性の根源がマスコミという業種の構造的性格として顕著に現れる。縦割りでの業界区分というよりも、この性格を持つ個々人の性質という観点から各種業界内での負の共通性として掴み、横断的なマイナス因子が特定され全般的な改良への抜本改革に文化政策が配されて、小手先の改革では留まらない根元の切り取りによって新時代の再生が起こされる。

根本の不良は至る所に歪んだ感性を増進させ負の連鎖性を広げられる。エネルギー源からの見直しと観念フレームの更新という上下両用の同時進行で感覚と観念の実感を作る本気の動きを起こす決断が求められる。