大局観や根本観の意義

1-1大局観や根本観の意義

需給関係の形成は、供給提案と需要の起こりからという両方の生まれ方が見てとれ、人間にとって必要度の高い物事になるほど、事物の型式に不動性が生まれ需要の定着と共に供給側への信託という形で収まる。そして悪い意味でのマンネリや慢性から怠慢が現れる事や経済状況の変化等から供給への不満が高まり、定式化されていたものにコスト圧縮等の圧力が働き質の異なる改善が求められる。 このステージには過去の連続性と異なる発想や変化が生み出され、新設の算式や感度の異なる創造が大きな前進となり、それへの抵抗勢力も同時に浮かび上がり比較的明瞭性の高まる二大的な構図と現れる。

旧態型と未来獲得型といった抽象観念で集約され、供給内での志向性のぶつかりを避ける事無く、内部からの改革を進行させる強いリーダーの存在が現れる。民主的というよりも独善的ともいう方法によって、水準上昇を切り開くパワーが要り、平均型の調整等では環境変化から取り残され、変えない事のリスクの方が高まりを見せる。

こうした動態は、大局からの層で見ると、不動的、健全な感受性に基づく改革と示され、良き生の持続的な発展の為に、一時の衝突を経た刷新の姿に及び、マイナスを超える大きなプラスを齎せる勇断に及ぶ。事象を局所で見ずに、総体的、中長期的根本の原理という尺度から、本質を掴みだす感性に正しさが生まれる。大きなビジョンや根源的な人間の不動則への思索があって、局所や中局の事柄を大きなフレームに配置するに至り、この違いから事象への性格づけが変わり方法への賛否が分かれ右往左往という反応が現れる。観測者がもつ背景画の質が表現の違いを起こし、実務者の意図する内面的な心理と離れた皮膚感覚からの批評に留まり視聴者への影響を与えられる。実務者の真意を掴み、そして評論者として持つ独自の尺度を解るように示して公平公正で質の良い表現を視聴者へ与えられて付加価値が生まれる。

過去へ偏重してそれまでの発想から抜けきれず、その原理に執着して、大局や根本への視線が及ばないとビジョンのない身近な利害へと視線が集まり、小さな利益へ偏した観測や評論、行為が生まれ、新設的発想等を封印させる非生産的な内向きの力が投じられる。局所的な感覚的な事実にはそう開きは生まれず、想定する深さや広さの実感の取り方に違いが生まれて評価の仕方に反映される。本書で取り上げる根本的な視点や文化的ビジョンというフレームの形成方法を抑えられて大きな動き方や新設的発想へのフレキシブルな認識や創造へと連なり付加価値の向上する観測や批評、実務が作られる事に思います。利己的願望が強まる程に偏狭的な感度や体質が深まり、中局や大局、根本を見失い、消極的な発想の増進や歪んだ精神性が深まり、利他を与えず利己への執着が強まり不用な存在という認識が生まれる。客観的な認識と大凡離れた主観性となり建設的な創造を塞ぎ込む事には健康の阻害と及んで負の影響者と映し出される。

これに陥らない風通しの良い秩序を高めるのに、本書の概念形成が有用であり、それに即した改革を迷わず進行させて気持ちの良い発想の増産される文化が各所に現れる事でしょう。頭に偏した体質は世界を小さくさせこうした観点から遠ざかり普遍原理の適用を歪められる傾向に映ります。感覚と頭脳の程良い循環に健全なビジョンが現れ適正な評価感覚が作られるものと思います。

妙な美感という言い方はあまり良くありませんが、実際的な人間の客観認識を踏まえて、理想画を持ち本気で創り上げるという生産感覚があまりに弱いと変な美感に陥り、一方的な行為が強まり力んだ行為や迷惑を及ばせ意思の弱い場当たりや拝金の実態と現れ感受性の崩れた創造という人間不在の活動で捉えられる。

日本文化論

東南アジアを旅行すると、現地の人は日本人と解ると「友達、友達」と流暢な日本語を用いて近寄ってくる。金が欲しい事は一目瞭然で在り、それを知った上でどんな手口を用いるかを掴む為に相手のペースに乗っかって、こちらからも親しいそぶりを見せ相手をした事がありました。
「鉄砲を撃たせてやる」と言われ付いて行き、事前の金額とかけ離れた額を提示されましたが、日本語で暴れ狂うような姿を見せると、相手が現地の警察を呼ぶと言い出し、金はいいからもう帰ってくれと言われた事を思い出します。

多くの場合、活動の性格に関心が及び共感が生まれ協働生産に発展するのが適当な対話の在り方であり、短絡的な詐欺的発想による経済目的は下等な創造と見做される。何がしかの利便性や意義を高め、相手方に満足を与える事が利他と自利の良質性となり反復的な需給に連なって安定と価値の深まりへ上昇する。そこに文化という概念を適用するのが本書の方式で在り、恐らく多くの方の認識も近いものと思われます。

これに到達するにはまずもって真実を知る事が要り二次情報等への過信はせずに、自らの手足を用いて実感する事が不可欠とされる。昨今のインターネットによる交流の容易性が進行した事に在っても一定の観察期間が置かれて性格の吟味を持ち本性を見定める事になる。インフラ基盤の形成や保有、運用に在っては良質な人格が欠かせない要件であり文化の資質が強調されて劣った性質には力を与えない事が優先度の高い発想に備えられる。技術の進化と人間の健康な感受性が一定に保たれ、用い方の適性に及びどんな活動にも問われる根源価値と配される。

それには、対象と同化して良く伺う事が要り警戒感を抱かれない姿勢を持って交わり、正負を掴んで真実や真価を見定める過程が必要に思います。過度な固定概念を持たずに謙虚な姿勢で対象と対峙し適正な認識が作られ、相応しい態度を示し調和の深化に及ぶ。感覚を取らずに固定概念で留まる現代的な作法から歪みが多々生み出される。

一方的な変質性がフェアな態度を取らずに、自身の殻の中に入り他人の中身ばかりを知りたがり自己の都合のよい行為や過度な支配願望が進行する向きに在っては異常者という部類に入り誠実な感性とかけ離れた性格と特定される。強欲な人間性には信用は与えられず性格の真相を周知させ良質性の阻害を予防する事が適正な秩序に連なる。

この欠陥から発想や製品の欠陥に連なり対人上の不調和に及ぶ事は自明であり健康像への思索を及ばせる観点があらゆる出発点に思われます。こうした性質は今日明日で変わらず長い軌跡から染み込んだ体質になり、欲望や発想、調和の作り方に現れ土台の良質さへの施策が欠かせない創造策と思われます。良質性の阻害と伸張事象を特定し、其々への的確な対処を持って文化基盤の良好性が保たれる。

これらの基準尺度の形成への試みが本書の内容であり、神道や仏教の根幹原理を中心に観念に留まらない感覚や感受性の有機的な実際性を含んだ体系として纏められました。ここから物事を映し理想図面との乖離を見つけて方法へ展開する想定が描かれ異同感覚を掴みながら基盤の厚みへと連なる。他空間の文化を取り入れる以前に自身の基準尺度が優先されて根本の感受性の上に適正な感覚と観念を導出する真っ当な歩みが映ります。今日の状況はこの筋道を外し心身の歪みが異質性と現れ、健康な意思の形成に文化の視点が必須に思います。