ゴミはごみ

きたないやり方は、記憶の奥底に残り、決して消える事が無い。誰もが一度や二度は、このような体験を受け、苦々しい思いをされた事かもしれません。この性質の事柄は、理想論などで片付けられる事ではなく、同程度の事を味あわせるのが適当な調和形成であり正しい解決策に思います。

これに関係のない第三者が口を挟めるような事は無いのは言うまでも無く、「目には目を、歯には歯を」という言葉が思い起こされる。この自然律は、どこまでも変わる事が無く、法律等の範疇に無く、個々人の納得感で在り、理に叶った作法となり、とことん追い詰め回す事が、当事者のみならず、二次的被害の予防にも連なり、ある意味では責任であり、生かす価値のない者への適正な制裁は、正しい道である。社会システム上の模範であり、この根源的な面での覚悟が弱い者に、大きな責任等を預ける事は愚かな人間のやる事でありこの見極めが最優先事項と言ってもよろしいように思います。

この感覚が乏しく物性に縋ってプライドの欠片もなく、力にこびりつくように見受けられる者も少なくなく、道を外した犬ころのような姿という認識が正しく、健全な感性からは、目ざわり極まりなく、不快事象の代表例と浮かび上がる。この手の性格が文化システムを歪められ、自身で根源的な柱を築く事無く、容易な方に安易に逃げる体質に成り、村社会で固まり堂々とした振る舞いを作らずに、都合のよい拝金主義として明瞭に映し出される。

これらに直接関わらずとも、この影響が二次三次的な間接性と広がり、主体性の程度を著しく劣化させ空間の健全性を損ねられる。こうした事象を生みだす因果について、文化という観点からの分析や改善の施策を取り上げております。マスコミや政治、行政、財界人と広く各種領域にまたがり、共通して生まれる不快な面面であり、これをいい加減に抜本的な手法を投じて一掃する時期にも見受けられ、これを超えると良質な循環への速度が高まり快適性が上昇する。

この機運を高めて、共通的空間の基盤秩序へと作り出せる勢力が主導的な柱に備わり、そこから健全な政策や生産事物を生む因果に連なり、そして、人間自体の変容が加速する。こうした感性に在る人々との協働を出来る範囲で加わる意向にあります。文化論や活動という側面からの生産で尽力し、良質な世界の形成への一端を担えればと思います。

直接性の事から間接的に広がる事実を鑑みると、少なからずこうした志向を抱かれる人々も多くおられる事でしょう。社会形成の肝となる部分であり文化論としても主題に備えられる根源的な側面であり堂々とした文化基盤という理想形で描き出されます。

ゴミの自覚が弱く、人の世話をしているかのような愚かな振る舞いは、極めて不快な人間と映り、器にあった適正な配置へと異動させるのが正しい浄化反応であり、この感度を高めるのに根源からの思索をもつ文化論が有用に思います。

選挙という機会には、表面的な政策よりも、寧ろこの人間の質を選ぶといった点に重心を置き、絵に描いた事柄の実際上の運用への熱の入り方が問題であるという観点から質実の良い見極めが要る事でしょう。争点は「力と責任の均衡の実態化」であり、これまでの歩みという実績を評価の視点に持ち、それを証明できる材料を各自に提示させ、信憑性に及ぶかが、適正な選択過程のポイントに成り未来への予測が作られる。

直近でお粗末な姿を見せられた事は、人々の脳裏に奥深く刻まれており、小手先の雄弁を取られても、真剣に耳を傾けられる事は無いのでしょう。一つの看板の中にも程度差があるようで、個々人の性質をどれだけ見せられるか、根源的な性格の善し悪しから未来への期待値も含まれて、真に体を張った動きへの想定が生み出される。

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