「政治には興味がない」等といった事がしばしば聞かれる。しかしこの政治という言葉の意味する捉え方が、国家や自治体という形式上の統治という限定で用いられる事もなく、より根源的には人との関係が生まれる所に理に叶った在り方を求められ、この意味が政治という言葉の本質に取られて、少なからず政治的な関心が備えられる。技術ばかりに関心を寄せて好きな事に打ち込むだけで持続的生産活動には及ばず、作った事物を誰かが利用して糧が得られ、需給構造を意識されない技術の開発はほぼあり得ない。需要者への便益を提供して対価を得るという範囲を含んだ活動が少なからず必要になり、人との良好な関係性へ関心が生まれる。このいずれか一方へ偏する事から不調和が生まれ健康な人間像と離れた性格が映し出される。技術へ偏り人との対話が作れないと技術は生かされず、人との対話ばかりで中身がないと付加価値が生まれず、長い需給に及ばない。生産部門と営業部門、固有技術と管理技術、経済活動と政治活動といった両輪的な対置概念にも当て嵌められて、各所における相互の良質性へと探求が進められる。
この根源的概念には、物理性と理性といった焦点が備わり、人間像という概念で描き出され、認識行為や倫理道徳等の分野からの成果が基盤的な下地として備えられ各層で応用される。つまり、基盤原理の確かな体得が社会生活上の根本に成り、各所での応用の効いた発想や行為に及ぶ重要性が確認される。政治というような抽象概念も本質を掴みだして、型どおりの概念に固まる事無く、原理を掴み多方面への応用を柔軟に導く事へと連なり、基盤のしっかりした観念形成から多様な展開へのビジョンが現れる。
規則性から領域が生まれ、そこに規則性の中心的な観点が設けられ、領域の本質的な真価を浮かび上がらせ、それに適する名称を充て、広く一般認識化される過程で現れる。その概念が創られて本質と離れた用いられ方等へと及び、一つの概念が多彩な解釈を生み意思疎通の弱まりに連なる。各人各様の分散的広がりの流れに対して、ルーツを顧みて本質要素を掴んだ変遷を辿る事によって、細分化の進行による線の細い根本の脆弱化に対して基盤観念を作りだし本質を抑えた分化や機能の性格が付けられる。
物性型の進行から理性面を崩し確かな価値観が弱まって迷走し、精神的な不安定に陥り、負のスパイラルと回る姿も見受けられ、根本に立ち返り変容しづらい真価を掴んだ歩みへ修復する分化と統合の循環を持つのが、健全な感受性を下にした制御反応と現れる。こうした領域に文化概念の本質が備わり普遍的な原理を表す活動が生まれる。
左寄りや自由主義、機能性への偏り、科学志向といった近代からのトレンドに、人間側の軸足を形成する欲望が高まり、根源的な価値を抑えた機能や力の活用が今日的な時代認識に映し出され、左的感性からの修正が取られ質の上昇する型式を作る時期に捉えられます。質の固まりから量が重なり質の更新という永続的循環においては、根源の性格を掴む作業が欠かせない焦点に備えられる。根源を見失い犯罪に着手され物性による力んだ負のスパイラルに陥り混乱を深められる事のない自律的な人間像が固まり良質な歩みが作られる。錯乱した姿はこうした観念を身つけられている人々からは明瞭に映し出される。内面の心理は誤魔化しきれずそれを伏せようと更に負の深まりに及ぶ前に正道への修復を取る事が適正に思います。技術と人間の両面を掴みきれない未成熟な指導者が備わると先が見越せず哀れな末路を齎せる。感覚工程を省いた観念過多の体質からは対象の真実へと近づく事無く、思い込みによる安易な行為を取られて実際の異なりに慌てふためいて失敗を招かれる。物性依存の肥満な感性が対象との真摯な対峙を疎かにさせ、ボタンの掛け違いが広がり取り返しのつかない対立を作られる。健康な心身の持続が普遍的な原理と導かれる。