文章で謳う事とそれを実施する人という二つの側面で物事への信頼性が作られる。文字で書いてあるといった所でなんとでも言い逃れをするような人間が実務を担えば、文章での規定は実効性を持たずそれを担う人間の性質を含んで実質的な期待効力が叶えられる。実務を担う為の要件や個人の性質や集団的な構造面への信頼性が在って個々の文章規定に質実が生まれる。創造事物と個々人の性質と集団的な感受性と需給相互の感受性といった適性を作る視点が中長期性を含んだ良質化策と描かれます。
これが道徳の自主内発性を指し文書過多による単純化からの弊害に対して運用する人間の性質への吟味が深まりお飾りの規定にさせない運用と検証で真価が付けられる。憲法の規定も抽象概念と解釈の多用性が生まれ、何を価値の優先順位するかによって運用の程度が変わり行きつく所は個々人の思想や特定的生産の立場や、利己性と他利性の組み方という人間の実態的な性質に起因する。中長期的な規則性から創り上げられる感性が反映され運用の取り方に現れる。規定自体か運用者に見る欠陥かという側面からの正しい測定が必須とされる。
今日的には物性依存症が進行し、基礎的且つ根本的な犯罪を容易に超える狂った人間が多産され、自己制御の果たされない運用側の欠陥へと焦点が進む深刻な事態と伺え、長期性で見る人間の崩れと、それに及ぶ社会システム上の欠陥へと視点を投じて根源的な改革が必要と感じられます。教育制度の誤りや、政治行政の肥満化、経済産業上の道徳の欠落等々、これらの根本は文化の堕落という原因に行きつき、他律性の人間が増加する事への緊急的な施策が不可欠に思います。文化論という面からの根源的納得性の高い観点から対処への加速へと作用し壊れた感性の連鎖を食い止めることへの創造が浮かびます。
この意味のインフラの下落があらゆる創造事物の性格に現れる。文章先行型や過度な物性による歪みは感覚工程の省略から健全な感受性が内在化せず頭ばかりの創作に陥り実態的な効用への検証が弱く、物性感覚の進行と理性的な制御の欠落した感性が歪んだ秩序と現れる。こうした課題について大凡どこに問題があるかの察しはついているかにも伺えます。それを本気で取り掛かる勢力に力を集め、基礎の解体から再度創り上げる転換期と認識されます。
小手先の創造は効力に及ばず、運用や感覚への比重を持った創造により実態が現れ、この基本的且つ根源の感度を持って改善させる事が必須の焦点に浮かび上がります。自制力の劣った人間に力を与えず肥満な人間へは適正な処理を取り健康な心身への蘇生が必然と置かれる。文化的、フラットな感性がこれらの感度を作り平準感覚との著しい異なりにメスを入れる本腰の施策を投じて再生を果たすというビジョンを前面に押し上げ旗印と掲げて実現への信憑性に支持が集められる。犯罪者に例外は無く粛々と裁く事が待たれ、いい加減な理由を付けて逃れるような事はさせずに処理できるかに本気度が現れる。だらしない性格の悪性の根っこを切る事が負の連鎖性を留められる。
そして、特定生産者(p13)のクォリティーを向上させ真価を見定める感性を常識ととり健康体を表す標準のフレームと適用し付加価値の測定と対価との適当な調和へと再生させ、空の権威への正しい評価や効用の適正な測定に繋げて健全な人とシステムの均衡へと加速させる事が適正化の方途と描き出されます。規模の肥大化による物性による求心力という片手落ちの秩序は20世紀の感性であり、規模に対する責任の均衡の適性を問う事が健康な人間の背骨を指し過不足の修正と推進が改造への基本施策と位置付けられる。欲望と力と責任の均衡に健康な心身を持つ人間像が現れこれを根源の尺度と備えて乖離を是正させる事から下限の制約を超えない自制力が備わると共に、影響や効果への視線を含んだ適正感を持つ積極的創造を果たす有機体が生み出される。
過剰ストックで資産を遊休させる事や不労所得型の創造は負の影響と捉え、フローの良質性へと重心を定めた原理創造型の体質によって正常な感受性が備わり感覚と観念の適当な表現が生み出される。サービス経済化からの曖昧な詐欺的行為や過剰な管理発想による歪んだ精神性という悪性に基準尺度を設けて是正し、物性と理性の良好な体質を推進する基本方針と実施が変わりづらい健康像への実態工程化と導出される。力へ振り回された拝金型の主体性からの脱皮が人間性を向上させ、法の内実の良質化や遵守を自主内発的に執り行わる理性を備えた人間の実現と描き出されます。
こうした方策に文化論や活動からのエネルギーが投じられる。この図式を自主内発的に取り込む事が適当であり、出来なければトップダウンでの適用が要るのでしょう。犯罪は看過せずとことん追い詰め代償を払わせる事が必須であり必ず逃れられ無いという秩序を増進させて堕落的な人間の対処と予防が取られる。ここまでやらないと物性依存症は治らず被害の連鎖性が拡大する。わけのわからない理屈は一切通らず当たり前の筋道を堅持させて思い上がった物性依存からの脱却が果たされる。ボンボン型の体質にはうんざりであり当たり前の水準を整え健全な感性を復旧する文化基盤の復興が一丁目一番地の重要施策と思います。犯罪者は損害を払う事が唯一の修復策でありそれを避けては生涯ゴミ扱いとされる。