法治という限定の中で世界を捉えるには、部分性の感覚を否めず、より人間の心身に即した世界を抱く事が偏狭性に陥らない良質な感性を表す。無限性という概念を上位に備え、そこからある観点を取りだし、感覚と感受性の可視化を生み、観念で規定され、共通的な足並みを揃えて、欲望の実現を図ろうという活動が生まれる。個々人の感覚や感受性の共通化は、そこに参加する人々が多くなるほどに、抽象的な観念へと及んで、感覚との多彩な因果の組み方が現れる。この構造を抑えて、共通化の無理のない範囲を意図して、創り上げる事が質実の合った共通欲望と充足の取り組みとなる。
法による統治等という言葉が度々用いられ、金科玉条のごときに謳われる事に対して、上述のような仕組みの理解が乏しいと、中身の弱い付加価値の少ない活動に至り、実態的な欲望と充足の作用が生まれない。
法の運用者の都合のよい解釈が進んで、共通利益とは異なる局所の利益と充足の為に、法が作られ運用される事態や事実と感じられる事象も少なくなく、出発点は、共通観念化する意図や動機という面に在り、これと離れた運用に至っていないかの監視や検証を定常的にシステムと備えて、緊張ある運用が叶い、慢性化や緩みから、利己的な欲望へと偏した扱いに及んで、法を作られる意義と遠ざかる事態が進行する。
頭脳的操作への比重が高まる毎に、多くの人々と同様の実際感覚や、実際の感受性と異質の頭脳と感覚と感受性の在り方が生まれて、解釈の異なりに連なり、権力等の力を背景に推し進められ、当初の意図する効用とはかけ離れた実態を作りだす。こうした推察や予測に対して、実態の検証に深く切り込むような事があって健全な運用が果たされる。基準と運用における裁量の幅や深さについて、当事者の適正さと他者からの適正さとを計り、共通利益の実現に及ばせる事があって法による統治の健全な姿が現れる。
プロ意識の歪んだ進行が深まり、堂々とした正当な姿を見せられず身勝手な利益の追求に陥り、そのズレが慢性的に重なって健全な軌道とかけ離れ、取り返しのつかない感覚や感受性が作られて更に正当化させる為に物理性による強要や乱用と陥る事のない自律性を備える習慣に文化というシステムが備えられ、欲望と力と責任の均衡を標準とした制御性をもつ主体性の確立に健全な心身の所在が確認される。個別的な欲望に対して一定の制約を望み共通化する事自体も同様の趣旨を持ち、物性の保有や利用に対して、健康な感受性が根本に備わって、正負の作用を計りにかけて正の増進を導出する為の根本的な論理として本書のような思想体系が現れます。
恐らく多くの人の肌感覚と備わる感性と思われます。それを如何に感覚に近い観念で表現するかという製作方針の下に纏めました。良好な伝統文化を可視化して失う事のない不動の価値と持続する事や広くお知らせする事に付加価値があると思います。